第54話 魔術なんて知らない

「ガル、どう思う?」


 エルウィンが俺に訊ねてきた。

 俺達2人は休憩所から少し離れた森の中にいる。

 エルウィンから呼び出されたのだ。


「何のことだ?」

「盗賊の中には魔術師ストライゴンがいるのよ?」

「あの村には人間ヒュームしかいなかった。人間の魔術師が潜んでると?」

「人間の魔術師……。私のいた古代ならともかく、現代で魔術が使えるとなると、それこそ暗黒種族くらいよ」


 エルウィンはそこまで言って、ガックリと肩を落とした。


「どうした?」

「『私のいた古代』って、何だか私が化石みたいじゃない……」

「自分で言ったんだろうが。それに、化石ってのもあながち間違いじゃないぞ?」


 冗談のつもりで言ったが、エルウィンはギロリと俺を睨んだ。


「冗談だって」

「化石がこんなに柔らかい訳ないでしょ!」


 エルウィンは俺の手を掴んで、自分の胸に押し当てた。

 柔らかい感触。

 コフィーヌの胸を触ってしまった時の事を嫌でも思い出した。

 しかし、コフィーヌの時よりも柔らかさや重みが違う。

 可哀想だが、圧倒的にエルウィンの勝利である。

 ……、何の話だ?


「だから冗談だって言ってんだろ!」

「照れてるのかなぁ~?」

「んな事やってる場合かよ!」


 俺はエルウィンの手を振り払う。


「もし、魔術師が暗黒種族だったとして、それを村が匿ってる可能性がある」

「そうね。だとすれば盗賊行為の幇助ほうじょって事で、村ごと処罰されるんじゃないの?」

「その通りだ。村ごと消され兼ねない」

「……、村人全員が操られてるって可能性もあるわよ?」

「そんなの不可能だろう?」

「魔術師の技量によるけど、問題は持続する為にはかなりの魔素オドを消費する事ね。人数によっては数分と持たずに心臓が破裂する」

「それだけの負荷が術者に掛かるのか。複数でやっている可能性は?」

「有り得るけど、そうなると魔術師の大部隊がいる筈」

「はぁ、どう転んでも村は消える運命じゃないか?」

「かもしれない……。だからこそ、どうするつもりなの?正義の味方さん?」

「その呼び方はやめろ。正義なんて虫唾が走る。とりあえずは、襲ってきた奴を捕まえないと何も始まらんだろ?」

「……」

「どうした?」


 エルウィンの歯切れが悪い。

 何か懸念があるのか?


「言いたい事があるな言えよ、エルウィン」

「前、ガルに聞こうとしたじゃない、『その印は何処で貰ったの?』って」

「あぁ、あれか」

「で?それは誰から貰ったの?」

「……、俺の貰ったその印って奴が、お前が懸念してる事なのか?」

「質問に質問で答えないで欲しいんだけど……」

「悪い。エルウィンには話す。むしろ、エルウィンにしか話せない事だ」


 そう言って俺は、魂世界アーラヤで魔王軍のウラグと話た事、その時にウラグからシンボルらしきものを貰った事を説明した。


「なるほどね、そういう事だったのね」

「で、俺が貰ったあのシンボルみたいなのが、お前の言ってるなんだな?」

「ええ、魔術を行使するためには魔素と印、方向性を示す呪文が必要になる。印っていうのは基本的には親か子へと受け継がれていくものよ。いわば、『魔術研究の成果』が印なの」

「魔術研究の成果……?」

「魔術師は常に自らの魔術を研究し強化する。魔術が強化されるごとに印は複雑なものになっていくわ。それを自分の子に譲る。そして子も魔術を研究し強化する。そうやって受け継がれてきた印はより複雑になり、より強い魔術を行使できるようになる」


 何となく分かった。

 印が複雑になればなる程、強い魔術師である証拠という訳だ。


「そして、その印にも系統がある。今回使用されたと思われる魔術印の系統は、ガルの印と同じ流れ。貴方の言った事が本当なら、確実に魔王軍関係の魔術師の筈よ」

「系統ねぇ……。所で、さっき言ってた『方向性を示す呪文』ってどういう事だ?」

「まずは、魔術の運用方法について説明するわ。これを理解してないと使えない」

「別に使いたいわけじゃねーけど……」

「初めに、印に魔素を送り込む。魔素で満たされた印は、空気を吹き込んだ風船みたいな感じだと思って」

「ふむ……」

「そして、呪文は印のどの部分を使うかを指定するの。印は作動させる場所にって発現する魔術が変わる。例えるなら、魔素を溜め込んだ印が膨らんだ風船なのに対して、針を刺す位置を指定するのが呪文ね」


 全く持ってチンプンカンプンだ。

 とりあえず分かったのは、印に魔素を溜め込み、呪文で放出するって事か。


「てか、さっきから言ってる『』」って何なんだ?」

「簡単に言えば魔力マナと同じ様なものよ。ただ、魔素が生まれるのは『精神世界マナシキ』ではなく、『魂世界』。そこから引き上げた魔素を印に注ぎ込む」

「魔力は魔法使いが体内で精錬するんだろ?魔素も精錬するのか?」

「魔素は精錬を必要としないわ。『魂世界』から汲み上げ、そのまま印に流し込める。術者の練度が高ければ、無尽蔵に魔術を使える」

「……、はぁ?」

「魔法と魔術で大きく違うのはそこじゃないかしら?でも、誰でも出来る事じゃない。本人の練度以上の事をしようとする、心臓が文字通り破裂する。肉体の方が耐えれなくなる訳ね」

「魔術、怖ぇ……」

「そんな大魔術師なんて神話の世界の話よ。現実としては有り得ない」

「ふむ……」


 何となく理解出来た気がする。

 とは言っても、俺がやるべき事は盗賊退治であって、魔術の行使ではない。


「まぁ、魔術の何たるかは分かったが、肝心なのはそこじゃなく、犯人が誰で、関係者がどれだけいるかだ」

「そうね……。とりあえず私は、誰かさんの命令で上で寝るわ。何かあったら自分達でどうにかしてね」

「分かってる。前衛バンガードが2人もいるなら大丈夫だ」

「ホントかなぁ~」


 エルウィンは少々心配そうな顔をした後、音も立てずに木の上へと移動した。

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