第37話 難しい話は苦手だ

「ウラグ……だと?あの千人長のウラグ?」


 俺は焦った。

 ウラグと言えば、俺達が捕え、王都へ移送した食人鬼だ。

 そいつが今、目の前にいる。

 霊体の姿だが。


「何だ?私を知っているのか?」

「知ってるも何も……」


 俺は言葉に詰まった。

 元々敵なのだ。

 この事を告白したら殺されるかもしれない。

 いや待て、霊体だと殺す殺されるなど関係ないのでは?


「俺はアンタを捕まえた部隊の1人だった。アンタがねぐらにしてた坑道に斥候スカウトとして入ったのも俺だ」

単眼鬼サイクロプスから逃げ果せた人間ヒュームとはお前だったのか!」


 ウラグは怒るどころか、何故か嬉しそうだ。

 何なんだ、コイツ。


「アンタ、俺が憎くないのか?計画を潰した張本人だぞ?」


 恐る恐る聞く。

 だってそうだろ、自分が入念に立てた計画を潰され、牢屋に送ったのは他でもない俺達なのだ。

 恨まれて当然ではないか。


「既にそのような感情はない。結局は全て私の不手際だ。誰のせいでもない」


 何ともあっさりとした奴なのか。

 と言うか、こいつはこんなにも饒舌だったのか。


「アンタ、随分と印象が違うな。もっと寡黙で冷酷なのかと……」

「私は元々こういう性格だ。しかし、軍を率いるとなるとこのままではいかん。でなければ、規律のない烏合の衆になってしまう」

「アンタも大変だったな」


 俺はその場に腰掛けた。

 元は敵だが、今はちょうどいい話し相手だ。

 ここから出る方法も聞く必要がある。


「つーか、アンタまだ生きてたんだな。あれからもう1ヶ月は過ぎてる。てっきり処刑されたと思ってた」

「あぁ、肉体はもうないだろう」

「……、はぁ?」


 ウラグの言葉に再び思考が止まる。


「何を言ってるんだ?」

「いや、私の身体は既に王国によって処分されただろう。拷問も受けていたが、魔王軍の情報など王国に渡す気などない。早々にこちらへ退したのだ」


 いやいや、何を言ってるのか全く理解できない。


「理解出来んか?簡単な話、肉体から魂を切り離したのだ。魂を失った肉体は死体と変わらん」

「そんな事が出来るのか……?」

「私は魔術師ストライゴンの中でも上位だ。それくらいは出来る。ただ、問題が……」

「問題……?」

「魂とは不安定なモノなのだ。肉体と精神で繋がり、肉体からの外的刺激を受けるとこでを認識し、維持する事が出来る。その肉体を失えば、個を維持する事が出来ず、集合思念へと収束していくのだ」


 何だか、また難しい話が始まった。


「つまり、肉体を失えば、個人としての魂は存在しなくなるって事か?」

「まぁ、そういう事だ。私もいずれ、の集合思念に吸収され、ウラグと言う名も忘れ、記憶も曖昧になり、考える事も認識する事も出来なくなる。お前と会えたのは奇跡に近い」

「よく分からんが、アンタとこうやって話せるのは奇跡なんだな」

「そういう事だ」


 何とも不思議な気分だ。

 まるで昔からの友人と話をしているかのような居心地の良さだ。

 ウラグの性格の良さのお陰だろう。

 しかし、何故こんなにも面倒見がいいのか。

 元は敵だ、種族だって違う。

 それなのに、何故こんなにも親切に教えてくれるのか。


「それにしても、アンタは過ぎないか?元は敵だぞ、俺は。こんなに色々と教えていいのかよ?」


 俺の質問に、ウラグは目を丸くした。

 そして豪快に笑いだした。


「なんだよ!」

「いや、お前もお前でだと思ってな!」

「俺の事、馬鹿にしてるだろー」

「いやいや、すまん。何故かと言われれば、に降りている時点で、お前は我々に近いからだ」

「何?」

「ここに降りれるのは暗黒種族だけだ。人間が降りれる様な場所じゃない。の素質がある人間はいたとしても、の素質がある人間など、もうこの世にはいない筈だからだ」

「俺はどうなんだよ?」

「お前はなんだ。若い頃の環境のせいやも知れん。その辺はお前自身の方が分かるのではないか?」

「……」


 若い頃の環境。

 そう言われれば、何とも納得してしまう。

 賞金稼ぎになるまで、俺にとっては黒歴史というよりも、暗黒史だ。

 不意に、胸がざわつく。

 何なんだ、この感覚は……。


「ふむ、お前のお迎えが来た様だな」

「な!?俺、死ぬのか!?」

「違う、逆だ。肉体に戻る頃合いという事だ」


 肉体に戻れるのか。

 方法を聞かなくて良かった様だ。


「ウラグ、アンタには世話になったな」

「何、集合思念に取り込まれるまでいい暇つぶしになった。礼を言うのはこっちだ」

「普通に出会ってれば、アンタとはいい酒が飲めそうだったんだが、残念だ」

「仕方あるまい、世の流れには逆らえん。私も、お前と話が出来て良かった。そうだ、これを受け取れ」


 ウラグは右手を出した。

 掌の上に見た事のない紋章シンボルが浮かび上がっている。


「それは?」

「闇魔術の基礎中の基礎だ。本気で修行すれば魔術も使るようになるぞ」

「おい、王国では禁忌だって言ったのはアンタだろ?」

「使い処は考えろという事だ」

「ったく……」

「もう会う事はないが、達者でな。しっかり生きろ、ガル」

「おう、ありがとよ」


 俺はゆっくりと目を開いた。

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