第31話 影の乱舞

 軍よりもギルドの方が、よっぽど面白い奴がいる。

 リオリートは南方司令部へ帰る道すがら、そんな事を考えていた。

 軍やギルドを巻き込んで、ヤクザと戦争するなど、誰が考えようか。

 西方司令部の横暴にもかなり頭が来ていたリオリートにとって、ガルは一種の希望の様だった。

 腐り切った西方司令部を正常な状態に戻す事にも繋がる。

 リオリートにとって、こんなにも面白く、そして有意義な連携はない。


「大尉、何か嬉しそうですね」


 リオリートの顔を見た部下がニッコリと笑いながら言う。


「そうか?」

「大尉はいつも仏頂面過ぎるんです。だから他の部隊などから怖がられるんですよ」

「そうそう。大尉はもう少し笑っていた方がいいですよ?どんなに部下想いで、頼れる大尉でも、ずっと仏頂面だと、我々がこき使われている様に見えるんですから」

「ハハハ!他の部隊の奴から『お前の所の大尉、鬼の様に怖いらしいな。お前、大丈夫か?』って聞かれたのも1度や2度じゃないですからね」

「お前等、好き勝手言いやがって」

「大尉は下がって指示をだせばいいんです」


 副長がそんな事を言う。


「大尉は前に出過ぎなんですよ。大尉に何かあったら、部隊が混乱するって分からないんですか?」

「副長、私に説教をしているのか?」

「ええ、そうです。部下の為に身体を張るのはそろそろ辞めてください。我々1人の命より、大尉1人の命の方が重いんです」


 ニッコリと笑う副長。

 しかし、その副長の向こう、森の中に黒い影をリオリートの目は捕らえていた。


「敵襲!」


 反射的に叫び、副長を抱きかかえるようにして、馬上から無理矢理地面へ落ちる。

 他の者も馬から降りた。


「副長!大丈夫か!?」


 副長の顔はみるみる蒼ざめていき、口の端から泡を垂らし始めた。

 リオリートは急いで副長の背中を確認する。

 そこにはクロスボウボルトが深々と刺さっていた。

 毒が塗られていたのだ。

 副長は痙攣しながら泡を吹き、ゆっくりと瞳孔が開く。


「クソ!」

「全員盾を装備して大尉を中心に円陣を組め!」

「なに!?」

「狙いは大尉です。この場は私達が引き受けます。大尉は馬で逃げて下さい!」


 部下達が盾で矢を防ぎながらリオリートの周りを取り囲む。


「何をやっている!私も戦うぞ!」

「いい加減にしてください!貴方はここで死んではならない!」

「そうですよ!我々が死んでも替えは効きます。大尉さえ生きていれば、大尉の部隊は不滅です!」

「貴様等!何を言っているのか分かっているのか!」

「大尉こそ分かっているんですか!?これは既に戦争!指揮官を失った隊は全滅です!しかし、大尉さえ生きていれば!」


 そこまで言って、その兵士は喉に矢を受けて倒れた。

 すぐに両側の兵士が、倒れた兵士が立っていたスペースを埋める。


「大尉、いつでも逃げれるようにしておいてください!」

「クソ!1発撃って移動しやがるから、場所が特定できない!」

「落ち着け!とにかく今は盾で防げばいい!」


 リオリートはギリリと歯を食いしばる。


「奴等の矢も無限じゃない!とにかく耐えろ!矢が尽きれば接近戦だ!上手くやれば全員で逃げれるぞ!」


 そう叫びながら、リオリートは半弓ショートボウを取り出し、矢を番えて引き絞る。

 弩を撃つ為に一瞬止まった影に向けて矢を放った。


「大尉!?」

「私だけじっとしている訳にもいかんからな」

「全く……、大尉ときたら……」


 既に戦場と化したその場に、ささやかな笑いが起きた。

 しかし、それもつかの間。

 頭上から現れた影に、4人が飲み込まれた。

 影はすぐに近くの兵士に襲い掛かる。

 兵士達は何が起きたのかも理解できずに、喉を裂かれ、地面に倒れていった。

 リオリートは何も出来なかった。

 目を見開き、血を流して倒れている部下達をただ見つめる事しかできない。


「南方司令部所属、リオリート・クロフォードだな」


 影の1人が言う。


「貴様等……、俺の部下を……」

「障害を排除しただけだ。貴様の命を貰う」

「やってみろ!」


 リオリートは腰に吊っていた長剣ロングソードを抜き、影に斬りかかる。

 短剣ショートソードでそれを防ごうとした影を、短剣ごと真っ二つに切り伏せた。

 リオリートの憤怒は苛烈だった。

 危険を感じた影は距離を取ろうと飛び退くが、それを驚異的な一歩で追い掛け、2人目を斬り伏せる。

 リオリートは止まらない。

 3人目に襲い掛かる。

 影達に動揺が走る。

 ほんの数瞬で3人が斬られたのだ。

 しかし、それを離れた場所で見ていた影は冷静だった。

 4人目が斬られている間に他の影を引かせ、リオリートに矢を浴びせたのだ。

 4本の毒の塗られた矢がリオリートの身体に深々と食い込む。


「グッ……」


 しかし、それでもリオリートは剣を振りかぶり、影を斬りつける。

 これには流石の影も驚いた。

 影は再び指示し、リオリートに矢を浴びせる。

 口から赤い泡を垂らしながら、リオリートは剣を振るう。

 しかし、既にその剣は空を切るだけになり、ついには地面に膝をついた。


「驚きだ。この毒を喰らいながらこんなにも動いたのはお前が初めてだ。毒の改良が必要かもな」


 離れた場所で指示を出していた影が姿を現した。

 リオリートは既に意識が朦朧とし、目も耳も影の姿を捕える事は出来なくなっていた。


「大人しくすれば、楽にけたものを……」


 影が細い小剣ナイフを取り出す。


「うっ……が……る……、し……ぬ…な……ょ………」


 リオリートの首から鮮血が迸った。

 脱力し、地面に崩れ落ちる。

 自らの血溜まりに顔を浸し、リオリートは事切れた。

 影達はそれを見届けることもなく、再び森の中に消えていった。

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