第20話 立入調査

「さっさと片付けろ!資料は全て燃やせ!」


 男の指示で、数人がバタバタと動き回っていた。

 実験器具を丁寧に箱へ仕舞う者、様々なデータが書き込まれた羊皮紙を燃やす者、大型の器具を金槌ハンマーで破壊する者。

 ここは小さな村にある、倉庫に偽装した実験施設だ。

 本部からの指示により、急ピッチで撤収作業が行われていた。


「早くしろ!」

屍喰鬼グールはどうしますか?」

「放っておけ!その内、共食いなり何なりで死ぬ!」

「分かりました」


 出来れば今日中に全て片付けたい。

 男がイライラしながらそう思った時だ。


「全員動くな!王国軍だ!」


 勢いよく開け放たれたドアから軍人が雪崩れ込んできた。


「な!?何だお前ら!!」

「王国軍だと言っただろ!動くんじゃない!」

「何で軍がここに!?」

「いかがわしい実験を行っていたようだな!この場にいる全員を拘束!残っている物は全て押収しろ!」


 男の腕に縄が掛けられる。

 男は何が起きたのか分からないようで、目を白黒させるばかりだ。

 男の指示に従っていた者達も訳が分からないまま、同じように縄が掛けられていく。


「テメェ等!ふざけんじゃねー!」

「うるさい、黙れ」

「んな事して、タダで済むと思うなよ!」


 男の言葉に、指揮官らしき軍人が男の胸倉を掴む。


「黙れと言っている。タダで済まないのはお前等のボスの方だ」


 殺気と狂気の入り混じった指揮官の雰囲気オーラに、一瞬で男は縮み上がり大人しくなった。

 南方司令部所属、リオリート・クロフォード大尉。

 先の件で捜査の指揮を執っていたのは彼で、今回の作戦に関して強く賛同していた1人だ。

 魔王軍との戦時中に前線での経験もある屈強な軍人であり、曲がった事が何よりも嫌いである。

 故に、今回の作戦への意気込みは、狂気すら入り混じるものだ。


「凄い気合っすね、大尉……」


 部下の1人がボソリと呟く。


「当たり前だろ。俺達だって、西方に研究者の2人を奪われて頭に来たじゃねーか」


 近くで作業していた先輩がそれに応える。


「いやー、俺にはよく分かんないんすよね。仕事が減っていいじゃないですか」

「仕事と一緒に、手当も奪われた訳だぞ?」

「あー、俺、そう言うのは別にいいんすよ。今の給料でも十分なんで」

「最近の若い奴は……」

「お前等、口じゃなくて手を動かせ」


 真後ろにリオリートが立っていた。


「はっ!了解しました!」


 コソコソ話していた2人は立ち上がり、敬礼する。

 リオリートは作業に戻るように顎で指し示すと、歩いて奥へと向かった。


「おっかねぇ……」

「お前がしょうもない話するからだ……」

「俺のせいっすか?」


 2人は尚も話しながら、目ぼしい資料を箱に詰めていった。

 作業をする他の兵士をそのままに、リオリートはとある壁を眺めていた。

 ごく普通の壁の様だが、何とも言えない違和感を感じる。


盗賊シーフ特性を持つ者はいるか?」


 リオリートが部下達に声を掛ける。

 しかし、その場に盗賊特性がある者はいなかった。

 万が一を想定して、前衛バンガードが出来るソードスピアを得意とするメンバー構成にしたのが裏目に出てしまった。


「うむ……、後から調査隊を編成する必要があるな……」

「あのぉ~……」


 背後から声がした。

 それは、ここの村人である圃矮人ハーフリングの1人だった。


「現場への立入りは許可していないが?」

「申し訳ありません、大尉。しかし、この者が何か協力出来ないかと……」

「ウチのせがれが、冒険者として義賊ローグをやっておりまして、お手伝い出来るかと……」

「おぉ!助かる!呼んできてくれるか?」

「へぇ!」


 村人はパタパタと走っていった。

 リオリートは再び壁を見る。

 何とも言えない嫌な予感がしていた。



「すまないが、この村を調査させてもらってもいいか?」


 俺は村長に直接そう申し込んだ。


「調査?アンタ等、何者だ?」


 村長が怪しむ様に俺とグローを見る。


「私は王国軍、彼等は手伝ってもらっている冒険者です」


 コフィーヌがそう言いながら、自らが腰に佩いている突剣レイピアを鞘ごと手にした。

 少しだけ引き抜き、鍔近くの刀身に入れられた刻印を村長に見せる。

 その刻印は王国の刻印であり、その刻印が施された剣を持っているという事は、王国の正規軍である証明となるのだ。


「これはこれは、この様な寂れた村へわざわざ……」

「我々は今、大規模な作戦の一環で、王国全土の村や町を調査しています。申し訳ありませんが、ご協力をお願いしたい」

「どうぞどうぞ、何もない村ですが」

「感謝します」


 コフィーヌのお陰で問題なく村の調査が開始できた。

 まずは村の外れに倉庫や納屋の様なものがないか聞く。


「倉庫か納屋……。それだったら1つだけ、森の近くに納屋がありますな」

「では、そちらを調べさせてもらっていいですか?」

「ええ、こちらです」


 そこには狩猟用の道具類を入れる為の小さな納屋が立っていた。


「これですが……。今では年老いた者ばかりで、狩猟を行う者もおらず、村人が近付きもしません」

「なるほどのぉ。どう思う、ガル」

「……、当たりだ」

「何?」

「残滓がある。ここで当たりだ」


 納屋の中から、薄っすらと黒い煙の様なものが見えるのだ。

 ここで間違いないだろう。

 納屋の扉を開けると、中には古い狩猟用の武器などが入っていた。

 しかし、その下。

 地面をそのまま利用した納屋の床に、先程より濃い煙が見える。


「みんな少し下がれ」


 俺は地面に向けて手を翳す。

 すると、地面にインが浮かび上がった。

 その印を壊すイメージを翳した手に集中させる。

 妙な音がした後、道具類が入れられた納屋の床はそれらごと消え、地下へと続く階段が現れた。


「なんじゃ!?」


 村長が目を白黒させた。


「隠蔽の術式だ。俺達が戻るまで村人は家の中にいるように伝えてくれ。何が起きるか分からん」

「わ、分かった。あとは頼みますぞ」


 村長は全速力で走っていく。

 階段の下からは何者かの気配。

 しかも数人いるようだ。

 撤収作業なのか、都合がいい。

 俺達は階段を降りて行った。

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