第36話 訳の分からん場所
何も灯りのない、真っ暗な空間。
ここはどこだ?
俺はグロー達と坑道の中で寝た筈。
しかし、ここは坑道の中ではない。
真っ暗だが、違う。
グロー達がいないのだ。
閉鎖された空間特有の息の詰まる感じがない。
何処までも果てしなく空間が続いているようだ。
「ここは何処なんだ……?」
俺の声は反響することもなく、空間に消えていく。
とにかく歩いてみる事にした。
とは言っても、前も後ろも、上下左右も全く分からない。
歩いている感覚すらまともにない。
まるで肉体を失ってしまったようだ。
「何なんだ、これ……」
しばらく歩くと、微かに何かの気配を感じる。
その方向へ進む。
気配が次第に大きくなる。
何かいる。
俺は警戒しながら近付くと、向こうの方から声を掛けてきた。
「誰だ、お前」
低く唸るような声だ。
敵対心を剥き出しにしている訳ではないが、友好的でもない。
「俺はガルだ。
「人間だと?」
その声は少し驚いたようだ。
声の主が近付いてくる。
俺は度肝を抜かれた。
現れたのは身の丈3メートル弱はある、大きな
やらかした、完全にやらかした。
まともに剣も振れない身で、不用意に食人鬼に近付いてしまった。
逃げなくては。
しかし、何処に逃げればいいのだろうか?
どちらにしろ、まずは距離を取らなくてはならない。
俺が後方に下がろうとした時だ。
「待て、ガル。そんなに警戒するな」
食人鬼が俺を制する。
どういう事だ?
「私はお前と
「信用できるか!」
「まぁ待て。それにここでは戦闘など出来ん」
「どういう事だよ……?」
「私の手に触れてみろ」
食人鬼は自らの右手を俺の前に差し出した。
俺は恐る恐るその手を掴もうとする。
しかし、掴めない。
俺の手は空を切るばかりで、何も掴めないのだ。
「どういう事だ?」
「ここは『
「……はぁ?」
全く意味が分からない。
何を言っているんだ、コイツは……。
「……、お前、魔法は使えないのか?」
「使えない。使えたら
「ほぉ、お前は軍人なのか」
「違う、
「ほほぉ」
食人鬼は感心したように頷いている。
「んな事より、頭の悪い俺でも理解できるようにちゃんと説明してくれよ」
「よかろう。魔法の心得もないとなれば、基礎からだな」
食人鬼はうんうんと頷きながら話を始めた。
なんだ、コイツ。
食人鬼の癖に親切と言うか、面倒見がいいと言うか……。
正直、調子が狂う。
「まず、生物は『肉体』、『精神』、『魂』から出来ている。『肉体』が実体、『魂』が霊体、『精神』はその二つを繋ぐパスの様なものだと考えろ」
「ほう……」
「そして、先程言った『精神世界』と言うのが、そのパスの世界だ。
「つまり、魔力を水に例えるなら、精神はホースか」
「そうだ。しかし、『肉体』で保持出来る魔力の量にも限界がある」
「垂れ流すならいくらでも出せるのか?」
「そういう訳でもない。『精神世界』から持ち出した魔力はそのまま使える訳ではない。肉体を媒介とし、精錬する必要がある。そのため、取り出したからと言ってすぐに使える訳ではないのだ」
「ふむ……、魔法使いが魔力切れになるのは、その精錬した魔力を使い果たした状態って事か」
「そういう事だ」
「なるほどな~」
何となくだが理解した。
しかし、俺が知りたいのは魔法の原理ではない。
「で、この『魂世界』ってのは何なんだ?」
「ここは『精神世界』の更に奥、魂の根源たる場所だ」
「魂の根源……」
「だから、お前も私も霊体になっている。今は魂が一時的に肉体から切り離され、この『魂世界』に降りている状態だ」
「ふむ……、何となくだが分かった。で、元に戻るにはどうしたらいい?」
「お前の肉体はまだ死んでいないのだろ?」
「ああ、生きてる筈だ。……、ちょっと待て!って事はここは死後の世界って事か!?」
冗談じゃない。
坑道の中で寝ていて死んだとなると、寝ている間に落盤でも起きたか?
しかし、落盤が起きる前に音で起きる筈だ。
寝首を掻かれた?
いやいや、死んだのならグローやサリィンもだろう。
何故ここには俺とこの食人鬼しかいないのだ?
「死後の世界ともちょっと違う。死んだ後、魂が何処に行くのかなど私には分からん」
「え?」
「ここは魂の根源の地ではあるが、終焉の地ではない」
「はぁ?」
「ここに降りてこれるのは、魔術の素養がある者だけだ」
「魔術?魔法とどう違う?」
「魔術は古代の魔法とも言うべきか……。よりも強力なものだ。そして魔法とは違い、魔力を使用しない根源たる術。今ではほとんど失われたがな」
「アンタは使えるのか、魔術」
「あぁ。今残っているのは私達の様な暗黒種族が使う『闇の魔術』のみだ。そして、ここは『闇の魂世界』。お前には闇魔術の素養があるという事だ」
「闇魔術……」
聞いた事がなかった。
魔術と言うのは、いわゆる『古代魔法』の事だろう。
しかし、その運用構造自体が魔法と異なるらしい。
古代魔法の研究家は魔法の研究の果てに古代魔法へ行き着くと信じている。
それが全て無駄だという事だ。
そこで、ふと疑問が湧いた。
俺に魔術の素養があるだと?
「俺にも魔術が使えるかもしれないのか?」
「素養はある。しかし、必ず使えるようになる訳ではない。素養ががあろうと、修行を重ねても使えない者も多い」
「修行か……、それ聞いただけで興味が失せたわ……」
「そう簡単に扱えるような代物ではない。魔法以上に身体への負担も大きい。暴走して肉体が爆散した者も幾人と見てきた」
「うげぇ……」
「修行してみるか?」
「爆散はしたくないな……」
「ハッハッハ、賢明かもしれんな。それに、お前は王国の人間だろ?」
「ああ、そうだが?」
「王国では闇魔術は禁忌だ。使えると分かれば問答無用で処刑台行だ」
「マジか……」
「元々、闇魔術は暗黒種族のみが使えるものだ。人間が使えるなど、私も知らなかった」
「へぇ~、俺って案外レアなんだな」
「むしろ、異常だ」
「ハハハ、かもしれねーな。てか、アンタ親切だな。食人鬼なのに人間の俺に色々教えてくれて」
「そうか?同じ『闇の魂世界』に降りれる者同士だ、これも何かの縁だ」
「そういや、アンタ名前は?」
このふとした質問はしない方が良かったと、俺は後悔する事になる。
「私か?私はウラグ。魔王軍の再興を夢見、潰えた食人鬼だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます