盗賊団討伐依頼編

第49話 リハビリはトラウマになりかねない

 深く息を吐く。

 目の前には麦藁を束ねたものを立てている。

 心を落ち着け、左手で鞘を握る。

 刃の方向が下に向くように鞘を半回転させる。

 問題ない。

 親指を鍔にかけ、柄に手をかける。

 鯉口を切ると同時に抜刀し、麦藁の束を逆袈裟に斬り上げる。

 ポトリと斬られた藁束が地面に落ちた。


「はぁ……」


 溜息。

 何か違う。

 藁束は綺麗に切れているが、それだけだ。

 抜刀の速度が以前よりも落ちている。

 藁束は斬れても、首を斬り落とす事は叶わないだろう。


「だいぶ戻ってきたが、まだまだだ」


 3ヶ月近いブランクは、やはりかなりキツイ。

 まぁ、ここまで戻って上々と考えた方がいいのかもしれない。

 リハビリでは、文字通り死ぬ思いをしたのだ。

 もう二度とやりたくない。


「さて、次だ」


 ここは城壁の外、エルウィンを試験した訓練所あとだ。

 人も来ないし、道具もある。

 自主練習には持ってこいだ。

 俺は刀を鞘に納め、藁束を片付ける。

 今度は納屋の中から人の形を模した木人形を引っ張り出した。

 20メートルくらい離れ、左手で投げ小剣ナイフの訓練を始める。

 しっかりと狙いを定めて投げる。

 まずはこれで狙い通り投げれなければ、次の段階には進めない。

 狙うのは首と眉間だ。

 そうやって、固定具が外れてからはずっとリハビリを兼ねた鍛錬を続けていた。



「手の調子はどうなの?ガル」


 セリファがエールの入った樽ジョッキを俺の前に置きながら話し掛けてきた。


「あ?あぁ、まだ本調子とはいかないな。けど、だいぶ戻ってきたと思う」

「ふーん、仕事にはいつ復帰するつもりなの?」

「簡単な討伐依頼ならもう大丈夫だと思う。そろそろだな」

「無茶しないようにね?」


 セリファと話していると、店の外からデカい声が聞こえてくる。

 またか……。

 俺が頭を抱えた瞬間、店のドアが勢いよく開け放たれた。


「ガル!ちょっと聞いてよ!」

「いんや、ワシから話す!」

「そうやって、自分に都合のいいように話すつもりでしょ!」

「お主こそ、そうだろうて!」

「喧嘩なら外でやれ、お前ら……」


 いつもの事だ。

 グローとエルウィンがバディを組むようになり、依頼の後はいつも2人で言い合いをしながらこの店に来るのだ。

 どんだけ仲が悪いんだよ……。


「毎度毎度、お前らは飽きもせず……」

「この小娘がワシの邪魔建てをするからだ!」

「邪魔なのはそっちでしょ、このずんぐりむっくり!」

「辞めろって言ってるだろ……。とりあえず、座れ。話をするんだった聞くが、喧嘩するなら外に行け」


 俺に諫められ、2人はおずおずと俺の座るカウンター席の両隣りに腰掛けた。


「で?今回は何だ?」

「この小娘がワシの獲物を横取りしおった」

「横取りなんてしてないわ。がら空きの背後を狙われてたからそれを射てあげただけ」

「背後の敵くらい分かっておったわ」

「嘘だー、全然気付いてなかったじゃない」

「気付いておったわ!」

「助けてあげたんだから、お礼くらい言いなさいよ!」


 何ともしょうもない言い合いで、俺は再び頭を抱えた。

 セリファがエールと水割りの葡萄酒を運んできた。


「とりあえず、酒でも飲んで落ち着け、お前ら……」


 俺にそう言われて、目の前に出されたそれぞれの酒を2人が同時に煽る。


「で、依頼は完遂したんだな?」

「当たり前だ。あのくらい出来ねば廃業だて」

「余にも歯応えがなくてつまらないわ」

「依頼がちゃんと終わったならいいじゃないか。そんなに喧嘩する必要はない」

「でも!」

「でもじゃない。俺達は賞金稼ぎバウンティハンターだぞ?冷静クールにいこうぜ、冷静に」


 依頼を完遂して報酬を貰えればそれで終わりだ。

 熱くなる必要もないだろう。

 俺の言葉に少しは冷静になった2人。

 全く、世話の焼ける……。


「で、ガル。お主もそろそろ良いだろ?はよ復帰せい」

「まぁ、難易度の高くない依頼なら問題はないと思う」

「では、次回からお主も一緒だの」


 心なしか嬉しそうなグロー。

 こんなむさ苦しいオッサン鉱矮人ドワーフでも、可愛げは持ち合わせているらしい。


「依頼に関してはいつも通りグローに任せる。適当に見繕ってくれ」

「実はのぉ、もう見付けておるのだ」


 コイツ、俺がまだ無理だと言ったところで、無理矢理にでも連れて行く気だったな。

 何ともふざけた鉱矮人だ。


「何?次の依頼?」


 エルウィンも顔を近付けてくる。


「これだ」


 グローがテーブルに置いたのは、4人用の依頼だった。


「おい、グロー。これ4人用じゃねーか」

「私達じゃ3人よ?数も数えられないの?」

「黙れ小娘!ワシとガルはギルドからの信用も高い。ワシら2人の顔に免じて、4人用の受注許可が下りたのだ」


 これは意外だった。

 ギルドがそんな判断を下すとは思っていなかった。

 俺とグローに関しては今までの実績を鑑みて、3人として計算するようになったようだ。

 非常にありがたい。

 4人用を3人で完遂出来れば、それだけ報酬もよくなる。


「コイツはいいや。エルウィンを加えて正解だな」

「不本意ながらの」

「何か言ったかしら?グロー?」

「別に何も言っとらんがのぉ」


 しょうもない2人の言い合いを聞き流しながら、俺は依頼書に目を通す。

 内容は、盗賊団の討伐だ。

 どうやら、南方への街道沿いに盗賊が出始めたらしい。

 目撃された人数は6人。

 何処かに隠れ家があるのだろうが、それを探りに出た冒険者達が戻ってきていないらしい。

 その冒険者達が出発して、既に1週間過ぎていると追記があった。

 この追記のせいで、誰も新たに受注しないのだろう。

 死者が出たと思われる依頼は、受注されにくくなる傾向にある。

 理由は簡単、死体拾いなどしたくないからだ。

 それに、適正人数はギルドが決めているが、それでも死者が出ているという事は、記載されている情報とは他に、生死に関わる問題がある場合が多い。

 生きていての物種なのだ、リスクが高いものは誰もやりたがらない。


「しかし、大丈夫か?これ」

「何がだ?」

「先に受注した連中は5人パーティーだったんだろ?それで帰ってこないって事は、中々ヤバそうだと思うが?」

「まぁ、気にせんでもよかろう。どうにかなる」


 ガハハと笑いながら、グローがエールを飲む。

 コイツの大丈夫が一番厄介なんだ。

 嫌な予感が頭をかすめる中、俺は地図と取り出すのであった。

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