第43話 そんな話は聞きたくない
「うむ、ご苦労だったな諸君」
ここは王都の中枢区内、軍本部の上将軍執務室だ。
大将の店よりも広い室内は、案外簡素で飾り気がない。
大きな机には書類が山積みになっている。
これに全部目を通しているのか?
俺だったら絶対に
下級士官に案内され、執務室のドアの近くに整列した俺達を、上将軍は笑顔で迎えてくれた。
「まぁ、座ってくれ」
そう言って、机の前に並べらたソファに案内される。
大きなソファだ、シンプルだが精巧な装飾が施されている。
テーブルは
無垢材を使った、重厚さのある温かみを感じる。
そのテーブルを囲むように、俺達はソファに腰掛けた。
「報告を頼む」
「はい、まずこちらを」
サリィンが調査報告書を手渡した。
「ん?これだけか?」
「いえ、他にも調査地点ごとのデータや、地質を書き込んだ地図もありますが、今ご覧になられますか?」
「あぁ、私が受け取ろう。全てに目を通した後、担当部署に回しておく」
「承知致しました。あちらで全てです」
サリィンが入口近くに固めて置いてある大きな荷物を指差した。
あまりの量に、台車を借りたくらいの量だ。
これに目を通すだ?
このオッサン、どんだけ暇なんだ?
「はっはっは!ガル、ワシを暇人だと思ったな?」
心を読んだかのように、俺が考えた事を見抜く上将軍。
やっぱりこのオッサンは只者ではない。
「いや、そういう訳では……」
「ワシは暇ではないが、目を通さんと気が済まんのだ。ところで、お主達の見解を聞きたい。あの場所に東方司令部を移動するのはいい案だと思うか?」
まるで少年の様に目を輝かせながら聞いてくる上将軍は、何処かお茶目で気さくな印象を受ける。
御前裁判での厳しい印象とはかなりの落差だ。
「俺はそう言うのは専門外だからな、グローはどう思う?」
「うむ……。1つ、問うても良いか?」
「あぁ、勿論」
「その前に、人払いを願う」
「え?」
奇妙な事を言う。
人払い?
現時点で、この部屋にいるのは俺達4人と上将軍、それに上将軍の警護兼補佐官が2人。
執務室の外にも警護官が2人いるが、補佐官を退出させろと言うのか?
「ちょっと待て、グロー。人払いの必要があるのか?」
「ある。そうだろ、上将軍殿?」
そう言われた上将軍は少し唸った後、先程とは違う、重みのある笑いをする。
「うむ、そうするか。お前たちは下がれ。それと、外の警護官たちも下げさせろ」
「な!?しかし!」
「いいから下がれ。これは軍の中でも最重要機密事項だ。お前たちでも聞かせる訳にはいかん」
「……、御意のままに……」
補佐官たちは不服そうに退室していった。
4人分の足音が遠ざかるのを確認すると、グローが口を開く。
「ここに、軍司令本部の機能が担える規模の地下基地を作るつもりか?」
その言葉に驚いた。
司令本部の機能を担えるだ?
「ちょっと待ってくれ。どういう事だ?グロー」
「こいつは少尉達にも聞かされていないのだろう?」
俺の言葉を無視して、グローは上将軍に問いかけた。
「やはり、お主を出し抜くのは無理か」
「当たり前だ、ワシは
グローが言うには、岩盤の調査にしては、あまりに深いところまで調べているらしい。
ただの東方司令部の移転ならば、調べたとしてもせいぜい硬い岩盤まで。
今回の調査はその更に深くまで調べている。
「お主は王都が陥落する可能性を視野に入れておるな?上将軍閣下」
空気が凍り付いた。
王都陥落だと?
そんな事が有り得るのか?
「可能性としてはゼロではない。だから備える。それだけの事だ」
「フン、備えるだけならば、各方面司令部に分散させる案だってあっただろう?何故1カ所移転に絞った?そうすれば、余計に時間と費用が掛かるのは分かっているであろう」
確かに、グローの言う通りだ。
東西南北の司令部に機能を分散させるのが最も効率的だ。
これでは、東へ逃げている様に見える。
ん?東に逃げる……?
「上将軍さん、西に何か懸念があるのか?」
俺の言葉に、上将軍は一度目を見開き、その後目を細めた。
まるで微笑んでいるだようだ。
「グロー、お主の相棒は本当に頭がキレるのぉ。ワシの補佐官に欲しいくらいだ」
「冗談ではぐらかさないでくれ」
「冗談ではない。これは正式な
「俺は軍人には向いていない。叩けば埃が出る冒険者だ。アンタが失脚したいのなら、補佐官になってやるよ」
隣であたふたとしているサリィンを横目に、上将軍相手に凄んでみる。
「はっはっは!そいつは困るな!」
上将軍はあっさりと躱す。
やはり、このオッサンは只者ではない。
「まぁ、お主のヘッドハントは置いておこう。ガル、何故『西に何か懸念がある』と思う?」
「いや……、まるで東に逃げたい様に見えるからだ……」
「いや、そうじゃない。お主の頭の中には既に、西の懸念の正体が浮かんでいるのではないか?」
このオッサン、本当に俺の考えている事を見通しているように喋りやがる。
「……、『
「クーロンカイ?」
グローやサリィンが首を傾げる。
知らなくても当然だ。
王国の東側に住んでいれば、絶対に耳にする事のない名前だ。
知っている筈もない。
「王国の西方の裏社会を牛耳る巨大組織だ。簡単に言えばヤクザだ」
「ヤクザ……?」
「なーぜお主がそんな事を知っておる?」
グローが俺を見てくるが、今は無視しよう。
「何、風の噂で九龍会に動きがあるって聞いたからな」
「うむ、ガルの言う通り、クーロンカイが内部抗争が始まりそうなのだ」
「しかし、軍に何の影響がある?所詮、
「ただの喧嘩で済めばいいのだがな……」
上将軍は含みのある言い方をした。
嫌な想像が鎌首をもたげてきた。
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