第41話 師範代なんてガラじゃない

「結局、同じ腕の振りで斬撃と突きのどちらも出せるようになればいい訳だ」


 グローが作ったスープを食べながら稽古の総評をする。

 グローの奴、干し肉を多めに使いやがったな……。

 明日はグローに狩りを任せよう。

 用心の為、保存の効く干し肉は残しておきたい。


「そんな事は可能なのでしょうか?」

「まぁ、無理な事が多い」

「……、本末転倒では?」

「まぁ、聞け」


 そう言って、俺は手刀で説明を始めた。


「サリィン、お前は袈裟に振った後、必ずそれと似た軌道で逆袈裟に斬ろうとする。これはもう癖の域だ」

「はい……」

「数回見れば見切れる。昨日、グローから剣を踏まれたのも袈裟に斬った後だったろ?」

「はい」

「袈裟斬りから逆袈裟に斬る場合、必要がある。そこを狙われて、踏まれた」

「なるほど……」


 俺の説明をうんうんと頷きながらグローも聞いている。

 いや、ちゃんと聞いているのか?

 コフィーヌは自分の手で袈裟や逆袈裟の動きをしながら聞いている。


「いいか、近接戦闘ってのは、事が重要だ」

「……、つまり?」

「さっきの袈裟斬りに関して言えば、サリィンの袈裟斬りを防いだとする。そうすると、次は逆袈裟だ。100%の確率で防げる。一択で防げる訳だ」

「なるほど……」

「そこで、突きを混ぜる。袈裟に斬った後、剣を返すのではなく、そのまま握り込むようにして剣先を立て、相手の頭部を狙って突きを出す。剣を返す必要もないから、発生も早い」


 サリィンはおもむろに立ち上がり、ゆっくりと動きを確認しながら棒を振る。


「こうですか?」

「そうだ。そうすると、袈裟に斬った後に相手が取るべき防御は『逆袈裟を止める』か『突きを避ける』の二択になる。単純に、防がれる確率が50%に下がる」

「なるほど……」

「さらに、袈裟斬りの後、そのまま相手の脛を薙ぐように振る事も出来る。突きよりも発生は遅いが、逆袈裟よりも早く、何より見にくい。防がれる確率は約33%まで下がる」

「そういうことですね!」

「頭に血が上ると、攻撃パターンが単調になりやすい。常に冷静に。それが重要だ」


 とりあえず、今日の講義は終わりだ。

 こういうのは慣れない。

 肩が凝って仕方がないのだ。


「ガハハ、師範代らしい話だったのぉ」


 こいつ、からかってやがるな。


「こんな話ならお前にだって出来るだろうが」

「ワシはアクス使いだ。突きなど使わんでな」

「はぁ……」

「グロー殿」


 サリィンがグローに質問した。


「斧は突きを使わないと仰られましたが、それでは先を読まれ、防がれやすいのではないですか?」


 俺が先程言った事をちゃんと理解している。

 理解しているが、もっと教える必要があるようだ。


「サリィン、剣と斧の違いは分かるか?」

「剣と斧の違い?」

「一番の違いは重さだ」

「はぁ……」

「斧には突きがない。突きが出来るように作り変える事も出来るが、んだ」

「と、言いますと?」

「斧の場合、太刀筋を読まれたとしても、。それが剣と斧の違いだ」


 斧による攻撃の全てに該当する訳ではないが、多くの場合、斧の攻撃を防ぎきる事は出来ない。

 甲冑ですら容易に変形させ得るからだ。

 だからこそ、剣と斧の立ち回りは違う。


「さて、次はコフィーヌだが。アンタはもっと足を動かせ」

「足を?」

「まず、一度突いた後、その突きを引いて、また突く。その場で何度も突く事が多い。それじゃ、突きの発生時間が全部同じになり、すぐに読まれる。読まれてしまえば、昨日みたいに掴まれるぞ」


 突きは非常に有効な技だ。

 防ぐには、盾などの面で防御するか、避けるしかない。

 どちらにしても、そこから切り返して攻撃に転じるには時間が掛かる。


「同じ突きでも、発生時間が違う突きを覚えろ」


 そう言って俺は立ち上がり、適当な棒を取る。


「その場で剣を前に出すだけの突き。踏み込みと同時に出す突き。踏み込みながら剣を残し、踏み込んだ後に出す突き。これで発生時間の長さが3種類になる」


 コフィーヌが立ち上がっって、俺の真似をする。


「更に、狙う場所を絞らせないのも重要だ。頭部、喉、胸、肩、鳩尾みぞおち、腹、股間、太腿ふともも。最低でもこれだけは突き分けられるようになれ。何なら、突きに特化した突剣レイピアに替えるのもありだ」


 コフィーヌは頷きながら、突きの練習を始めた。


「今日の剣術師範は終わりか?」


 グローがニヤニヤとしながら言った。


「これくらいしか教えられんぞ。あとは自分で考えるしかない」

「ハハハ、中々の師範っぷりだの」


 やはり、俺は何かを誰かに教えるってのは苦手だ。

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