第35話 土の中で寝るとか冗談だろ?

「坑道で迷っとる狗鬼コボルドがおるな」


 グローは先頭を歩きながら呑気に言った。


「サリィン、この調査が終わったら魔法の使える鉱矮人ドワーフを集めろ」

「何する気だ?」

地中道トンネルとして使う所以外を全部潰す。その方が安全だろ」

「確かに。しかし、迷っている狗鬼が穴を掘って鉱山から出てくるという事はありますか?」


 サリィンの心配は当然だろう。

 迷っているとはいえ、狗鬼は採掘を得意とする。

 穴を掘る事も当然得意だ。

 坑道から出る為に穴を掘り、偶然外に出られる事も、可能性としてゼロではないだろう。


「うむ、その心配はない。どの方向に掘れば外に出れるのは分かるだろうが、掘った所で外に出れる距離を掘れん。1匹2匹程度で掘っても、外に出る前に飢えか乾きで死ぬのがオチだ」


 つまり、生き残った狗鬼もその内この坑道の中で息絶えるという事か。

 何とも言い難い。


「まぁ、既にあれから1ヶ月も経っておる。今生き残っておるのは仲間の肉を喰って生き延びた奴だ。ほとんど死に体だ」


 更に萎える話をしないでくれよ、グロー……。

 俺だけではなく、サリィンとコフィーヌも顔をしかめている。


「なんだ?どうしたんだ、お主ら?」

「いや、共食いの話とかしないでくれ、気分が悪くなる……」

「小型種にはよくある事だろ?」

「想像しちまったじゃねーか」

「ハッハッハ!お主ら、繊細なんだのぉ」

「お前がガサツすぎるんだろ!」


 そんな会話をしていると、例の1.5メートルくらいの穴に差し掛かった。


「ここが最初に発見された穴……」


 サリィンが興味深そうに覗き込む。


「坑道内の掃討作戦中に、ここ以外にも通れそうな穴が発見されています」


 コフィーヌの説明によると、木こりの町に繋がる穴は全部で7つ発見されたらしい。

 その中でも一番大きなものは直径5メートルの大きさで、やはり荷馬車も通れる大きさだとか。

 あの単眼鬼サイクロプスはそこを通って来たのだろう。


「その穴はどの辺りだ?」


 グローとコフィーヌは地図を覗き込む。


「ここからそう遠くありません。こちらから荷馬車で通る事も出来るかと思います」

「ふむ、ちと狭い箇所があるが、ワシが道を広げよう。とりあえず、そこを見に行くか」


 俺達はそのまま先に進んだ。



 その穴は予想以上に雑な作りだった。

 手抜き作業だった訳ではないのだろうが、急いで掘ったのが窺えるものだ。

 坑道と違い、壁面はデコボコで石化の魔法も使われていないし、何より荷馬車を通す筈の床も全く舗装されていない。


「なんじゃこの穴は!」


 あまりに雑な作りに、グローは激怒していた。


「掘り方がまるでなっとらん!何なんだこの壁は!雑にも程があるわ!」

「どういうキレ方なんだよ……。とりあえず掘った穴だろ?雑でも仕方ないんじゃねーの?」

「これだから狗鬼は!」


 どうやっても狗鬼が気に食わないらしい。

 しかし、グローの言う通りでもある。

 これだけ雑だと、荷馬車を通すのにも気を遣わなくてはならない。

 延々と暗い地中道を通るのだ、馬や御者に少しでも負担を掛けないような造りでなくてはならない。


「ウラグ達は騎馬はもとより、駄馬すらなかったらしいです。荷物などは人力荷車で運んでいたようです」

「馬じゃなくて人が引いていたのか……」

「人と言っても、単眼鬼ですけどね……」

「そりゃ、馬より便利だろうな」


 どうりで、床に残った轍が妙に深い訳だ。

 単眼鬼6体に荷車を引かせれば、馬を使うより圧倒的に早い。

 それでいて、戦闘時は主力になる。

 更に、狗鬼の足は馬には劣るが、その分小回りが利く。

 さながら、歩兵が黒醜人オーク、騎兵の代わりに狗鬼、大砲の代わりに単眼鬼か、考えたもんだ。


「結局ウラグ達の問題は、その兵力を維持・拡張する為の兵糧不足だの」

「飯が行き届かなくなったから、狗鬼がを襲いだしたのか」

「恐らくの。街を襲う事を考えておったのなら、そこまで手配出来ねば無理だ」

「街には通常、400程度の王国兵が常駐しています。は例外でしたが」

「街には堅牢な壁がある。となると、攻城戦となる訳だ。基本、攻城戦は最低でも相手の3倍は兵数が要る。ウラグはもう少し増やしたかったのであろうの」

「ふ~ん」


 俺はグローやサリィンの話を半分聞き流しながら、その辺をプラプラし始めた。

 ここは第3坑道の中で最も広い空間だ。

 ウラグの軍もここをメインのねぐらにしていたらしく、未だに濃い生活臭が漂っている。


「我々は荷馬車を引いてきます。今日はここに泊りましょう」

「げっ、マジで?」


 流石にこんな匂いの中で寝るのは嫌だ。


「しかし、これ以上進むにしても、途中に広い場所もありませんし、木こりの町に着く頃には夜中ですよ?」

「うぐ……」


 そこまで歩きたくもないし、だからと言って、こんな不安定な掘り方の穴で野宿となるのも嫌だ。

 寝ている間に落盤なんてシャレにもならない。


「空気の流れは悪いが、新鮮な空気も入ってきておる。火を焚いても問題なかろう」

「水も十分にあります。ここに泊るのが良いと思いますよ?」

「うぅむ……」


 森での野宿なら慣れているが、地中での野宿など経験がない。

 真っ暗なのは気にならないが、音がないのが恐ろしい……。

 無音と言う環境がどうにも合わないのだ。

 しかし、背に腹は代えられないか……。

 俺達はそこで一晩過ごす事となった。

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