第39話 剣戟に素直さは要らない

 木こりの町に着いて3日。

 連日盆地内を歩き回り、地質・岩盤を調べ、詳細な地図を作り続けていた。

 通常であれば、地面に穴を開けて地質を調べるのだが、鉱矮人ドワーフであるグローのお陰で土を掘り返す必要もなく、かなりのスピードで調査が進んでいた。

 とは言っても、やっと全体の6分の1に差し掛かる所だ。

 正直、先は長い。

 グローも飽きてきている。


「つまらんのぉ……」


 日も翳り始め、今日の作業は終わりだ。

 町の中に作った野営地に戻る前に俺達は一服していた。


「たまぁに狗鬼コボルドが出るだけで、戦闘もない。つまらん」


 ブツブツと文句と一緒にパイプの煙を吐き出している。

 これを言い出したのは2日目の午前中からだ。

 この鉱矮人、根性がなさ過ぎるだろ。


「それなりの報酬をくれるんだ、楽でいいじゃねーか」

「ここ最近、まともな戦闘をしておらん。つまらん」


 確かに、近々で近接戦闘になったのはピュートの輸送隊を護衛した際の最初の襲撃くらいか。

 暴れられると思って受注した狗鬼討伐依頼も、結局は集団戦になり、魔法と弓しか使っていない。

 そろそろ暴れたい衝動が抑えきれないのかもしれない。

 難儀な奴だ。


「お主も負傷しておるし、稽古も出来ん」

「だったら、サリィンかコフィーヌに相手してもらったらいい」

「え?」


 2人が同時に声を上げた。


「いやいやいやいや!グロー殿の相手なんて無理ですよ!」

「そうですよ!私達、戦後配属組ですよ!?」

「だったら、2人同時に相手すればいい。なぁ、グロー?」


 グローの方を見る。

 先程まで死んだ魚の様だった目が、みるみるうちに輝きだした。


「面白そうだの!」

「だろ?2人の実力アップにもなる。一石二鳥だ」

「本気で言ってるんですか!?」

「本気も本気だわい!ちょうど木こりの町だ、適当な切れっ端もわんさとあるぞい!」


 野営地に戻ってから、グローが2人に稽古をつける事になった。

 俺はその間に夕食の準備をする。


「本当にやるんですか?」


 サリィンは浮かない顔だ。


「当たり前だ!こんな毎日では身体が鈍って仕方がない!四の五の言わずに打ち込んで来い!」


 サリィンとコフィーヌは顔を見合わせ、頷く。

 2人の手には、長剣ロングソードくらいの長さの棒切れが握られていた。

 それを握りに直し、まずはサリィンが地面を蹴る。

 中々鋭い打ち込みだ。

 しかし、グローはそれを軽く片手で捌いている。

 その間にコフィーヌはグローの背後に回り、突きを主体とした攻撃を加え始めた。

 いいセンスだ。

 剣の攻撃では、斬撃は比較的防ぎやすい。

 斬撃は線状の攻撃だからだ。

 剣筋を妨害すれば防げる。

 それに対し、突きはだ。

 点の場合、避けるか剣を弾くしかない。

 さらに、斬るよりも突く方が剣への負担も軽い。


「考えたな」


 俺は野菜スープを鍋で温めながら、遠くの稽古を眺めていた。


「だが、あれじゃダメだ」


 トマトベースのスープに塩と胡椒を加え、味を調える。

 トマトに火を通す場合、生臭さが残らない様に、塩を多めに加える。

 そうだ、干し肉がまだ残っていた筈だ。

 取り出した干し肉を小さめに切り、鍋の中に入れる。


「グローは双斧ツインアクス使いだ。2方向からの攻撃に慣れてるぞ」


 聞こえる筈もないのだが、俺は呟きながら鍋をかき混ぜる。

 3人に目を移すと、やはりグローは2人の攻撃を完全に捌ききっている。

 そろそろスープも出来上がる頃だ。

 干し肉がスープを吸って柔らかくなっているだろう。


「おーい、そろそろ飯だぞー!」


 俺が大声で呼びかけると、グローの動きが変わった。

 サリィンの縦の斬撃を止めずに避ける。

 それと同時に、コフィーヌの突きを自分の脇下に通し、コフィーヌの腕ごと抱え込むように止めた。

 振り抜かれた斬撃を上から踏みつけにし、サリィンの動きを封じると共に、コフィーヌの剣先をサリィンの喉元に。

 空いている右の棒切れをコフィーヌの首元に。

 見事だ。

 グローは鉱矮人の癖に戦い方が綺麗だ。

 そこは昔から評価している。


「ダメだ!全然ダメだ!」


 さぁ、鬼教官のお説教だが始まるぞ。

 とりあえず俺は、人数分の食器を並べる事にした。

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