第30話 御前裁判

「して、中央軍のトールズ。貴様の主張は『中央軍が追い詰めた魔王軍千人長である食人種オーガを、東方軍の辺境支部の伍長が不当に横取りした』というものだな」


 そこは少し薄暗いホールだった。

 王国軍のトップである三将軍と呼ばれる右将軍、左将軍、上将軍が正面に座り、更にその奥には玉座。

 丞相を従えた国王の姿すらある。

 ホール自体が法廷の様な造りで、さながら御前裁判だ。

 俺達は証言台の近く、参考人の席に座らされている。

 そこからでは、天蓋の設けられた玉座に座る国王の顔も見えない。

 見えないが、そのはヒシヒシと感じ取れる。

 と言うものなのだろうか。

 とにかく、場の雰囲気を座っているだけで呑み込んでいる。


「その通りであります、左将軍閣下。この不埒な東方軍共は、あろうことか、我々の手柄を横取りしたのです!」


 トールズと呼ばれた人間ヒュームは捲し立てる様に言った。

 彼は中央司令部所属の連隊長。

 連隊長とは、最大5000人の兵の指揮を執れる階級だ。

 出身も武家貴族で、エリート中のエリート。

 齢30にして連隊長と、出世頭である。

 まぁ、全てはサリィンの受け売りなんだが。


「貴様の言い分は分かった。東方軍のサリィン、反論はあるか?」


 左将軍の目がギロリとサリィンに向けられる。


「恐れながら申し上げます。我々がくだんの鉱山での戦闘を想定したのは、戦闘が起きる3日前であります。その時点で、東方司令部への連絡と増援の申請、またギルドとの連携に伴う必要な事務処理の依頼を提出しております。この時、既に中央軍は山向こうの廃墟に展開していたのでしょうか?」


 サリィンは全く物怖じせずに、スラスラと喋った。

 胆が据わっている。


「フン!俺はそんな報告を受けていない!」

「それは現場に出ていたから仕方がありませんね、連隊長殿。しかし、討伐戦直後に軍を分け、廃墟へ移動するには許可をお取りになった筈。それだけでなく、攻撃開始時にも中央司令部へご連絡成されましたよね?その時には東方司令部からだけでなく、ギルドからも報告が上がっていたと思われますが?」

「だから聞いていないと言っている!」


 コメカミに血管が浮き出る程の怒り様だ。

 しかし、コイツは何故こんなにも怒っているんだ?

 激怒するトールズを見ていると、こっちの頭が冷めてくる。


「ハッハッハ!だとしたら、という事になるのぉ?」


 ホール全体に響き渡る声でグローが言った。


「部外者は黙っておれ!」


 血が噴き出すのではないかというくらいに、トールズは真っ赤になっていた。

 それもそうだろう。

 自分に非がないと言い張れば、中央司令部全体の問題になる。

 それを冒険者に指摘されたのだ。

 トールズの怒りは既に臨界を突破している。

 でなかったら斬り捨てられていた可能性もある。

 自尊心の高いエリート軍人は怖い……。


「静まれ、トールズ」


 上将軍の低く、しかし腹の底に響き渡る様な声がトールズを黙らせた。

 軍の事実上の最高指揮官である上将軍は、史上初の一兵卒から上り詰めた本当の意味での叩き上げだと聞く。

 老年の人間だがその眼光は誰よりも鋭く、国王とはまた違った圧を放っていた。

 その上将軍に言われ、トールズは途端に子犬の様に縮こまった。


「双方の言い分は分かった。事のあらましとしては、東方司令部からの報告を受け、中央司令部が功を焦ったのだろう。そうであろう?」


 そう言われたトールズは、先程までの怒りは跡形もなく消え去り、今度は顔が蒼ざめていく。

 こんな短時間で人の顔色というのはここまで変わるのか。

 俺は思わず笑いそうになった。


「いや、その……」


 トールズは顔を伏せたままオドオドしている。


「功を焦るのは別によい。ワシにもある若気の至りだ。互いに競い合って王国に尽くしてくれればそれでよい」

「上将軍閣下……」


 上将軍の思わぬ優しい言葉に、トールズは顔を上げた。

 しかし、上将軍の目には怒りの炎が未だに燃えている。


「しかし、護送中を襲うなど、賊のする事だ!恥を知れ!」

「ひっ!」

「貴様の処分は追って伝える。下がれ。牢に入れられた貴様の部下も全員連れて行け!」

「ははぁ!」


 トールズは深々と頭を下げ、脱兎の如くホールを飛び出して行った。


「さて、サリィン伍長」


 上将軍の視線がサリィンに向けられる。


「はっ!」

「貴様の今回の働き、見事であった。国王陛下もお慶びだ」

「ありがたきお言葉にございます。しかし、今回の件に関しましては、私の力など微々たるもの……。全てこの方々のご協力あっての事です」


 サリィンのその言葉が謙遜などではなく心からのものだと、その場にいた全員が感じ取った。

 胆力もあり、優しさや思いやりもある。

 今まで、軍人と言えば先程のトールズの様な傲慢な奴しか会った事がなかった。

 サリィンがこういう性格だからこそ、俺も力を貸そうと思ったのだ。

 それはそれで、サリィンの人望という才能の1つなんじゃないだろうか。


「うむ、しかしサリィン伍長。少数で多数を相手にするにはよく考えられた砦であったが、あれでどのくらい持つと考えておった?まさか討ち滅ぼせるとは考えておらんなんだであろう?」

「はい、持って3日。しかし、急造の作戦でしたので、2日程かと考えていました」

「うむ、よい見立てだ。トールズ達の攻撃がなければ、単眼鬼サイクロプス6体と、1000を超える狗鬼コボルド黒醜人オークの軍と戦っていたところだ。そうなれば、2日も持てば上出来の砦だ」

「6体!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。

 単眼鬼が6体だと!?

 冗談じゃない、そんなにいたのか。

 遭遇したのが1体だけで良かったと心の底から思う。


「ハッハッハ、命拾いだったな。その方がガルか?」


 急に上将軍に声を掛けられた。


「あぁ、そうだが……」

「お主もご苦労であったな。その左手、斥候の際に単眼鬼と戦闘になった時の物だと聞いた。よく生きて戻った」

「いや、結局は俺の斥候なんて意味をなさなかった訳だし、名誉の負傷とも言えない」

「違うぞ、ガル」


 上将軍はキッパリと否定した。


「お主が単眼鬼の存在を知らせたお陰で、砦はあの高さになったのではないか?それに、柵を超えられた時の為に、穴まで掘って。どんな些細な情報だろうと、お主が命を賭けただけの対価はあったのだ。決して無駄ではない」


 こんなにも優しく諭されたのは久々だ。

 そう言えば、誰かに似てると思っていたが、俺のに似てるんだ。

 そのせいか、俺は何も言えなくなり、涙が出そうになった。

 そして、上将軍はもう一度サリィンに向き直った。


「サリィン伍長。2日しか持たないと分かっていながら、作戦を決行したのだな?」

「はい」

「玉砕覚悟か」

「冒険者の方々は逃げても良いと考えていました。しかし、あの場にいた王国軍全員には、玉砕せよと伝えていました……」


 俺達は息を飲んだ。

 あの場でそんな通達をしていたとは知らなかった。


「お前達が玉砕すれば、街の守りはほぼ皆無だ。街がどうなってもよいと?」

「いいえ。我々が2日粘れば、街には東方司令部から援軍が届くと確信していました。情報は全て街に残したコフィーヌ上等兵と共有していましたので、援軍との連携は彼女に任せてよいと判断しました」


 そんな決断をしていたとは露とも思っていなかった。


「分かった。サリィン伍長!」

「はっ!」

「今回の功績を鑑み、貴様を少尉に任ずる!」

「少尉!?」


 今度はグローが声を上げた。

 その後、必死に指を折りながら数えている。

 俺にはサッパリ分からん。

 しかし数え終わった所で、もう一度驚きの声を上げた。


「4階級特進!?」

「4階級特進?」

「戦死よりも凄いぞ!」

「自らが死んだ後の事まで手はずを整えた上で、玉砕も厭わぬ姿勢に感服した。それだけでなく、現に200余の部隊の指揮を執れた。少尉たる能力は既に備えていると、ワシ以下三将軍全員が認めたのだ。才ある者は引き上げる。それがワシのポリシーよ」


 豪快に笑う上将軍。


「私が……、少尉……?」


 呆然とするサリィン。

 玉座に座った国王が立ち上がった。


「サリィン。階級が上がれば、自ずと責務も重くなる。自ら死を選ばずともよいよう、更に力を付けよ。励め」


 国王からの言葉にサリィンは硬直した。

 しかし、すぐに我に返ると、跪いて首を垂れた。


「ありがたきお言葉を賜り、恐悦至極にございます!これからも、国王陛下の為、王国民のためにこの命を捧げる所存でございます!」


 国王は満足気に頷く。

 なんとも、お伽噺とぎばなしの世界の様な展開なのだろうか。

 しかし、階級などよく分からない俺はその場には不釣り合いな間抜け顔でポカンとしていた。

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