第38話 何にしても焦りは禁物だ

「ガル!起きたか!」


 グローが俺の顔を覗き込んでいた。


「なんだよグロー、顔が近い……」


 俺はグローの顔を手で押しやりながら上体を起こした。


「なんだよではない!」

「呼吸も心臓も止まっていたんですよ!?」


 サリィンやコフィーヌも泣きそうな顔で俺を見ている。

 呼吸も心臓も止まっていたのか。

 肉体と魂が離れるのは中々危険な様だ。


「悪い悪い、心配かけたな」

「何処もおかしい所はありませんか?」


 コフィーヌが近付き、脈などを調べてくれている。


「コフィーヌは医学の知識もあるのか」

衛生兵メディックの免許を持っていますので。異常はなさそうですね」

「なんじゃい、心配させおって」

「俺は寝てただけのつもりなんだがな」

「心配して損したわ」


 グローはそう言って俺に背を向けた。

 魂世界でウラグと会った事は伏せておいた方がいいだろう。

 とりあえず、煙草を吸うために俺は立ち上がろうとした。


「あ!まだダメです!」


 コフィーヌが俺を止めようとする。

 コフィーヌの手が俺に触れる前に、俺の身体はユラリと傾いた。


「あら?」


 俺はコフィーヌを下敷きにする形で倒れた。


「悪い……」

「まだ動くのは危ないかと……」


 コフィーヌは顔を赤らめながら言う。


「それと……、手をどけてもらえないでしょうか……?」


 そう言われて見ると、俺の手はコフィーヌの胸を鷲掴みにしていた。

 手にはかなり控え目ながら、柔らかい膨らみを感じる。

 ……、膨らみ?


「コフィーヌ……、アンタ、女だったのか……?」

「……はい」


 俺は何かに弾かれたようにコフィーヌの上から飛び退いた。

 これは完全にようだ。



 翌日、俺達は無事に木こりの町へ到着した。

 ほぼ丸1日を坑道で過ごしたお陰で、外に出た時の眩しさと言ったら、目が焼けるかと思った程だった。


「臭いはまだ残ってるな……」


 ここは木こりの町ではあるが、ウラグ率いる約1100と、トールズ率いる2500がぶつかった戦場だ。

 戦いは一方的だったらしい。

 まず、主力1000を町の西、唯一の山の迂回路となる森に展開。

 更に、残りの1500を500ずつに分け、それぞれを東南北の山道に配置。

 全軍が同時に町へ攻め入る事で、包囲殲滅したらしい。

 死体の処理は既に完了しているが、地面はその時に流された血を吸い、元の土の色だ分からないくらいに黒く変色している。


「こりゃ、土の入れ替えからやる必要があるのぅ……」

「町は石畳で完全舗装される予定なので、入れ替えの必要はないとの事でした」

「石畳にするにしても、何か嫌だよな……」


 俺はしゃがんで地面に触れた。

 乾燥した赤黒い砂が手に付着する。


「ここで寝泊まりするって、抵抗あるよな」

「なんじゃ、ガル。怖いのか?」

「怖くはねーけど、気味悪ぃ……」

「意外な弱点だの」

「俺は一般人だぞ?戦場慣れした軍人と一緒にするな」

「私もちょっと、抵抗あります……」


 サリィンとコフィーヌも俺に同調する。

 戦後配属組なのだ、戦場慣れなどしている訳がなかった。


「なんじゃい!胆が小さいのぉ。そんな事より、調査するのだろ?さっさと終わらせて帰るぞい」


 グローはドカドカと歩き出した。

 俺達が通ってきた穴はほぼ町の南西部に繋がっていた。


「この穴を主要な地中道トンネルにするには、ちょっと町に近過ぎる気がするのぉ」


 グローは歩きながら言った。

 その後ろにはぴったりとサリィンが付いて行っている。


「そうですね。可能ならば、城壁の外に出入り口を設けたいですね」

「うむ。有事の際、敵に地中道を使われらば、すぐに町中に出る様な作りはマズい」

「しかし、埋め戻すのにも手間が……」

「何、軍お抱えの鉱矮人ドワーフを連れてくれば数日で済む話だろ?」

「軍のモグラ部隊は中央軍直轄で、東方軍への派遣は滅多にないんです……」

「今はそんな事になっておるのか!」

「魔王撃破以来、攻城戦は少なくなり、各方面軍のモグラ部隊は縮小された上に、中央軍直轄の部隊に吸収されたんです」

「何とも難儀だの……。では、一般人を雇うしかないのか?それでは時間も金も余計に掛かるぞ」

「致し方ありません……。東方司令部の移転に中央司令部が協力してくれるとは考えにくいですし……」

「はぁ……、ワシがいた時代も酷いとは思ったが、拍車が掛かっとらんか?」

「返す言葉もありません……」


 なるほど、差し詰め魔王が倒された事により、大規模な戦闘の数も減ったため、軍は武功を立てる機会が少なくなっている。

 その為、残党狩りに各方面軍が躍起になっているのはいいのだが、それが行き過ぎて内輪揉めが激しくなっているのだろう。

 この間のもそのしわ寄せだ。

 グローが以前に言った『民を全く見ていない』と言うのも分かる。


「まぁ、作業員は公募せんと進まんだろうな」

「集まればいいのですが……」

「安月給では無理だの。魔法が使える鉱矮人ならば、工事よりも賞金稼ぎの方が儲かる」

「頭が痛いな、サリィン」

「はい……」


 サリィンはガックリと肩を落とした。


「そういや、サリィン。調査ってどれくらいの範囲でやるんだ?」


 2人の後ろを歩いていた俺からの質問に、サリィンが振り返った。


「盆地内の全てです」


 ニッコリと笑うサリィン。


「……はぁ?」

「ですから、です」


 俺は無言のまま頭を抱えた。

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