第40話 怪我人に指南役をさせるな

「2人とも、全然ダメだ!」


 スープを啜りながらグローの説教が始まる。


「そうか?中々センスは良かったと思うぞ?」

「センスはいい。だが、詰めが甘い。良いか?」


 グローの言いたい事はこうだ。

 格上の1人相手を挟撃するのはいい。

 また、サリィンが斬撃主体、コフィーヌが突き主体で攻め立てるのもいい。

 しかし、2人の位置関係が同じまま攻め続けるのがダメだと言う。


「目が慣れるのだ。同じパターンばかりではすぐに見切られる」

「なるほど。タイマンなら斬撃と突きを織り交ぜて、相手にリズムを掴ませない様に戦うのと同じか」

「そうだ。コフィーヌが突き主体なのは、斬撃では腕力が足りんからであろう?」

「はい。どうしても男性の力には押し負けてしまうので、突き主体のスタンスになりました」

「その判断は良い。しかし、突く場所をしっかり見極める必要がある」

「突く場所……」

「まず、甲冑を思い浮かべろ」


 甲冑の相手に剣で挑むのは無謀だ。

 しかし、絶対に勝てない訳ではない。

 甲冑の防御力は確かに高いが、その中でも弱点がある。

 関節部にはプレートはないし、何よりもその重量だ。

 重装兵は機敏に動けない上、得物も大きい。

 それを逆手に取る必要がある。


「それに、お主ら2人とも、太刀筋が素直過ぎるのだ。読みやすいから、防ぎやすい。まずはそこから鍛えてやる」

「読みやすい……」

「攻撃の出端ではな、太刀筋が読めれば容易く防がれる。まずは出端を分かりづらくする事からだ」


 グローが硬いパンをスープに浸しながら頬張る。

 我ながらこのスープは美味く出来たと思う。

 そう思うのがだ、俺以外はスープの味を分かっているのだろうか?

 説教を聞きながらでは味なんてしたもんじゃないだろ。

 最後に入れた干し肉がいい味を出している。

 本当ならもう少し長く煮立たせたい。

 そうすると、干し肉の硬い筋も解れ、より美味くなるのだが仕方がない。

 まぁ、このままでも食感があり、いいアクセントになっているから結果オーライだろう。


「腸詰なんか入れたら、もっと美味そうだな……」


 俺はグローの説教を尻目にポツリと呟く。

 何だったらピュートから買って来ればよかった。

 しかし、ここも町以外は深い森だ。

 その気になれば、野生動物を狩る事も出来るだろう。

 干し肉でなくても、それこそイノシシやウサギのスープを作るのもアリだ。

 そう考えていると、割と楽しくなってくる。


「ガル、聞いておるか?」

「あ?」


 いつの間にか、3人の視線が俺に向けられていた。


「なんだ?聞いてなかった」

「だから、剣の扱いについては、ワシよりもお主の方が長けているだろう。1つ、教えてやってやれ」

「俺が!?」

「ワシは斧だからな。体捌たいさばきなども違ってくる」

「いや待て、俺の剣も普通の剣とは違うだろ!それこそ身体の使い方が違う!」

「良いではないか、そんなに変わらんだろ」

「勝手な事言うな!」

「ガル殿、どうかお願いします!」


 サリィンとコフィーヌが頭を下げる。

 何とも面倒な事になった。


「……、分かったから頭を上げろ2人とも。長剣ロングソードでも使えそうな奴なら教える」

「ありがとうございます!」


 グローはガハハと笑いながら酒瓶を煽った。

 コイツ、一番面倒なところを俺に丸投げしやがって……。



 正直、俺は最初から刀を使っていた訳ではない。

 最初に使っていたのは何の変哲もない長剣だ。

 長剣の扱いは分かるが、得意とは言えなかった。

 むしろ、槍の方が得意だったのだ。

 とは言っても、槍でも長剣でも、俺よりも上手く扱える奴はいた。

 武器の扱いに関して、俺は埋もれていたのだ。

 それが変わったのは、師匠が妙な人間ヒュームを拾ってきてからだ。

 その人間は耳長人エルフ語どころか、どの言語も理解できず、聞いたこともない言葉を話していた。

 行き倒れている所を師匠が拾ったらしい、物好きな人だった。

 師匠の元で生活をし始めたソイツは、回復すると鍛冶場に籠るようになったらしい。

 ソイツが鍛え上げたのが、この刀だった。

 この特殊な剣は初め、扱える者が誰もいなかった。

 最初に興味を示したのは師匠であり、俺だった。

 長剣より幾分軽く、独特の反りがある刃渡り。

 ソイツからコツを教わると、妙に俺の手に馴染んだのだ。

 それ以来、刀を使っている。


「えーっと、教えろと言われても特に教えられることはないんだが……」


 俺はサリィンとコフィーヌの目の前で頭を掻きながら言う。


「まずは素振りをしてくれ」


 とりあえず、素振りをさせる。

 2人は剥き身の長剣で素振りを始める。

 ヒュンという、空気を切り裂く音がしっかりと出ている。

 太刀筋も真っ直ぐでブレはない。

 いい振りだ。


「うん、いいな」

「ありがとうございます!」

「だから、太刀筋は良いと言っておろうが」


 グローが横から口を挟んで来る。

 いやいや、丸投げしたのはお前だろうが。


「で、グロー教官殿の意見は?太刀筋が読みやすの何のって言ってたな」

「一度手合わせすれば分かる」

「おい、俺は怪我人だぞ?」

「右手で捌けるだろ?ただの棒切れだしの」

「はぁ……」


 仕方なくサリィンと打ち合う事にした。


「殺す気で来い」

「しかし、ガル殿は左手を……」

「遠慮すんな。ここで怪我した所で、任務遂行中の不慮の事故で保証が出るだろ?」

「まぁ、そうですけど……」

「いいから来い」

「では……」


 サリィンが地面を蹴って打ち込んで来た。

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