第19話 秒読み段階

「で、私達は留守番って事?」


 エルウィンは不服そうだった。


「留守番と言うより、サリィンの補佐として、軍、ギルド、商会を上手く連携させてくれ」

「ボクはー?」

「スゥはエルウィンの補佐。2人とも足が速いからな。俺やグローよりも適任だろう」

ていのいいお留守番って事には変わりないでしょ?」


 そう言ってエルウィンはそっぽを向く。

 何なんだ。

 俺は2人の事を思って言ってるのだが。


「不満があるなら言えよ」

「あるわ、大いにある!……、けど、ガルが考えて出した決断なら素直に従うわ」


 そう言ってエルウィンはスゥの頭を撫でる。


「ガルのいう事守る。エルウィンの事はボクに任せて!」

「ハハハ、頼もしいぞ、スゥ」

「話が付いたなら出発するぞい。時間がない」

「あぁ。じゃあ、後は頼んだぞ、2人とも」

「ガル!」


 家を出ようとした所をエルウィンに呼び止められる。


「なんだ?」

「ちゃんと帰ってきてね……」

「……、おう」

「いってらっしゃーい!」


 なんだか不思議な気分になりながら、俺とグローは北部へ向かった。


「出発されましたか」


 俺達を見送るエルウィンの後ろにサリィンが立っていた。


「最近、ガルを避けてるみたいじゃない?サリィン」

「ここ最近、忙しくてですね……」

「嘘を吐かない」


 エルウィンの言葉にサリィンはギクリとする。


「何となく分かるけど、とりあえず今晩は私に付き合いなさい、サリィン。いいわね?」

「……、はい……」


 そんな2人のやり取りを不思議そうな目で見つめるスゥであった。



「我々東方と南方の連携は出来ています。前回、西方にしてやられたお陰で、関わっている面子メンツに裏切り等の心配はありません」


 王国北部へ向かう俺達に、コフィーヌが付いてきた。

 いざと言う時に、北方司令部とも連携が出来るよう、ある程度の権限を与えられているらしい。

 東方と南方にしては、何としても失敗したくない作戦なのだ。

 移動は早馬で、馬が潰れない程度に速度を出している。

 今は昼の休憩で、例によって商会が設置した休憩所で一息ついている所だ。


「コフィーヌ、北部へ行った事はあるか?」

「私は東方の出身でして、北部は初めてです。雪と氷の印象しかありませんね……」

「ハハハ、そりゃ冬に行けば氷ばかりの殺風景な土地だがの。夏には北特有の緑が生い茂る、美しい土地だぞい」

「グローは行った事があるのか」

「軍人時代に、休暇での。ちょうど軍の休暇用の宿泊施設があったのだ。今ではコスト削減だのなんので閉鎖されたがの」

「そんなもんがあったのか」

「私も知りませんでした」

「お主等が生まれる前の話だ、知らんで当然だわい」

「休暇用の施設なんて、昔は結構お金があったんですね」


 確かに、今では何かとコストカットの傾向が強い軍だが、昔は福利厚生という事にも力を入れていたらしい。


「予言での勇者の出現が遥か未来だった頃の話だ。それでも魔王軍とは戦わねばならんし、前線を維持するには士気を低下させるわけにもいかん。ある程度の武功を上げれば休暇が貰える形になっておったのだ」

「へぇ~、それなら士気は低下しづらかっただろうな」

「とは言え、勇者は現れないと分かっているからの、士気は下がりやすい。よく勇者の出現まで持ち堪えたと思うわい」


 グローは懐かしそうに遠い目をした。

 しかし、グローが軍人として前線に出ていたのはどれくらい前の話なのか。


「尖兵となる矮鬼ゴブリン狗鬼コボルドは頭は悪いが、数の上では圧倒的に優位だ。戦争は数だ。数で上回る事が出来ないから、策を講じる。歴代の指揮官は優秀だったのだの」

「だが後世に語られるのは、その指揮官たちの名前でなく、勇者の名前ってのはな」

「仕方あるまい。指揮官とて所詮は軍人。軍とは集団だ。個別に語られるのは軍内部だけでよい」

「そんなもんかね」

「それを分かった上で軍に入るのだ。名を売りたいのなら冒険者になった方が早い」

「確かにな」


 とは言っても、現役の軍人であるコフィーヌを前にこんな話をしていいのだろうか。


「夢のない話をして悪いな、コフィーヌ」

「いえ、私も軍人になりたくてなった訳ではないので……」

「そうなのか?」

「はい。ウチの家庭は余り裕福ではありません。両親は地主から土地を借りて農業をしている、いわゆる小作人で、その癖兄弟が多く……。私は口減らしで軍に入りました。まぁ、娼館などに売られなかっただけよかったとは思います」

「お主の様なでは娼館でも買い手が付かんだろうな、ガハハ!」


 デリカシーの欠片もなく、豪快に笑うグロー。


「最低だな、こいつ」

「ペランペランって……、ペランペラン……」

「なーに、軍人の方がいいぞ?娼婦への世間の偏見は強い。その代わり、軍人はしっかりと身分が保証される上に、収入も安定しておる。退役しても税の一部免除が付くしの」

「グローも一部免除されてんのか」

「当たり前じゃ。免除にも段階があっての、負傷による退役、特に腕を失くしたやら、重い障害が残ったりすれば全額免除になる」

「まぁ、生活するのに困るレベルならそうなるよな」

「ペランペラン……」

「ワシは五体満足な上、自己都合だったからの、一番免除割合が少ない分類だの」

「まぁ、グローは稼げるからいいだろ」

「まぁの。とりあえず、そろそろ行くか」


 俺達は立ち上がって焚火に砂をかけ、出発の準備をする。


「丸一日くらい走らせれば目的の村には着くだろう」

「時間にはまだ余裕があるのぉ」

「ペランペラン……」

「早く着いた方がいい。遅れれば効果が薄いからな」

「ペランペラン……」


 ショックを受けているコフィーヌは可哀相だが、今は急ぐ必要がある。

 俺達は馬の腹を蹴り、走り出した。

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