軍令:調査依頼編

第33話 特務の軍令なんて聞いてない

「お待ちしておりました、ガル殿」


 支部の事務所を訪れた俺を、サリィンが笑顔で出迎えてくれた。

 共同作戦から既に1ヶ月が過ぎた。

 俺は相変わらず怪我人のままで、ギルドの依頼でも簡単な採取などばかりをこなしている。

 まぁ、今までに稼いだ分の貯蓄はあるので、生活に困っている訳ではないのだが、身体が鈍って仕方がない。

 そろそろギブスを取ってもいいんじゃないかと医者のゼペットに聞いたが、外すのが早過ぎると綺麗に繋がらないと怒られた。

 また、ギブスを外した所で、そこからはリハビリが待っている。

 既に1ヶ月もまともに動かしていないのだ、指の間接はもう硬くなっているだろう。

 以前と同じようになるにはそれなりに時間が掛かりそうだ。

 グローはと言うと、ソロで依頼をこなしており、その報酬の内から少しだが分け前をくれている。

 貯めた金があるからいいと断るのだが、そういう所は律儀と言うか、何と言うか……。

 つまり、何が言いたいかと言うと、俺は暇なのだ。

 そんな暇人の俺を心配してか、頼みたい事があるとサリィンに呼び出されたのだ。

 何とも、俺の周りにはお節介な奴が多い事か……。


「頼みたい事って何だ?サリィン」

「えぇ、こちらへどうぞ。コフィ、お茶を頼む」

「了解しました」


 俺は奥の応接室に通された。


「どうぞ、お座りください」

「なんだ?あそこじゃ喋れない事か?」

「えぇ、ちょっとですね。とりあえず、これをご覧ください」


 そう言って、サリィンは大きめの地図を取り出した。


「これは……?」

「例の木こりの町の全体図です」

「木こりの町……、魔王軍が要塞化しようとしてた所か」

「そうです。山や森に囲まれたこの土地に、新たな東方司令部の本部を移転しようという計画が出ました」

「本部の移設!?急過ぎないか!?」


 今現在、東方司令本部は東の最大都市である東都とうとに置いてある。

 そこは東部方面のほぼ中心に位置し、大きな川の近くでもあるため、交通や輸送の面では立地として非常に理想的だ。

 それをわざわざ移す必要があるとは、俺には到底思えなかった。


「はい、私も聞かされた時はビックリしました。しかし、今の本部は既に手狭らしく、魔王軍の残党の動きも王都から遠い場所で活発化の一途をたどっているそうで」

「なるほど。現本部より東になる木こりの町に、もっとデカい施設を作りたいって事か」

「そのようです」


 確かに山と森という天然の城壁がある木こりの町は、拠点を築くのには向いているだろう。

 しかし……。


「問題は、どの町からも遠いって事だな」


 外部との連絡手段が限られる可能性が高く、攻め込まれた場合を考えれば補給路の確保も難しくなるのではないだろうか。


「ですので、魔王軍の案を採用するそうです」

「魔王軍の案?」

「地中連絡路の建設です。荷馬車が横並びで4列並ぶ大型から、1人が通れるくらいの小型まで」

「そういう事か。だったら、馬車道だけじゃなく、線路も計画に入れるといい。輸送量は格段に上がる」

「なるほど、そうですね。地中道トンネルは馬にもストレスがかかりそうですし」

「で、話ってこれなのか?」

「あぁ、いえいえ。これは事前説明の様なものです。本題は、現地調査の手伝いをガル殿とグロー殿にお願い出来ないかというものです」

「軍からの調査依頼か……」


 現地調査の手伝いらしい。

 提示された報酬も悪くない。

 これならグローもOKを出すだろう。

 しかし、素朴な疑問が湧いた。


「今日の夜にでもグローに言ってみるが、恐らく引き受ける方向になるだろう。しかし、1つ質問なんだが……」

「はい、何でしょう?」

「何故、軍関係者じゃない俺とグローを指名した?機密漏洩を考えて、口止め料含めての報酬だろ、これは」

「……、ガル殿相手だと、やはり骨が折れますね」


 そう言ってサリィンは困った様に笑った。


「どういう意味だ?」

「いえ、ガル殿ならこそを突いてくるだろうと、上将軍閣下も予測しておられましたので」

「上将軍の肝いりなのか、これ?」

「本部の移転ですので、三将軍の了承が必要になります。お2人を指名したのは、他でもない上将軍閣下です」


 どうも気に入られたらしい。

 前回の共同作戦で作戦立案に関わった俺達2人なら、現地調査の役に立つとの見立てだそうだ。

 元軍人であるグローならば、軍施設として必要なものも理解している。

 それと合わせて、俺の起点でよりよい調査が出来るのではないかとの事だ。

 俺の事をあまりに過大評価していないか?


「俺にそんな期待をされてもなぁ……。しがない賞金稼ぎバウンティハンターだぞ?」

「何を仰いますか。既にトロッコの案を頂きましたよ?」

「俺の適当な思い付きを当てにされてもって話だよ」

「いいじゃないですか、ガル殿の思い付きは的確ですから」


 こんなに褒められても困る。

 なんだかとてもむずがゆくなって仕方なかった。



「なーんでワシまで行くハメになるんだ……」


 グローがブツブツと文句を言っている。

 俺とグロー、サリィン、コフィーヌの4人は、昼前には北へ向けて街を出発する事になっていて、今は街の北門付近に集まっていた。

 北側の山を迂回し、木こりの町に西側から入るルートを取る予定だ。

 移動だけで片道1週間を想定している。

 これは地中道トンネルを考えないとならない意味が分かる。


「上将軍の御指名らしいから仕方ないだろ?」

「フン!」

「いいじゃねーか、ソロ用の依頼やるより楽だし、報酬もいい」

「軍の手先になのが気に食わんのだ」

「元軍人の癖に、軍を毛嫌いし過ぎだろう……」

「元軍人だがらだ!まぁ、上将軍からの依頼なら仕方ないが……」


 そうは言うものの、グローはしばらくブツブツ言っていた。


「そういや、コフィーヌも昇進おめでとう」

「ありがとうございます。私は特に何もしていなかったんですが……」

「連絡役も大事な役目だ。謙遜せずに素直に喜べ」

「ハハハ、サリィンに言える事じゃないだろ、ソレ」

「な!?」

「謙遜なのはいいが、そんなんじゃ舐められるぜ、少尉殿?」


 俺の忠言にサリィンは苦笑いだ。


「それよりもだ、本当に北回りに迂回するのか?」


 グローが不満そうな顔をしている。

 確かに、滅茶苦茶時間が掛かる。


「いっそ、あの村の坑道を通らねーか?そっちの方が早いだろ?」

「おぉ!それは良いの!行こう行こう!」


 グローはさっさと村への道へ出る為に南へ歩き出した。


「ちょっと!グロー殿!調査用の機材もあるんですよ!?荷馬車では通れないでしょう!?」


 サリィンが慌てて呼び止めるが、グローが足を止める事はない。


「通れないなら、すればよいだけだ。さっさと行くぞー」

「通れるようにって……、グロー殿!」

「まぁまぁ、ああなったらグローはいう事を聞かん。行くしかない」


 サリィンは肩を落としたまま、荷馬車を南へ向けた。

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