第7話 合点がいかない話だ

 グローとスゥを街へ帰し、俺とエルウィンで屍喰鬼グールの発生源を探る事にした。

 繁殖力の低い屍喰鬼が、ここまで大量に湧くには、何らかの人為的な原因がある筈だ。

 屍喰鬼は屍喰鬼同士でなくては、子を成す事が難しい。

 他種族との交配も理論上は可能だ。

 しかし屍喰鬼の出産時における胎児の生存率は極めて低い。

 屍喰鬼同士でも低いのだ、他種族となればほぼ不可能に近いと言われる。

 そんな屍喰鬼がここまで大量にいるのだ。

 異常としか言い得ない。


「どう思う、エルウィン」


 森の中で小休止をとりながらエルウィンに訊ねた。


「まだ断言は出来ないわね。ただ、このの原因を特定しない限り、私達は街に帰れないわね」

「はぁ……。なんでグローが見付けてくる依頼は、面倒事が多いんだ……」

「ガルとグローが厄介者トラブルメーカーだからでしょ?」


 そう言ってエルウィンは笑う。

 いやいや、笑い事ではない。

 作為的な大量発生など、魔王軍に以外に心当たりがない。

 幼い魔術師ストライゴンが言っていた事は本当なのかもしれない。

 魔王軍との戦争の再開。

 そうなれば、魔王を倒して浮かれ気味の今の王国では、確実に初動で遅れを取る。

 南部の元前線の兵数もかなり減っている筈だ。

 下手すれば1週間ももたずに王国が蹂躙される可能性もある。


「頭が痛い話ばっかだ……」


 しかし、そんなにも早く指揮系統が構築し、軍備を整える事が出来るだろうか。

 その辺りの試算はグローやサリィンの方が得意だろうが、素人目にも大軍の準備には1年以上の期間が必要だろう。


「魔王軍の軍備拡張だとしたら、叩い方がこちらには有利ね。出鼻を挫くのは戦いの常套手段よ」

「俺にだってそんな事は分かる。だが……」

「だが?何か気になる事が?」


 俺は押し黙った。

 何か、違和感がある。

 まず、この場所だ。

 ここは王国の南西部、比較的南部の前線には近いが、それでも距離がある。


「わざわざここで屍喰鬼を増やす意図が分からない」

「ある程度王国内部で兵隊を増やして、前線を挟撃するとか?」

「いや、それこそ有り得ない」


 挟撃を狙っての屍喰鬼部隊の拡張ならば、少し西に寄ったこの地で行う利点メリットがない。

 中途半端に近く、中途半端に遠いのだ。

 挟撃を狙うなら、もう少し前線に近い南部で行う筈。


「それに、王国内で部隊拡張を行うなら、その部隊を前線に向けるよりも、王都に向けた方が賢い。王都を強襲し、王国側の指揮系統を一時的にでも麻痺させれれば、前線なんか簡単に殲滅出来るだろ」

「それもそうね……」

「さらに、王都への強襲が狙いなら、こんな南の地で部隊を拡張する利点が余計にない。もっと人目につかない北部なんかの方が向いてるだろ」


 どう考えても、この地で行う意味が見出せないのだ。

 王国への暗黒種族の侵入は今までにも数多く報告されている。

 奴等にとっては王国への侵入は簡単なものなのだ。

 ならば、何処で部隊を拡張するかを最も重要視する筈だ。


「木こりの町で軍拡を行ってたウラグは、東都の制圧を目論んでいた。木こりの町は交通の便こそ悪かったが、地理的にはかなりいい場所だった」


 そして、難点であった交通の便を地中道トンネルという方法で解決しようとした。

 しかし、今回の村は大きくない上に、大きな街道からも近く、軍関係の往来も多い。

 兵を隠そうとしても、数としてはせいぜい1個大隊弱が関の山だし、それ以前にすぐにバレ兼ねない。


「考えられる可能性としては、って事くらいかしら?」


 本当に嫌な事を言ってくれる。

 それは俺も考えていた。

 要は、この村の様に屍喰鬼の巣窟となっている村がいくつか存在している可能性だ。

 分散して軍拡を進め、出来上がった兵士を順次別の場所へ輸送する。

 つまり、屍喰鬼牧場だ。


「有り得なくはない……。しかし、いくつか牧場を作った所で、見付かる危険も上がる上に、その管理人の数も必要になる。そんな統率の取れた動きを今の残党だけでやるのには疑問が残る……」

「とにかく、何かしらの手掛かりがなきゃ憶測の域を出ないわ。それを探さないと……」

「どちらにしろ、牧場である事は確かだ。だとすれば……」


 必ず管理人がいる筈だ。

 牧場が複数存在するかどうかは、ソイツを捕まえれば分かるだろう。

 俺達は再び発生源の捜索に戻った。



蒼狼ツァンラン様、よろしいですか?」


 扉の方から声がした。

 ここは俺が本拠地として使っている西都にある九龍会の事務所だ。

 傍から見れば商社のオフィスだが、中は立派なヤクザの拠点。

 とはいっても、ここでやっているのは家業の事務処理が主で、事務員として雇っている人間ヒューム圃矮人ハーフリングはここがヤクザのフロント企業だとは思ってもいない。

 彼等が処理している書類は全て改竄済みのもので、薬品や生活用品など合法的な物品の売買に関する書類になっている。

 実際は、違法薬物や人身売買、臓器売買などだが。

 そんな事務所を取り仕切る事務長は、俺の側近の1人。

 圃矮人のフィアットだ。

 フィアットは改竄前と後の書類のどちらにも目を通している、いわゆる経済ヤクザだ、見た目はそう見えないが。

 扉の向こうから俺に話し掛けたのもこのフィアット。

 俺は部屋にフィアットを招き入れた。


「何かあったか?フィアット」

「今月末までに準備できそうな駒の試算です。ご確認ください」


 そう言って1枚の羊皮紙を俺に手渡す。

 駒と言うのは、いわゆる兵隊だ。

 そろそろ元老会の中でも俺への攻撃を考える輩が出てくるだろう。

 兵を挙げそうなメンバーは既に予測済みだ。

 元々、こちらは戦争をする気なのだから。

 だいたい、元老会など必要ないのだ。

 親父が何を思ってそんなクソの役にも立たない意思決定機関を作ったのかは分からん。

 邪魔でしかない。

 8人ものメンバーがいる元老会など、組織自体を愚鈍にするだけだ。

 方針を決定するのは会長1人で充分である。

 魔王軍との戦争がひと段落ついた現在、治安も安定してない状況は俺達ヤクザの独壇場と言っていい。

 俺には軍とのパイプもある。

 お陰で好きに動ける上、家業の利益も上々。

 勢力範囲の拡大にも繋がっている。

 他のヤクザなど相手にならない。

 問題があるとすれば内部だ。

 早々に元老会を潰し、俺のワンマンにする必要がある。


「うむ、数としては上々だ。このまま増やせ。それと、老害達に動きはあったか?」

「それについてはインが調べております」


 そう言うとフィアットの後ろから、もう1人の圃矮人が現れた。

 コイツには名前がない。

 その代わり、コイツの率いる諜報組織は『隠』と呼んでいる。


「隠、報告しろ」

「はっ。ファンの動きが活発になっております。恐らく、元老会の誰かしらと協力関係になったと考えるのが筋かと。誰と繋がったかはまだハッキリしません」

「差し詰めハオランのどちらかだ。この2人に絞って探れ。手段は任せる」

「御意」

「黄の主な動きは?」

「駒集めを始めたようです」

「フン、どうせすぐには増えん、放っておけ。我々を脅かす程に多くなる事はない」

「黄周辺を探るため、1人潜らせています」

「それだけで充分過ぎるくらいだ。小僧の悪足掻きでも監視させろ」

「御意」


 そう言って隠は消えた。


「フィアット、分かっておるだろうが、お前は家業の稼ぎだけを考えろ。内部などどうとでもなるからな」

「承知しております、では」


 フィアットが部屋を出て行った。

 さて、黄はどうするつもりなのか。

 あの小僧が足掻く姿が楽しみでならない。

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