第46話 先に用事を済ませたい

 翌日、俺は昼過ぎに目が覚めた。

 エルウィンはしばらくセリファの家に預かってもらう事になった。

 現代と古代の違いはあっても、同じ耳長人エルフの女性の方がエルウィンも安心だろう。

 あの後も、エルウィンはかなりの量の葡萄酒を飲んでいたが、しっかりと歩いてセリファの家に帰っていた。

 酒には相当強いと見える。

 古代耳長人、恐ろしい。

 俺は二日酔いにならない程度で飲むのをやめた。

 ゼペットに怪我の具合を見てもらうためだ。

 禁酒令を出されているのに、二日酔いだったら怒られる。

 あの老エルフはなかなかに厄介なのだ。


「ガルー?」


 風呂に行こうかと考えてながら紙巻煙草に火を点けた矢先、ドアの向こうからエルウィンの声がした。


「何だ?」


 ドアを開ける。

 エルウィンが満面の笑みで立っていた。


「冒険者の登録に行こう!」

「はぁ……、どうしても冒険者になりたいみたいだな」

「弓の扱いには自信があるの!それに……」


 エルウィンは周りを確認して、俺に耳打ちした。


「多少、魔術も使えるから」


 その言葉にドキリとする。

 ふと、ウラグとの会話を思い出したのだ。


「魔術は基本的に、この世界では御法度だ。属性に関係なくな」

「知ってる、研究所でその辺も調べたから。でも、こんなになんて思わなかった」

「変わってる?」

「魔術と魔法の違い」

「あぁ、かなり違うらしいな」

「……」


 エルウィンが急に黙り、俺を見つめる。


「何だよ?」

「ガル、そのは何処で貰ったの?」

「はぁ?」

「……、そうね、ここで話すのは危険ね」


 何とも含みのある言い方をする。

 俺にはサッパリ意味が分からなかった。


「何の話だ?」

「まぁ、いずれ話しましょう。それより、登録よ!」

「はぁ……、とりあえずちょっと待っててくれ。風呂に行ってくる……」

「お風呂?じゃあ私も行く!」


 付いて来る気か?

 まぁいい、とりあえず公衆浴場に向かおう。

 それからゼペットの診察を受けて、ギルドへ行くことにする。



 ゼペットに怪我の具合を診てもらった。

 経過は順調らしいが、ヒビの治りがもう少しとの事だ。

 今日こそ固定具が取れると思ったのに、結局はあと半月はこのままらしい。

 しかも、固定具が取れたとしてもリハビリが待っている。

 左手のどの指も既に動かない。

 これを依然と同じに戻すのには苦労しそうだ。


「ガル?」


 ギルドへ向かう途中、思い出したかのようにエルウィンが話しかけてきた。


「なんだ?」

、私が治してあげよっか?」

「……、は?」


 何を言っているんだ、コイツは。

 そう簡単に治ったら苦労しない。


「そう簡単に治る訳がないだろ?」


 俺がそう言うと、エルウィンが耳打ちしてくる。


「魔術なら出来るわ」

「は?」


 エルウィンはニッコリと笑い、俺の前を歩き始めた。


「私の属性は光。回復系も使えるわ」

「ちょっと待て」


 光属性の魔法には回復系が確かに存在する。

 とは言っても、出来る事は『傷口を塞ぐ』『肝機能の働きを促進させ、毒素の分解を速める』等の、魔法をかけてもらう本人が既に持っている自然治癒力を促進させてやるものだ。

 現代で使われている魔法は、別名で『促進術』と呼ばれるらしい。

 人物や物が既に持っている何かしらをさせるものだ。

 まぁ、俺もよくは分かっていないから、詳しくはグローに聞いて欲しい。

 ただ簡単に言えば、回復魔法だと怪我が完治するまでに相当量の魔力を消費するという事だ。

 骨折となれば2週間近く魔法をかけ続ける必要が出てくるのではないだろうか?


「そんな簡単に出来る訳ないだろ!」

「出来るわ」


 あっけらかんと言い過ぎだ。

 そうか、エルウィンが使うのは魔法ではなく魔術。

 魔法とは比べ物にならない程に強力だった言われる魔術なら可能なのかもしれない。


「……、でもいきなり治ったら先生が腰抜かすぞ」

「あー、それはあるわね」

「しかし、そんなにも便利なのか?」

「便利って言うよりも、今の魔法が不便過ぎるだけよ」

「そんなもんか……」


 よく分からないが、大昔は便利だったんだな。

 そう言う点では羨ましいかもしれない。

 そんな話をしていると、ギルドへ着いてしまった。


「ここが冒険者ギルドだ」


 目の前には石造りの大きな館。

 ここがこの街の冒険者ギルドだ。

 この街は東方でも主要都市の1つだ、ギルドもそれなりに大きい。

 職員だけでも100人近くいる。

 3階建ての建物の1階は、依頼の受注カウンターとそれに伴う事務処理を行う事務所になっている。

 2階以上は職員専用なのでどうなっているのかは知らない。

 とりあえず開け放たれた扉を潜った。


「あそこが登録用のカウンター。んで、こっちが受注カウンター。俺達には関係ないが、向こうが依頼を出すための発注カウンターだ」

「ふ~ん」

「まずは登録だ」


 俺はエルウィンを引き連れて登録用カウンターへ足を向けた。


「あれ?ガルさん、どうしたんですか?もしかして、登録抹消しに来たとか?」


 登録カウンターに座っていた女の圃矮人ハーフリングが俺に気が付いた。

 笑顔で対応してくれるのはいいが、余計な事を言うな。


「違ぇーよ」

「怪我されたと聞いていたので、てっきり廃業するのかと」

「相変わらず笑顔でとんでもねーこと言う奴だな、お前は」

「廃業じゃないなら何ですか?私も暇ではないんですよ?」

「コイツの冒険者登録を頼む」

「コイツ……?」


 圃矮人はやっと俺の後ろにいるエルウィンの存在に気が付いた。


「お美しい耳長人さんですね!ガルさんの新しい彼女ですか?」

「違ぇーよ。知り合いだ」

「ホントにただの知り合いですかー?ガルさんは耳長人の女性にすぐ唾を付けるって専らの噂ですよ?」


 コイツ、ぶん殴っていいか?


「誰がそんな噂流してんだよ」

「まぁまぁ、そう怒らないで。噂は所詮噂ですよ」

「何でもいいからさっさと済ませてくれ」

「はーい。では耳長人の美人さん、こちらへどうぞ」


 圃矮人に促され、カウンタの椅子に座るエルウィン。

 手続きもすぐに終わるだろうから、俺は依頼掲示板ボードを見てみる事にした。

 俺が依頼掲示板を見る事はほとんどない。

 手頃な依頼を見付けるのはグローに任せている。

 なので、ここに立つのも久々だった。

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