第26話 南方担当・部隊番号01

「大尉、移送準備が整いました。いつでも出発できます」


 リオリートの隊は、参考人を荷馬車に乗せ終わり、後は出発するだけだった。


「うむ。では、出発する。各員、第2種戦闘配置だ」

「2種!?」


 部下達は驚きの声を上げた。

 第2種戦闘配置とは、完全武装の臨戦態勢の状態のまま、全方位を警戒するという事だ。

 いつでも戦闘状態に入れる形で、全力警戒しろというのだ、移送で。

 そこまでする必要があるとは思えなかったのだ。


「なんだ?文句があるのか?」

「いえ、その……。2種はやり過ぎではありませんか?移送するだけですよ?」

「お前、前線での経験はあるか?」

「はい?」


 部下はリオリートの質問の意味がよく分からなかった。


「魔王軍との戦争で、前線に身を投じた経験はあるかと聞いている」

「……、いえ、ありません。私は戦後配属組ですので……」

「では、口答えせずに俺に従え。俺は上官だぞ」

「それは……、そうですが……」

「はぁ……」


 リオリートは溜息を吐きながら言った。


「戦場に立った事のないお前には、この不穏な空気が分からんのだろ?」

「不穏な空気……?何もかも終了して、今更何が……?」

「何が起きるか分からんのが戦場だ。それに、こんな空気の時は特に、予期せぬ死者が出る」

「はぁ……」

「いいから従え。いつでも戦える様にしておけよ」


 そう言ってリオリートは馬に跨った。

 王国南部の真ん中辺りに位置するこの村から、終結地となっている東方司令部までは7日程度の道のりだ。

 その間、ずっと2種で通すのは兵士にはかなりの負担となるだろう。

 しかし、リオリートは確信していた。

 これは勘だ。

 勘だが、魔王軍との戦争中に幾多の窮地で感じたこの感覚だけは、間違えようがない。

 この状況下で考えれば、最も可能性が高いのは襲撃だろう。

 警戒し過ぎという事はない。

 とは言っても、警戒状態が延々と続けば、戦場の経験がない戦後配属組は特に、途中から集中力が切れる。

 3日持てばいいが、せいぜい2日目辺りが限界だろう。

 襲撃があるとすればその辺りと考えるのが妥当だ。

 無傷で東方司令部に着く事は出来ないかもしれない。

 そう覚悟した上で、リオリートは馬を進めた。



 リオリートの予測はほぼ的中した。

 移送を始めて3日目。

 戦後配属組は集中と緊張の糸が完全に切れ、昼間でもうたた寝を始めるくらいにだらけていた。

 そんな中、進む森の空気が変わったのをリオリートは感じ取った。

 リオリートだけではない。

 彼と共に戦場を駆けた経験のある兵士は全員が敏感にを感じ取った。


「おい、お前等」


 リオリートは荷馬車の荷台でだらけていた戦後配属組に鋭く声を掛けた。


「はい……?」

「第1種戦闘配置。抜刀し待機だ」

「!?」


 訳も分からずに腰の剣を抜く。

 ここは既に王国の東部、馬を飛ばせば1日で東方司令部へ着く程の距離だ。

 追われながら走るには長い道のりである。

 目の前と言えるくらいの距離だが、それでもまだ東方司令部は遠い。

 撃退するしか道はない。


「荷馬車の中の参考人達を守れ」


 リオリートが跨る愛馬も落ち着きをなくしている。

 何処から来る。

 そう思った時、荷台に向かって光るモノが飛んできた。


「敵襲!」


 リオリートは声を張り上げながら、荷台の中を見る。

 床に刺さっていたのは矢ではなく、投げ小剣ナイフの様だった。

 その形状は独特で、ナイフと言うには大きめの釘に見える。

 幸い、誰にも当たっていなかった。

 床に刺さるそれを見て、戦後配属組の兵士は顔を蒼くしていた。


「しっかりしろ!盾で参考人達を守れ!外には出るな!」

「りょっ、了解!」


 荷台に乗っていた3人は大盾タワーシールドを持った。


「少なくとも4人はいるぞ!警戒厳!」


 床に刺さった釘の様なものは4方向から投げられていた。

 そこから推察して、最低でも4人はいる。

 リオリートが向き直ると、前方から強烈な殺気。

 咄嗟に剣で頭をガードする。

 先程と同じ投げ小剣が剣の腹に弾かれた。


「クソ!」


 遠距離から狙われるのは分が悪い。

 しかし、襲撃者達の狙いが参考人達であるならば、必ず近付く筈。

 それまでは耐える以外にない。


「何処からの刺客かは知らんが、その程度のでは、我々を抜けんぞ!」


 声を張り上げで挑発する。

 すると突然、誰もいない筈の背後に殺気を感じた。


「!!」


 咄嗟に前方へ回避して振り向く。

 まるで影がそのまま実体を持ったかのような奴が立っていた。

 手には細い短剣ショートソード

 斬るのではなく、刺す事に重きを置いた武器だ。


「吠えるな王国の犬が。我々に狙われて生きて帰れると思うな」

「残念だったな。そういう状況から、何度も生きて帰って来たんだ」


 2人は睨み合う。

 コイツが襲撃隊のリーダーだろう。

 暗殺者と剣を交えた事はない。

 他の兵士も同じだ。

 勝てるか?

 南方司令部内では豪胆で有名なリオリートは、珍しく冷や汗をかいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る