第16話 酔っ払いの愚行

 ガル達はまた何かを企んでるようで、4人全員が街から何処かへ出掛けて行った。

 お陰で大将の店も平和でいい。

 平和でいいんだけど、今夜は少し珍しいお客が顔を出した。


「葡萄酒と、何か食べ物をお願いします」


 申し訳なさそうにカウンター席に座ったのはサリィンだった。

 1人で店に来るなんて珍しい。

 それに、疲れ切った顔をしている。


「何かあったの?かなり疲れてるみたいね?」


 葡萄酒を注いだグラスをサリィンの前に置く。


「え?あぁ、仕事でちょっと……」

「またガル達が迷惑掛けてるんでしょー」

「いえ、そうではなく……」


 そこまで言って、サリィンは押し黙った。

 守秘義務なのか、こんな場所では話したくても話せないらしい。


「サリィンも大変ね」

「はい……、『軍は王国民を見ていない』ってグロー殿が仰る意味が分かります……」


 そう言って、溜息を吐きながら葡萄酒を飲んだ。


「どういう事?」

「いや、結局は司令部同士の手柄の奪い合いで、王国民の為に働いてる訳じゃないんですよ……」


 サリィンは再び葡萄酒を口にする。

 大丈夫だろうか?

 サリィンが飲んでいる所を見た事がない。

 以前、ここでガルと飲んでいた時は、酒ではなくお茶やジュースだった。

 サリィンは酒に強いのだろうか。


「サリィンはお酒飲めるの?」

「私だって成人してるんですよ?飲めますよ!」


 いや、既に回ってない?

 え?

 これってヤバい奴だよ。


「セリファちゃーん、お代わりー」


 奥の常連客が空になった樽ジョッキを持ち上げながら叫ぶ。


「はいはーい。あんまり飲み過ぎないようにね、サリィン」


 私はそう言い残して仕事に戻った。



 閉店時間。

 店には、カウンター席で見事に酔い潰れているサリィンだけが残された。


「サリィン、もう閉めるわよ?」

「うぅん……」


 ダメだこりゃ。

 それ以前に、誰がこんなに飲ませたのか。


「大将ぉ、サリィンにバカすか飲ませちゃダメですよー」

「あ?注文したから出したまでだぞ?それに、10杯も飲んどらんぞ?全部水割りだしな」


 いつもガルやグローを見慣れているせいで、何処からが『酒に強い』と言えるのか分からなくなっているが、サリィンが強くない事だけは分かる。

 とにかく、帰ってもらわない事には私の仕事も終わらない。

 私はサリィンの肩を揺らす。


「サリィン、起きて。もう帰らないと」

「う~ん……」


 重い瞼を開くサリィン。


「大丈夫?」

「……、気持ち悪い……」


 人の顔を見るなりそう言ってトイレへ駆け込んだ。


「帰れるの、アレ……」

「セリファ、今日はもう上がっていいからサリィンに付き添ってやれ」


 厨房から顔を出した大将がそんな事を言う。


「やっぱりそうなるのね……」


 まぁ、予想通り。

 軍の宿舎まで肩を貸すくらいいいか。


「ううぅぅ……」

「帰るよ、サリィン」


 トイレから出てきたサリィンに肩を貸す。


「ありがとうございます……」


 少し酔いが醒めてきているのだろうか。

 受け答えはしっかりしてきている。


「じゃあ大将、お先します」

「おう、気ぃ付けてな」


 店から出ると冷たい夜風が吹く。

 酔っているサリィンにはちょうどいいくらいの風だ。


「セリファさん、申し訳ありません……」

「いいのいいの。宿舎はコッチ?」

「はい……」


 軍の支部の方向へ歩き出した時だ。

 サリィンが急に立ち止まった。


「どうしたの?」

「セリファさん……、今、何時ですか……?」

「え?夜中の1時を過ぎたくらいかな?」


 私の言葉を聞いてサリィンの赤かった顔が、みるみる蒼くなった。


「だから、どうしたの……?」

「いえ、その……。宿舎は夜11時には門が閉まって、出入りが出来なくなるんです……」

「文字通り門限ね」

「そうなんです……」

「……、え?じゃあサリィンは宿舎に戻れないって事!?」

「……はい」


 軍の宿舎に門限があるなんて知らなかった。

 まぁ、防犯上の理由で門を閉めるのは当たり前な気もする。

 いやいや、そういう話ではなく!

 元軍人の大将もこの事は知ってた筈なんじゃないの!?

 これは、ハメられた!?


「セリファさん、ありがとうございました。私は自分で何とかしますので、セリファさんはお家に……」


 そう言って私から離れようとするサリィン。

 門限を過ぎている事で酔いも醒めたみたいだけど、足元はおぼつかないまま。

 よろよろと歩く姿はとても見ていられない。


「どうにかするってどうするつもりなの?」


 もう一度サリィンに肩を貸す。


「最悪、門の前で一晩過ごします」

「そんな事したら風邪引くでしょ!」

「私の失態です。セリファさんにこれ以上迷惑は掛けれません……」

「あのねぇ……」


 酔っ払いを野外に放り出すなんて出来ない。

 乗り掛かった舟ってやつね。


「帰るわよ……」


 そう言って私は軍の支部とは違う方向へ歩き出した。


「帰るって、何処へ……?」

「私の家。他にないでしょ?」

「……、すいません」


 サリィンは再び耳まで真っ赤にしながら下を向いた。


「エルウィンもしばらく泊まってたから、1人泊めるくらいは大丈夫よ」

「いや、そういう事ではなくて……」

「同じ耳長人エルフなんだから。とは言っても、お互い混血ハーフか」

「いえ、種族の問題ではなく、性別の……」


 サリィンは女の子の様な顔付きだが、男だ。

 そこを気にしているのだろう。

 いや、意識させられるとこっちも恥ずかしくなる。


「ま、まぁ、一晩泊るだけだし?問題ないわ」

「そ、そうですよね……」


 何とも気まずい雰囲気になってきた。

 お互いにお互いを意識し始めるとこんなにもギクシャクするものなのね……。


「あのぉ、セリファさん……」

「なに?」


 俯いたままサリィンが申し訳なさそうに聞いてきた。


「ガル殿とは……、その……、どういうご関係なんでしょうか……?」

「え!?」


 ドキリとしたせいで、怪鳥の様な声が出てしまった。


「すみません!不躾な質問でしたね、忘れて下さい……」

「いや、そこは良いんだけど……。どういう関係なんだろうね……」


 改めて聞かれると答えに困る質問だ。

 私はガルの何なのだろう?


「お付き合いなさっている訳ではないのですか……?」

「付き合ってないわ。うん、付き合ってはない……」


 どう答えたものかと考えていたら、いつの間にか家に着いてしまった。

 鍵を開けて中に入る。


「ちょっと散らかってるけど、気にしないで」

「いえ、ありがとうございます……」

「酔いは醒めた?お水飲む?」


 台所キッチンでグラスに水を注ぎ振り返る。

 すぐ近くに顔を赤くしたサリィンが立っていた。


「サリィン……?」

「セリファさん……」


 サリィンはゆっくりと顔を近付け、唇を重ねてきた。


と、結婚を前提に付き合ってもらえませんか……?」




屍喰鬼グール殲滅依頼』————Quest Accomplished

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