第47話 ギルドに行くのも面倒だ

「あれ?ガルじゃん、珍しい」


 不意に後ろから話し掛けられた。

 振り向くと人間ヒュームの男が立っていた。


「なんだ、ロブか」


 スピア使いのロブだ。

 2メートルの槍の扱いを得意とし、東方の槍使いの中でも5本の指に入ると言われる、らしい。

 実際、コイツが戦っている所を見たと事がないので何とも言えない。

 身長は180センチくらいと俺より低いが、筋肉質で力はコイツの方が強いかもしれない。

 年齢は俺よりも若いが、冒険者に登録した時期が同じくらいだったので何かと馴れ馴れしく絡んでくる。


「なんだとは何だよ!てかお前、怪我治ってないんだろ?依頼掲示板ボードなんて見てどうした?」

「暇潰しだ。ギルドに用があるのは俺じゃないからな」

「どういう事だ?」

「ガル!登録出来たみたい!」


 エルウィンが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 その手には不銹鋼ステンレス製の認識票ドッグタグが握られていた。

 認識票とは、に個人を特定するためのものだ。

 細長いプレートに、東方や中央などの所属するギルド、拠点としてる町村名、本人の名前、種族などが打刻される。

 全く同じ内容のプレートが2枚、これまた不銹鋼製のチェーンに繋がれているのだ。

 何故2枚なのか。

 冒険者が死亡した場合、1枚はギルドに回収され、もう1枚はそのまま遺体に残される事で、遺体回収時に個人を特定しやすくするのだ。

 結局、どちらにしても死んだ時用のものなので、個人的にはあまり他人のを見たくないのだが、エルウィンは嬉々としてそれを見せつけてくる。


「見て見て!これで私も冒険者!」

「ガル、また新しい彼女か?」

「ロブ、黙れ」

「早速何か依頼やろう!」

「はぁ?登録出来ただけで今日はもういいだろ?」

「おい、ガル!紹介しろよ、新しい彼女!」

「うるせーな、ロブ。彼女じゃねーつってんだろ」


 俺の周りでワイワイと……。

 あぁ、面倒になってきた。


「エルウィン、俺は帰るぞ」

「えー、帰るの?」

「ロブの顔見たら帰りたくなったんだよ」

「おい、どういう事だよ!」

「俺は怪我人だ、安静にしてないとダメなんだー」


 そう言い残して俺は外に出た。

 ロブの事はシカトだシカト。


「待ってよ、ガル」

「依頼の受注に関しては説明を受けたか?」


 自宅へ向かう道の途中、エルウィンに話し掛けた。


「一通りは聞いたわ。人数制限とか、ややこしいのね」

「冒険者の命を守る事もギルドの仕事だ。依頼内容と冒険者の実力が不釣り合いだと判断されると受注出来ない。まぁ、依頼書に書いてない『受付による判断』もある訳だな」

「ふ~ん。じゃあ、登録したばかりの私じゃ、割のいい依頼は回って来ないって事ね」

「聡明で結構。最初は簡単な依頼をこなしてギルドから信用される必要がある」

「なるほどね」

「しばらくはグローと一緒に依頼をこなせ」

「分かった、グローに話してみる」


 そこまで話して、ふと気が付いた。


「エルウィン。お前、家はどうするんだ?」

「家?」

「いつまでもセリファのとこに居候する訳にもいかんだろ。金がないなら貸すぞ」

「家か……」


 エルウィンは少し考えた後にニッコリと笑った。


「ガルと一緒に暮らすのは?」


 何となく想像していた通りの返答だ。


「ダメに決まってんだろ」

「何でよ?」

「男女が同じ屋根の下で暮らすなんて」

「ダメなの?」

「ダメに決まってんだろ……」


 生活リズムを他人に乱されたくない。

 気ままな一人暮らしが一番いいに決まっている。


「家に関しては俺に聞かれても困る。見つけるんだったら街の役所に聞きな」

「家を探しておるのか?」


 急にグローが話に入ってきた。


「いつからいたんだよ」

「さっきだ。ちょうど見掛けたからの」

「グロー、冒険者登録してきたよ」


 そう言って、エルウィンは自分の首から下げた認識票をグローに見せる。


「それは上々」

「しばらくはグローと一緒に依頼をこなせってガルが」

「ワシと一緒に!?」

「そりゃそうだろ。俺はまだ休業中だ」

「全く……。うむ、それならば今からエルウィンの実力を見せてもらおう。付いてこい、2人とも」


 そう言ってグローは街の外れの方へ向かった。

 一体何をする気なのか。



 そこは街の城壁の外。

 南の雑木林の中にぽっかりと出来た空き地だった。

 100メートル四方くらいの草原になっている。


「なんだ、ここ」

「ここは昔、軍の訓練所だった場所だ。小さくなって移転したので、今はただの空き地になっておる」

「へぇ~」


 グローは物置の中から何かを取り出した。


「それは?」

「訓練用の弓矢だ。エルウィン、これを使え」


 そう言ってその簡素な造りの弓矢をエルウィンに渡す。


「ガル、コイツを向こうに置いてこい」


 渡されたのは樽ジョッキだった。

 ジョッキとは言っても持ち手がなく、ただの樽になっている。


「これを?」

「いいから早く行け」

「はいはい」


 俺は言われた通り、空き地のちょうど頂点になる場所に設置された高さ1メートルくらいの台の上に置いた。

 100メートルは歩けば中々遠い。

 これを射落とせと言うのだろう。


「置いたぞ、グロー」

「うむ、ではエルウィン。こっちに来い」


 そう言ってグローはエルウィンを樽を置いた頂点の対角へと移動させる。


「おい、グロー!」

「なんじゃい」

から撃たせるのか!?」

「そうだが、何か問題でも?」


 100メートル四方の正方形の空き地だ。

 その対角となると、距離にして約140メートルちょっと。

 いくら何でも遠すぎる。

 普通、弓矢の練習は20メートルくらいから始めるモンだ。

 これでは約7倍だぞ。


「これくらい射落とせなんだら、ワシらと組むなんぞ出来んぞ」


 ガハハと笑うグロー。

 確かに、仲間にするなら手練れがいいとは言ったが、これはあまりに酷ではないか?


「矢は5本だ。当たれば合格、当たらなければ1人で地道に稼ぐんだの」


 嫌味な鉱矮人ドワーフだ。

 言われたエルウィンの方を見ると矢の選定をしていた。

 やる気の様だ。

 しかし、そんなに念入りに選定して、何か変わるのだろうか。


「うん、この5本にする」

「どれ、お手並み拝見だのぉ」


 エルウィンが矢を番えて引き絞る。

 俺は気が気ではなかった。

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