第44話 やはりエールは旨い

「しかし、どうするつもりなのかのぉ」


 街へ帰る荷馬車の中、グローが呟いた。

 上将軍との謁見は、結局1時間程で終了した。

 軍司令本部の移転、西方の九龍会。

 グローは何の話を指しているのか。


「あの話って?」

「移転の話だ。丸々移転させるには、まずは拠点が出来上がらねば無理だ。だが、あの規模となると、康嗣に10年以上掛かる。それで間に合うのかのぉ」

「間に合わんだろ。九龍会クーロンカイの内部抗争なんて、掛かったとしても数年で片が付く。何をそんなに恐れてるのか……」

「そうだのぉ。たかがヤクザの抗争だ。軍がその気になれば簡単に鎮圧出来るだろうに……」


 全く持ってその通りだ。

 九龍会は確かにデカい組織だ。

 西方全土と、南北の一部までその勢力下に置いているが、所詮は犯罪者組織。

 軍がその気になれば幾らでも骨抜きに出来るはずだ。

 懸念材料になる程ではない。


「しかし、ガルは何故その九龍会なるものを知っておったのだ?」

「あ?」

「東方では全く聞いた事がない」

「まぁ、賞金稼ぎバウンティハンターになる前は色々と歩き回ってたからな」

「フム……」


 グローが酒瓶を煽る。


「お主が東方に住み着いた理由はなんだ?」

「何?」

「放浪しておったのだろ?だったら、何処に住み着いても良かったのではないか?」

「あぁ、そりゃ大将だよ」

「ん?」


 大将は昔、西方司令部の憲兵だった。

 スラムで盗みをしていた俺は、幾度となく大将にとっ捕まって、長い説教を受けたもんだ。

 そんな大将が引退して、ふるさとの東方の街に店を作ると聞いた。

 だから俺は、大将の店があるあの街に住み着いたのだ。

 大将だけが、俺にとっての肉親の様なものだから。


「ほぉ~、なるほどの」

「賞金稼ぎになったのも、大将の助言だ。俺は軍には入れない。せめて剣の腕を使って人の役に立つ事しろってな」

「よい助言だのぉ」

「すぐに飯が食えるようになったわけじゃねー。金のない駆け出しの時はタダで飯を食わせてもらったもんだ」

「あの大将らしいのぉ」

「言っとくが、その時のツケは全部返し終わってるぞ」

「ガハハ、お主は真面目だからの」

「誰が真面目だよ」


 グローがガハハと笑う。

 まぁ、軍がどうしようが関係ない。

 とりあえず、かなりの報酬が貰えたのでホクホクだ。

 怪我人の俺にとってはありがたい。


「ガル殿」


 コフィーヌが俺を呼ぶ。


「何だ?」

「また、お時間がある時で良いので、稽古をお願いできますか?」

「お?まぁ、いいが、サリィンはどうする?」

「出来れば私もお願いします。勿論、謝礼を……」

「いいって、お前ら2人ならタダで良い」


 こんだけ仲良くなったんだ、金を貰うなんて野暮にも程がある。


「グローも手伝ってくれるからな」

「何!?」

「当たり前だろ?元はお前が言い出したんだ、責任持て」

「チッ……、次はタイマンだからの!」

「はい!」


 そんなこんなで、街までの帰路は退屈しなかった。



 約1ヶ月振りの街は、特に何も変化していなかった。

 着いたのは昼過ぎ、ちょうど腹も減ったので大将の店へ向かう事にする。

 まだ開いていないだろうが、大将は要る筈だ。

 何か簡単に作ってもらおう。

 肉がいいな。

 何だかんだで焼いた肉は食べていないかったからだ。

 野生動物の肉は基本的にスープなどに入れる。

 独特の臭みがあるからだ。

 グローは特にその臭みに敏感だし、エルフであるサリィンやコフィーヌもそうだろう。

 報酬の量も十二分にある。

 高いステーキでも焼いてもらおう。


「大将ぉ~、いるか?」


 俺が店の裏口から厨房へ入る。


「ガル!帰って来たか!」


 大将が嬉しそうに奥から出てきた。


「おう、今帰った。それで頼みたいんだが……」

「ガルを探しに来てた耳長人エルフがいた?」

「あ?」


 話の腰を折られた。

 俺に尋ね人だ?


「耳長人?」

「あぁ、人形かと思うくらいに綺麗な耳長人だ。知り合いか?」

「誰だ?」


 全く思い当たる節がない。


「お主が帰って来るまで、セリファの家に泊っておるぞ」

「おはようございま~す」


 噂をすればと言う奴だ。

 セリファが出勤してきた。


「おう、セリファ」

「ガル!いつ帰って来てたのよ!」

「ついさっきだ。で、俺に来客って……」

「ちょっと待ってて、呼んで来る!」


 すぐにセリファが店を飛び出していった。


「忙しいエルフだのぉ」


 入れ替わる様にグローも店に来た。


「そうだ、大将。俺とグローにステーキ焼いてくれ」

「おぉ、いいのぉ、ステーキ!エールも頼むわい!」

「お前らなぁ、まだ開店時間じゃねーってのに……。まぁいい、ちょっと待ってな」


 グローがカウンター席に腰掛け、俺は勝手に樽ジョッキを2つ取り、エールをなみなみと注ぐ。


「んじゃ、依頼お疲れさんって事で」


 乾杯してエールを身体に流し込む。

 旨い。

 文句なしに美味い。


「あ~、最高」


 テーブルにジョッキを置いた瞬間、店のドアが勢いよく開け放たれた。


「ガル!」


 銀糸の様な美しい銀髪に、白磁のように透き通った白い肌の女がそこに立っていた。

 その姿を見て、ハッと思い出した。


「エルウィン……」


 名前を呼ぶ前に、エルウィンはタックルの様に俺に抱き付いてきた。

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