第34話 過去の詮索は嫌いだ

「そう言えば、この砦はどうするんだ?」


 俺は、あの一件以来そのまま放置された砦を見上げながら言った。

 狗鬼コボルド黒醜人オークの死体は既に運び出されてされたようで、砦をに囲まれた広場にはどす黒く変色した血痕や、毒液の色だけが残されている。


「急造の砦なので、ほぼ全てを改修する必要があります。ここが木こりの町への第1地中道トンネルになる予定です。坑道の拡張と壁面の強化、最後にレールの整備まで計画されています。砦の門では小さすぎるので、改修と言うよりも拡張工事ですね」

「大々的な話になったのぉ」

「司令本部の移転ですからね、国家事業です」


 俺達4人は砦の門をくぐる。


「コフィーヌは中に入るの初めてか?」

「はい。街と砦の行き来しかしていませんので」

「外から見るより狭いよな」

「そうですね……。もっと広く造られてると思っていました」

「あまり広いと、弓に不慣れな連中では当たらんからの。これでギリギリの広さだ」

「なるほど……」

「冒険者に関しては2日程の訓練はしたが、結局は付け焼き刃だ。命中精度は低い。となると、目標に近付くしかない」


 グローがコフィーヌに色々と教え始めた。

 こうやって見ると、グローが教官にしか見ない。

 まぁ、グローもその気になっているのでいいだろう。

 イキイキしている様に見えなくもない。


「こういう事好きなんだな、グローの奴」

「軍属の時は教育担当をやっていらしたと聞きましたよ」

「そんなの初耳だ」

「ガル殿が昔の話をしないから、自分もしないとの事です」

「ハハハ、グローらしいな」

「ガル殿は、以前は何をしていらしたんですか?」

「……」


 この質問が一番嫌いだった。

 そして、この質問への答えは決まっている。


「何、特別な事なんてなんもなかった。底辺で這いずり回ってただけだ」

「……」


 こう答えればみんな黙る。

 例に漏れず、サリィンも申し訳なさそうな顔で押し黙った。


「意地悪な言い方だったか?すまん」

「いえ……、その……」

「まぁ、気にしないでくれ。詮索されるのが嫌いなんだ」

「はい、すみません……」


 何とも重い空気になってしまった。


「なぁにをしとるんだ、お主らは。さっさと中に入るぞー」


 グローが坑道の入り口で手を振っていた。

 こういう時のタイミングはいい。


「中の一掃は終わってるのか?サリィン」

「一応、中央軍がやったようですが、如何せん広過ぎて完璧とは言えないかもしれません」

「残党がいてもおかしくないって事か」

「まぁ、ワシがおるから大丈夫だ」

「そうだな」


 何とも気の抜けた会話だが、戦闘出来る人間が3人もいる上に、1人は地中が得意なドワーフだ。

 まだ俺はまだ戦闘など出来ないが、問題ないだろう。


「そういや、サリィンやコフィーヌの得意武器って何なんだ?」


 素朴な疑問だった。

 人はそれぞれ得手不得手がある。

 武器もそうだ。

 俺は刀だし、グローは双斧ツインアクスだ。


「我々は、『得意を作るな』と教えられました。兵士は状況に応じて、武器を使い分けられなければならないと」

「確かに、そう教わるな」

「そういうグローは得意武器あるじゃん?」


 俺はグローが背負っている双斧を指差した。


「ワシは、元々は王国軍ではない。ワシは鉱矮人ドワーフの国の兵だった。そこが王国と併合されたから、必然的に王国軍兵士になっただけだ」

「なんかめんどくさいな……」

「だから辞めたんだぞ」

「未だに軍内部は差別主義者が多いですからね……」


 サリィンの言葉には重みがあった。

 恐らく、サリィンやコフィーヌ自身、が何度もあるんだろう。

 どう言ったところで、王国は元々『人間ヒュームの国』なのだ。

 それが魔王軍との戦争によって、必要に迫られて他種族の国を併合して巨大な国家になった。

 しかし、実権を握るのはほぼ人間のみ。

 耳長人エルフや鉱矮人と言った他種族が、国の重役に就く事は今までなかったし、これからもないだろう。

 そのため、国の中枢程、人間以外の種族への差別意識は強い。


「王国はいい国なのは認める。しかし、完璧ではない」


 グローの言葉が何よりも重かった。

 種族の違いなど全く関係なく、底辺だったスラム出身の俺には、そんな差別意識など生まれなかったのだろうと自分で思う。

 しかし、スラム出身だからか、自分の命を軽んじる癖があると、グローと組み始めた時に言われたのを覚えている。

 自分の命を守る事、自分の身体を守る事、グローと出会ってそれを最初に叩き込まれた。


「何だってそうだろ。完璧なものなんてない」

「まぁ、そうだの」


 くだらない話をしながら、俺4人は坑道を進んだ。

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