第30話 戦争と将

 リオリートが街に着いたのは、隠の襲撃から1日経ってからだった。

 襲撃による混乱などは一切なく、状況を聞かされるまでリオリートは襲撃された事に気付かない程、街は日常を取り戻していた。


「遅くなって申し訳ない。南方司令部所属、リオリート・クロフォード大尉だ」

「ご無事のご到着に安堵しました。東方司令部のサリィン・ローノー少尉です」

「君か、戦後配属組での出世頭とは」

「いえ、まだまだ力不足で……」

「それにしては大胆な作戦を考えるではないか。私も君には期待している」

「ありがとうございます」

「それにしても、襲撃を受けたにしては落ち着いているな」


 リオリートは周りを見渡す。

 見た目には全く被害が出ていない。


「はい、被害は非常に軽微でした。冒険者達の協力を得られたので、参考人達にも被害はありません」

「大したもんだ。全体指揮は少尉が?」

「えぇ、しかし、最も頑張ってくれたのは現場の冒険者達です。参考人の中に紛れた者も見つけ出して処理出来ました」

「上出来だな。私は明日にでも南方司令部へ戻る。後の事は少尉に任せても大丈夫だろう」

「尽力します」

「おーい、サリィン!」


 軍の支部へ向かう2人を見付けた俺は、憚りもせずに声を掛けた。


「ん?誰だ?」

「ガル殿、南方司令部のリオリート大尉です。大尉、こちらはこの街のギルドの冒険者、ガル殿」

「アンタがリオリート大尉か、無事で何より」

「南方の代表として、もう少し早く到着するつもりだったんだが、遅れて申し訳ない」

「アンタらの荷馬車を見せてもらった。追手がしつこかったみたいだな、よく無事だったもんだ」

「無事ではない。部下に被害は出ている。1人は重傷で、2人は中傷だ」

「生きてるならいい方だ。全滅した部隊も少なくない。今分かっているだけで、5分の1は潰されてる」

「うむ……、覚悟はしていたが、なかなか痛手だな」

「元々すんなりいく作戦ではないからな」

「ふむ……」


 リオリートは俺の顔をじっと見た。


「ガルと言ったか。どうだ、一緒に酒でも」

「え?」


 何とも意外な申し出だった。


「襲撃を退け、しばらくは安全だろう。私も腹が減っている。いい店を紹介してくれんか?」

「そう言う事なら、俺の知り合いの店にでも」

「私の奢りだ、少尉も来い」

「私もですか!?」

「何、少し話がしたいのだ。そのくらいの時間はあるだろ」

「それはそうですが…」


 なかなか面白い人だ。

 グローも誘って飯でも食おう。

 俺はリオリートを大将の店に案内した。



 俺とサリィンは、街への襲撃の詳細をリオリートに話した。

 被害としては軽微だが、かなり危なかったのは確かだ。

 最初に接敵したのはロブ達だった。

 これは特に危なげなく対処したらしいが、その直後に接敵したのエルウィンとスゥ。

 つまり、参考人達を収容している旧兵舎への侵入を許してしまったのだ。

 警備の兵士は増員していたのだが、全く意味をなさなかったようで、参考人の振りをして入り込んだ隠の炙り出しをしていたエルウィンとスゥは、完全に不意を突かれる形となった。

 建物の外を警備していた兵士達のは全く被害がなかったのに対し、建物内の警備は全滅。

 侵入してきた隠の2名との戦闘中に、潜り込んでいた隠も暴れ出した。


「損害は軽微と言いながら、数人は死者が出たという事か」

「いえ、死者はいません。ただ、重体が3名、重傷が10名。多くは剣を握れなくなっています」

「参考人達への被害は?」

「ほぼ皆無だ。潜り込んだ奴等は、参考人に手を出す前にスゥが片付けたらしい」

「今回の功労者はスゥ君ですね」

「そのスゥというのは?」

「ボクだよー!」


 テーブルの横にスゥが立っていた。


「私達抜きでご飯とは、いい度胸ね?ガル、グロー?」


 ちゃんとエルウィンも一緒だ。


「勝手じゃねー。大尉に誘われたからだ」

「あら?貴方がリオリート大尉?」

「あぁ、リオリート・クロフォードだ」


 そう言ってリオリートは立ち上がり、握手を交わす。


「悪いな大尉、人が増えちまって。俺らの分は自分達で払うから、大尉はサリィンの分を頼めるか?」

「ハハハ!全員分私が出す。それくらいの甲斐性はあるぞ?それより、君がスゥか」


 リオリートは何とも嬉しそうな顔でスゥを見る。


「この様な若者が暗殺者アサシンを退けるとは、正直驚いた」

「大尉、アンタには今後もある程度協力してもらいたいと思っている」


 俺は真面目な顔で話を切り出した。


「だから、アンタには俺とスゥの事を話す。他言無用で頼む」


 俺の表情から何かを察してくれたのだろう、リオリートも真面目な顔になった。


「うむ、承知した」


 そうして、俺とスゥがくだんの九龍会に所属していた事、スゥが暗殺者である事、そして九龍会の現状を細かく伝えた。


「なるほど。という事は、この作戦の発案者はお主だったのか。作戦の内容からして、どうも噂に聞く少尉らしからぬとは思っておったのだ。合点がいったわ」


 リオリートは笑いながらエールを飲む。


「なに、西方司令部の腐敗とそれに伴ういざこざは南方司令部でも頭を抱えている。私に出来る事は手伝うぞ、ガル」

「何よりも心強い。それともう1つ。大尉とサリィンに対して、刺客が放たれたらしい」

「刺客?襲撃とは別でか?」

「別でだ。アンタら2人は軍の作戦指令書に名前が載ってるからな。これは俺の方の不手際だ」

「いやいや、お主のせいではない。魔王が倒されたとは言え、未だに世は平和と程遠い。軍人であるならば、いつ狙われ、命を落としてもおかしくはない」

「くれぐれも気を付けてくれ。大尉の様な人に死なれるのはかなりの痛手になる」

「ハハハ、評価してもらえているという事か、有難い」

「笑い事じゃないんだ。既に今回の作戦に参加した部隊の5分の1が壊滅した。消息が掴めない部隊も多い。この被害は正直、想定よりも多いんだ……」


 俺は溜息を吐く。


「怖気づいたのか、ガル?」

「え?」

「参加した者達は危険を承知の上で集まった手練れだったのだろ。それでも半分以上の部隊はちゃんと帰ってきている。戦局から見れば、我々が優位だ」

「戦局……」

「お主が始めた戦争だろうが。今更悔やんでも死んだ者は帰ってこない。ならば、戦死者の為にも、勝つ以外に道はないであろうが。私も少尉も協力する。お主の事だ、軍以外にも既に協力を得ているのだろう?だったら勝つまで戦え。犠牲を厭うなとは言わん。ただ、犠牲を無駄にだけはするな。それが将と言うものだ」

「将……」

「ガハハ!大尉殿はお優しいのぉ。ワシではそんな優しい説教など出来んわ」

「グローはガサツだから」

「何だとエルウィン、喧嘩売っとるのか?」

「別に売ってないけどー?」


 グローとエルウィンのお陰で、やいのやいのとその場が騒がしくなった。

 しかし、リオリートに言われた事は、今後俺がしっかりと持ち続けなければならないものだろう。

 戦争。

 味方の命を天秤にかけ、人の命を消費しながら攻防を繰り広げる。

 こんなにも重いものなのか。

 の俺は、天秤にかけられる命の1つでしかなかった。

 しかし、今は違う。

 俺の1つの判断で人が死に、仲間が死ぬ。

 俺は紙巻煙草に火を点け、深く煙を吸い込んだ。

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