第8話 呪われた腐れ縁

「これは……」


 俺は背筋が凍った。

 それと同時に、怒りと嫌悪が腹の底から湧き上がって来る。


「どうしたの……?」


 エルウィンが俺の顔を覗き込む。

 しかし、目の焦点をから逸らす事が出来ない。

 よく知っている。

 よく目にしたものだ。

 見間違える筈がない。


九龍会クーロンカイ……!」


 そこは村の外れにある農作物の倉庫を改造した実験施設だった。

 中にいたのは研究者らしき人間ヒュームが2人。

 取り押さえて縄で繋いだ後、書類に目を通した時だった。

 『西都物流商事』という文字と、ドラゴンを模った紋章が書き込まれていた。

 西都物流商事とは、九龍会のフロント企業だ。

 つまり、この実験施設は九龍会が作らせたもの。

 そして、その人為的な屍喰鬼グールの大量発生の原因は九龍会だったという事だ。


「ふざけるな!」


 俺はデスクの上の実験器具を薙ぎ払った。

 そして、いつぞや現れたパオの言葉を思い出す。


「そういう事かよ、恨むぜパオ。だったのかよ!」

「どうしたのよ……?」


 エルウィンは状況が全く掴めていない。

 とりあえず、縛り上げた研究者を尋問するする事にした。


「おい!テメェ等、九龍会だな!?」

「ヒッ!」

「答えろ!屍喰鬼を増やしてどうするつもりだったんだ!」

「ちょっと!」


 エルウィンが研究者に掴み掛っている俺を引き離す。


「どうしたのよ!」

「屍喰鬼の大量発生は魔王軍の仕業じゃない。コイツ等、九龍会の仕業だ!」

「九龍会……?」

「王国の西方の裏社会を牛耳るヤクザだ!屍喰鬼を何に使うつもりだったんだ!」


 俺が掴みかかった方の男は怯え切っており、ブルブルと震えながら何かをブツブツと呟くだけ。

 もう片方の男は不敵な笑いを顔に貼り付けていた。


「こちらから質問してもいいかな?」


 その男がニヤニヤしながら言った。


「あ?」

「まず、何故我々が九龍会だと?」

「この書類だ」


 俺は目を通した書類をその男の前に放った。


「これは……、西都物流商事の書類ですね?」

「だから何だ!西都物流商事は九龍会のフロント企業だろうが!」


 俺の言葉に、男は更に顔を歪ませた。


「酷い言い掛かりですねー。我々は西都物流商事から雇われた一介の研究者。九龍会などという組織も知りません」

「何だと!?」

「我々がここで研究していたのは、屍喰鬼の体組織について。のは非常に申し訳ありません」

「白々しい……」

「白々しいも何も、これは事実ですから」


 男は声を上げて笑った。

 つまり、この屍喰鬼騒ぎは大量発生ではなく、ただの実験体の逃走だと言うのだ。

 いくら何でも無理がある。

 俺達は既に50体以上を処理している。

 実権体の逃走などで済まされる数ではない。


「テメェ……、その頭をこの場で切り落としてもいいんだぞ」


 俺は鯉口に手を掛ける。

 それを見た男はニヤニヤと笑い続けていた。


「貴方、ただの冒険者でしょ?王国軍でもない冒険者が、を斬っていい訳ないでしょ?」

「善良な一般市民だ?寝言は寝て言えよクソが」

「ハハハ!斬りたければ斬ればいいでしょ!どうせその後、貴方は処断される。あの世でお待ちしておりますね?」

「この!」

「ガル!」


 カタナを抜こうとした俺の手をエルウィンが押さえた。


「冷静になって。とにかく、コイツ等をサリィンに引き渡して、ここを徹底的に調べてもらいましょう。そうすればコイツが言っている事が嘘なのか本当なのかも明らかになるでしょ」

「これはこれは、さかしい耳長人エルフのお嬢さん、助かりますよ」


 エルウィンは急にニヤニヤをする男の首を片手で締め上げ始めた。


「悪いけど、アンタにお嬢さん呼ばわりされる義理はないわ、クソ小僧ガキ。言っとくけど、アンタを殺して解体バラせば、のよ?そこは理解してるのかしら?」


 その言葉を聞いて、男はやっと笑うのを辞めた。

 エルウィンの言う通りである。

 殺したとしても、ギルドへ報告せずに死体を隠せば問題ないのだ。

 更に、今回は屍喰鬼の討伐依頼。

 死体を適当に傷付け、屍喰鬼のせいにする事も出来る。

 エルウィンは男の首から手を離した。

 男は大人しくなったが、その目はしっかりと俺達を睨んでいる。


「とにかく、軍を呼びに行った2人が戻るまではここを物色するしかないわね」


 エルウィンは男から離れ、机の引き出しを開けた。

 しかし、俺にはどうも何かが引っ掛かる。

 嫌な予感しかしない。



 俺は倉庫の外で紙巻煙草を吸っていた。

 溜息を吐いた後、意を決してその名を呼んだ。


パオ、いるんだろう?」


 俺の声に反応して、何処からともなく豹が現れた。


フェイ様……」

「豹、お前の言ってた事はだったんだな」

「はい……、しかしこれもまだ一部です」

「屍喰鬼を兵隊にする気か、九龍会は……」

「組織全体の決定ではありません。蒼狼ツァンランの独断です」

「……、ファンはどうしてる?」

「黄様はこちらに関してはまだ動いていません」

「報告していないのか!?」

「いえ、報告はしていますが、こちらへ人を割けない状態で……」

「蒼狼に反抗しているのはまだ黄だけって事か……」

「今の所は……。しかし、そろそろ元老会の中からも協力者が出て来る頃かと……」

「遅過ぎる。俺達が潰しただけで、屍喰鬼は50を越えてる。この感じだと、他にも施設があると見て間違いない」

「かなり厄介です。それに、研究者の2人は軍に引き渡しても意味がないでしょう」

「どういう事だ?」

「蒼狼は西方司令部と強固なパイプを築いています。東方司令部で捕らえたとしても、西方からの引渡指示が出て釈放されます」

「クソだな……。お前が把握してるだけで、施設はあといくつある?」

「9つです。しかも、それぞれに距離があるため、一気に潰す事も叶いません。軍も使えない今の状況では……」


 俺は考えをまとめ、吸い終わった紙巻煙草を地面に捨て、足で踏んだ。


「豹、定期的に俺へ情報を上げろ。こちらで出来る事はやる」

「しかし、吠様!」

「ここまでとは予想外だった。新たな魔王が決まるって話もあるんだ。王国内のいざこざは致命傷に成り得る」

「……、よろしいのですか?お仲間を巻き込む事になりますよ」

「冒険者はギルドが守ってくれる。軍の東方司令部には知り合いもいるし、上将軍とも顔見知りだ。何とかなる」

「……、吠様」


 豹が深刻な顔をする。


「なんだ?」

堅気カタギに戻れなくなるやもしれませんよ?」

「……、大丈夫だ、心配するな」

「……。では、吠様と黄様の連絡役は私が請け負います。些末な情報も全てお伝えする形でよろしいですね?」

「ああ、昔と同じく、それで頼む」

「……、出来る限り吠様の存在は隠しますが、万が一の時は、蒼狼から吠様への攻撃が始まるやもしれません。くれぐれもお気を付けて」


 そう言い残して豹はいなくなった。


「クソッタレが……」


 俺は奥歯を食い縛った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る