第32話 軍人と冒険者

「よう、ガル!お前のお陰で、この間のはいい稼ぎになったぜ!見舞金だ、取っとけ!」


 俺がいつも通り大将の店で飲んでいると、先日の軍との共同作戦に参加した冒険者が金貨を1枚投げてよこした。

 早く治せよと一言言い残して、その冒険者は店を後にする。


「なんかここ数日、金をよく貰うんだ」


 俺は先程受け取った金貨を眺めながら呟く。

 隣に座っているのは、少尉に昇進し、必要な手続きを終えて街に帰ってきたサリィンが座っていた。


「みんな、ガル殿の怪我を心配しているんですよ。それに、この間の作戦だって予想以上に楽でしたから」


 確かに、参加した者達にとっては楽だっただろう。

 街存亡の危機と言われたが、やった事と言えば砦や柵、落とし穴作りと、砦の上から毒矢を撃っただけ。

 ものの数時間で作戦も終了。

 それだけで、軍からの報奨金付きの報酬が貰えたのだ。

 おいしい仕事だったに違いない。


「冒険者は勿論、兵士への損害も皆無でしたし、街への被害もゼロ。本当によかった……」

「サリィンは前代未聞、異例の昇進。おめでとさん」


 そう言って、俺はサリィンのグラスにエールの入った樽ジョッキを軽く当てた。


「私だけの功績ではありませんよ。ガル殿をはじめとする、街の皆さんの功績です」

「いや、よくまとめ上げてたと思うぞ?グローも感心してた」

「あの時はとにかく必死で、よく覚えてないです」

「だったら、余計に才能あるぞ。グローのお墨付きだ、胸張れ」


 通常だとこの様に、かなり謙虚で物腰も柔らかい好青年なのだが、戦いになると雰囲気が変わる。

 多重人格かと思う程だ。

 しかし、その冷静で迅速な判断は将としての素質を、門外漢である俺ですら感じるのだ。

 サリィンはもっと出世するだろう。


「出世祝いのついでに、元軍人であるグローからの忠言だ。『出る杭は打たれるが、著しく突出すれば逆に打たれない』だとよ」

「ハハハ、確かにそうかもしれませんね」

「足を引っ張ろうとする奴は出てくるだろうが、心から、本当に信頼出来る奴を軍の内部で多く作っておけ。これは俺からのアドバイスな」


 サリィンは少し不思議そうな目を俺を見つめた。

 賞金稼ぎの前に色々と経験している俺としては、そういうアドバイスになってしまう。

 あー、パオが現れた事を思い出してしまった。


「信頼出来る奴を作るべきなのは俺もかな……」

「はい?」

「いや、何でもない」


 しばらくするとグローが合流し、俺達は3人で酒を飲んだ。



 サリィンと俺が酒場で酒を飲み始める少し前。

 グローは街の外れ、地下にある狭い酒場にいた。

 カウンター席しかないその店は、グロー以外に客はいない。

 街の人間でもこの店を知る者はほとんどいない。

 そんな隠れ家の様な場所で、グローはある男を待っていた。

 手にした小振りのグラスの中には、血の様に赤い液体。

 王国の南部で毎年少量だけ製造される酒だ。

 この酒を知る人間も、また少数だ。

 アルコール度数は高く、かなりの辛口だが、呑み込んだ後に返ってくる香りが何とも豊潤で、微かな甘みを感じる。

 グローがこの酒の存在を知ったのは軍人だった頃。

 南部の国境付近に遠征した時、魔王軍と激戦を演じ、森の中で遭難した。

 深手を負い、部下に支えられながら、たった2人で森を彷徨い歩いて辿り着いた小さな村。

 そこでこの酒が造られていた。

 傷の手当を受けながら、気付けにと飲まされたこの酒が驚く程美味かった。

 それ以来、十数年かけて独自のルートを確立させた。

 今ではそのルートを商会に売り、この街へ優先的に卸させている。

 商会が入った事で、村の収益も増えたらしく、今では立派な町になっているらしい。


「ワシにも『紅玉の泪ルビー・ティア』を」


 グローの隣にドカリと座った客が、同じものを注文した。

 マスターは客を見る事なく、奥から黒い瓶を取り出す。

 綺麗に磨かれたグラスに、黒い瓶から少し粘度がある真っ赤な液体が注がれた。


「久々だの、こうやって直接話すのは」


 グローは隣を見る事もなく話し掛ける。


「あぁ、何十年振りかも分からん。しかし、アンタはちっとも変わらん」


 隣に座ったのは老年の人間ヒュームだった。


「ドワーフだからの。それに対して、お主は老けたのぉ。将軍職も様になっておったな」


 隣を見てニッカリと笑うグロー。

 そう、隣に座ったのはあの御前裁判に上将軍として出席したその人だった。


「今日はお忍びだ。将軍などと言う単語を出さんでくれ」

「これは失敬失敬」


 ガハハと笑うグロー。

 実は、現・上将軍は王国軍所属時代のグローの部下だったのだ。

 そして、この『紅玉の泪』の村にグローと辿り着いた部下は、この人物だった。


「で、軍に戻る気はないのか?」


 酒を一口飲んで、上将軍が話を切り出す。

 上将軍が新兵時代に教育担当をしていたのがグローだった。

 それからいくつもの戦場を共に転戦したが、突然グローは軍を辞めた。

 王国は人間の王が治める国。

 しかし、建国時から人間以外の多くの種族も共に支えてきた国だ。

 他のどんな国と比べても、差別はほとんどない。

 ほとんどないが、ゼロではないのも事実。

 軍の高官になるにつれ、人間の割合は高くなる。

 各司令部同士の功の競い合いも相まって、グローの様な人間以外の種族への偏見は強かった。

 グローはそれが嫌になって辞めたのだった。


「ない。今の生活は楽しいからなぁ。信頼できるバディもいる」

「ガルか……。確かに、あの者も才能を感じる。左手の怪我についても話を聞いた」

「よく単眼鬼サイクロプスから逃げたもんだ」

「それ以上に、頭が良い。彼の佩いている剣は『カタナ』らしいな」

「あぁ、物好きにも程がある」

「単眼鬼の一撃をカタナで受けていれば、曲がるなり折れるなりして、使えなくなっていた筈だ。よほど大切にしているのだろう」

「咄嗟の判断で、近くに落ちてたピッケルを使ったんだろう。そういう所は抜け目がないと言うか……。たまに舌を巻くぞ」

「ハハハ!それで冒険者というのが勿体ない。是非とも軍に欲しい。正規軍ではなく、諜報分野の実働部隊などを任せると良さそうだ」

「それは分かるが、奴は軍人にはならんよ。規則なんぞに縛れるようなタマじゃない」

「齢30であの落ち着きよう。修羅場を潜っておるな」

「その辺はワシも知らんぞ。賞金稼ぎになる前の事は話したがらん。幼い時は貧民窟スラムにいたと聞くが、少年期から賞金稼ぎになるまでは全く分からん」

「まぁ、誰にでも入られたくない部分はある」


 そうやって、2人は色々な話をした。

 軍への愚痴から、政治について。

 果ては他愛のない世間話まで。

 酒をチビチビと飲みながら2時間程話し、酒瓶を1つ空にした所で、上将軍は帰り支度を始めた。


「ワシと飲んでいる所は見られぬようにな」

「分かっている。その辺りにぬかりはない。でなければ、上将軍にもなれぬわ」

「確かに。しかし、お主が上将軍だとはな。才はあると思うておったが、上り詰めるとは……」

「アンタのお陰だよ。マスター、2人分。釣りは要らんよ」


 そう言って金貨の入った袋をカウンターに置く。

 酒代にしては明らかに多過ぎるのは、暗に口止め料も含まれているからだ。

 マスターは無言のままそれを受け取る。


「お主が上将軍になって、軍は幾分良くなったのぉ。しかし、まだまだの様だな」

「ハッハッハ、一朝一夕には変えられん。しかし、まだ変える余地があるという事は、ワシの仕事もまだまだ残っておるという事だ」

「お主の胆力が一番恐ろしいわ」


 上将軍が店を後にし、グローもしばらくして席を立った。


「さて、ウチのバディと期待の新星と飲むかの」


 グローは俺の行きつけの大将の店に足を向けた。





狗鬼コボルド討伐依頼』————Quest Accomplished

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