第42話 飯を不味くするのは辞めてくれ

 盆地内の調査も捗り、明後日には帰路に就ける目途がついた。

 期間にして約1ヶ月。

 その間、俺はサリィンとコフィーヌの剣術師範だった。

 調査が終われば、一度王都の上将軍へ報告に行かなければならない。


「さて、明日の夜は帰る準備をせにゃならんからの。手合わせは今日が最後だ」


 グローが両手の棒をクルクルと回しながら言う。

 サリィンとコフィーヌは緊張した顔で、グローと対峙していた。


「ガルの指導がどれだけ身に付いておるか、見物だのぉ」


 サリィンとコフィーヌは目を合わせて頷いた。

 2人同時にグローへ斬りかかった。

 サリィンの斬撃を止め、コフィーヌの突きを躱す。

 そこから激しい剣戟が続く。

 2人の動きは、最初の頃と全く違うものになっていた。

 完璧と言っていい連携だ。

 緩急もついているし、グローのリズムを崩している。

 そして何より、2人は目まぐるしく位置を入れ替わっていた。

 2人は元々エルフだ。

 グローはもちろん、俺よりも遥かに身軽だ。

 その身のこなしはしなやかで、それでいて時より予想外の強力な一撃が飛んでくる。

 優雅にも見える2人の剣戟は、まるで妖精が舞い踊っているかのようだ。


「ここまで上達するとは」


 正直、舌を巻いた。

 この2人はやはり、いいセンスを持っている。

 ほんの1ヶ月でここまで上達するのだ。

 事実上、耳長人エルフは不老不死だ。

 100年もすれば剣聖になっちまうんじゃねーか?

 しかし、その猛攻をしっかりと捌いているグローも凄い。

 いつぞやの様な余裕は全くないが、2人の攻撃をしっかりと凌いでいる。

 こんな戦い、なかなか見れないぞ。


「全く、ガルの奴……。誰もここまで強くしろとは言うておらんわ!」

「文句言うなよ、グロー。だったら最初からお前が教えればよかっただろー」


 グローが完全に押されているのも、見ていて面白い。

 そうしている内に、グローの両手はそれぞれに動きを止められ、次の瞬間にはサリィンの蹴りが目の前で止まった。


「勝負ありだな」


 ちょうどスープも出来た所だ。

 出来上がったスープを注ぎ分けていると、息の上がった3人が戻って来た。


「お疲れさん」

「ガル殿のお陰でグロー殿から1本取れました!」

「何、2人がかりなら勝って当然だろうて」

「負け惜しみか?グロー」

「違うわ!タイマンなら負けんわ!」

「そう言うのを負け惜しみって言うんだよ」

「うるさい!」

「まぁまぁ、お2人のお陰で私もコフィーヌも強くなりました、ありがとうございます」


 サリィンとコフィーヌが深々と頭を下げる。


「辞めてくれ、2人とも。ただの暇つぶしだ」

「そうだそうだ。お陰で退屈せずに済んだわ」


 全員にスープが行き渡った所で、俺はパンを齧る。


「ガル殿……」


 コフィーヌが申し訳なさそうに俺へ声を掛けた。


「なんだ?」

「東方司令部には、直轄の訓練所があるのですが……」

「断る」


 コフィーヌの言葉を皆まで聞かずに俺は断った。


「最後まで聞いてください!」

「聞かなくても分かる。俺は教官なんてやらんぞ。俺なんかより、もっと適任はいる」

「しかし……」

「むしろ、俺やグローみたいな現役の冒険者じゃなくて、引退した冒険者を雇えばいいだろ?退役軍人だっている」

「それはそうですが……」

「俺みたいなのが教官になんてなったら、それこそクレームの嵐だ」

「はぁ……」

「ワシも嫌だの。出来る限り、王国軍とは関わりたくない」

「そんな……」


 コフィーヌがガックリと肩を落とした。


「確かに、現在でも引退した冒険者や軍人が教官を務めていますが、我々もそこで訓練を受けています。しかし、ここまで実践的な稽古など、1度も受けていません」

「少尉の言う通りです。私達は訓練所で主席です。それでも、お2人には手も足も出なかった。今後、魔王軍残党の動きも活発になる可能性があります。その時の為にも、兵士の戦闘力を上げておきたいのです」


 言いたい事は分かるし、実際に必要な事だろう。


「2人とも、良く聞け」


 すると、グローが器を置いて話し始めた。


「お主等が伸ばすべき能力の最優先は剣ではない。まずは弓、次に槍だ。剣などの近接武器の練度など、最後に上げればよい」

「しかし!」

「黙って聞け。良いか?軍人と冒険者の戦い方は違う。冒険者は奇襲や闇討ち、罠などを使う。これは限られた人数で多くを倒すためだ」

「軍も奇襲などしますが?」

「それは例外だろうが。集団戦の基本は弓だ。矢を掻い潜った者を槍で、槍を掻い潜った者を剣で仕留める。殆どが槍までで片が付く。剣などほぼ使わん」


 殆ど使わない剣の技術を上げた所で意味はないと言いたいのだろう。

 いくさは混戦すれば被害が大きくなる。

 可能な限り遠距離の弓で仕留めるのが最善なのだ。

 となれば、剣の技術よりも、弓の技術を上げた方がいいに決まっている。


「戦いとは一方的に相手を蹂躙するのが最も良い。それは軍だろうが冒険者だろうが同じ。軍と冒険者の違いは、持ち得るの違いだ。弓で蹂躙出来るのであればそれが最良と言うもの。わざわざ命の危険を冒して斬り合う必要などない」


 そこまで言って、グローは再び器を手にした。

 サリィンとコフィーヌは完全に落ち込んでいる。

 はぁ、こんなんじゃ飯が不味くなるじゃないか……。


「まぁ、そう気を落とすな。今回の指南が完全に無駄だった訳じゃない。いつか使える日が来るかもしれないからな」


 そう言って、サリィンとコフィーヌの器に、スープの具にしたウサギの肉を多めに入れてやる。


「手札を増やすことは悪い事じゃない。なぁ、グロー?」

「お?おお、それはそうだが……」

「とにかく疲れたろ。飯食って早く寝よう。明日からまた歩きだ」


 2人から気のない返事が返って来る。

 全く、説教もいいがフォローする俺の身にもなって欲しいもんだ。

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