第31話 帰途の荷馬車
「で、結局『少尉』ってどれだけ偉いんだ?」
俺は帰りの荷馬車の中でグローに聞いた。
聴取という名目の御前裁判も終わり、サリィンだけは諸々の事務処理のために王都へ残ったが、その他は翌日には王都を出た。
「よく分かっとらんのか」
グローが呆れた様に言う。
「軍属でもないんだから分かる訳ねーだろ」
「少尉とは、魔王軍でいう所の百人長、100人くらいの指揮を執る階級だ。基本的に士官学校を出たエリートはこの階級から始まるが、一兵卒からここまで上がる奴は珍しい」
「ほぉ~、じゃあサリィンはエリートの仲間入りなんだな!」
「いや、ここからがまた苦労すると思うぞ?」
グローは心配そうだった。
「なんだ?何か問題でもあるのか?」
「出る杭は打たれると言うだろ?ヤッカミを受けるのは必然だ。戦後配属組にはちと辛いだろうな……」
「そんなもんか……。軍もめんどくさいな」
「だろ?だからワシは辞めた」
「なるほどな……」
確かにグローの言う通り、軍の中で王国民の事を考えている奴は少ないのかもしれない。
中央軍のトールズがいい例だ。
そりゃ、グローも嫌になる訳だ。
「そういや、セリファ。初めての王都はどうだった?」
俺は話題を変える為にセリファへ話を振った。
「え?どうって言われても、結局自由時間なんてなかったから観光も何も出来なかったし……」
セリファはしょんぼりとしていた。
王都に到着したのは夜遅かったため、すぐに軍の宿泊施設に入れられ、御前裁判後はほぼそのまま中枢区から放り出された。
商業区を観光しようにも、荷馬車の出発時間がタイトに設定されていたのでほぼ何も出来ずに今に至るのだ。
観光を楽しみにしていたセリファには申し訳ない。
「こんな強行軍だと俺も思わなかった。結局、コフィーヌも特進したお陰で、帰りはこの5人だしな」
コフィーヌも異例の3階級特進で曹長になったが、サリィンの副官として補佐をする事になったらしい。
これはサリィンの願いだったようで、同期の
「まぁまぁ、皆さんそんなに気を落とさずに」
ピュートがニコニコと言った。
そう言えば、ギルドと商会には必要経費の支払いは勿論、協力への謝礼として報奨金も出ているらしい。
ギルドは作戦に参加した冒険者全員に、均等に配分するとベルベットが言っていたが、商会に出る報奨金の3分の1は丸々ピュートに入るらしい。
3分の1でもかなりの額だ。
俺達冒険者が貰う額の何倍になるのか……。
そのせいもあって、ピュートは終始上機嫌なのだ。
「いいよなぁ、ピュートは。今回の一件で滅茶苦茶儲かっただろ」
「そんな事ないですよ~、エヘエヘ」
「お主、ニヤけ過ぎだ」
「でも、私も大変だったんですよ!?」
そう言って、自分の苦労話を始めた。
まず、ギルドが作戦に参加する冒険者を募り始めた時、商会は街の事務所を引き払う準備に入ったというのだ。
ピュートの上司になるエリアマネージャーは、街は早々に陥落すると予想し、重要な書類と人員などを全て別の街へ移送しようとしていたらしい。
勿論、今回の作戦への協力もなしの方向だったのだが、その事でピュートと揉めに揉め、結局はピュートの独断で大量の弓矢と毒ポーションをかき集めたと言うのだ。
今現在、商会の上層部はこのエリアマネージャーの処遇についての話し合いが行わられているらしく、ピュートは既に昇給が決まった。
また、今回の手柄はピュート1人のものである事は明白なため、報奨金も半額は商会へ、残り半額はピュートへと言う事になったらしく、弓矢と毒ポーションの代金を差し引いても3分の1が残っているという事らしい。
「お主、ようそんな賭けに出れたのぉ」
「そんなに賭けですかね?」
「もし街が陥落したらどうするつもりだったんだ?」
「そんなの、街が陥落した時点で私の命もなくなっているでしょ?死んだ人間に弓矢や
そう言ってピュートは笑う。
なんとも豪胆な商人、と言うかぶっ飛んだ商人だ。
感心していいのか、呆れるべきなのか分からない。
「それはそうと、色々と買い込みましたので、帰りは楽しく行きましょう!」
そう言って、ピュートは酒瓶を取り出す。
「おお!酒か!」
誰よりも早くグローが反応した。
「え?ここで飲むの?別の意味でも酔いそう……」
セリファは顔をしかめる。
「そう言わずに!火を通さなくても美味しい加工肉もありますよ!」
「おっ、これは生ハムの原木か!」
俺が手に取ったのは骨付きの生ハムの塊だった。
昔、一度だけ見た事がある。
これを
「こんなの見た事ない……」
セリファがマジマジと原木を見つめる。
「大将の店じゃ取り扱えないからな」
「ウチの店には卸せないの?」
「商会で流通はさせていますが、中々街までおりて来ないんですよ。専ら王都から程近い街でしか扱えない商品になってます」
ピュートが残念そう言う。
商品の希少価値が高過ぎて、地方都市まで回らないのが現状らしい。
「……、美味しいの?」
「それはもう!」
ニッコニコのピュートである。
「食べていいか?」
「勿論です!そのために買ってきたんですから!」
そう言われて、俺はいつも使っている投げ小剣を取り出し、原木から生ハムを薄く切り出した。
その一切れをセリファに渡す。
「ガル……」
「あん?」
「その小剣って、
どうやら衛生的に拒否反応があるらしい。
「バッカ、ちゃんと洗ってるよ!」
「いや、そうだろうけど……」
「文句言うなら俺が喰う!」
俺はセリファが摘まんでいた生ハムにそのまま齧り付いた。
「ちょっと!」
「美味い!!」
ねっとりとしたコクのある濃厚な味わいと、少し強めの塩加減がいい。
これは葡萄酒によく合いそうだ。
「これをご所望ですかの?」
そう言ってグローが酒瓶を渡してくる。
ご丁寧に、栓は既に開けられていた。
白い葡萄酒だ。
そのまま瓶に口を付けて、ラッパ飲みにする。
柔らかい酸味と、フルーティーな味わい。
華やかな中に樽独特の香りも加わり、なんと味わい深い葡萄酒なのだろう。
生ハムの脂の甘味をより一層引き立たせる、ベストな組み合わせではなかろうか。
「最高……」
生ハムを奪われブーブー言っているセリファをよそに、俺はこの上ない幸福感に包まれていた。
「セリファ殿、どうぞ。食用の小剣を使っていますので、安心してください」
そう言ってピュートが薄く切り出した生ハムを木製の皿に載せてセリファに渡す。
「え?ありがとうございます!」
嬉しそうにそれを受け取るセリファ。
静かに本を読んでいたベルベットも加わり、帰りの荷馬車は賑やかな酒宴の会場となった。
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