第28話 小休止

 俺はいつもの様に酒場にいた。

 あの戦闘から、既に5日が過ぎていた。

 酒を飲みたいのは山々なんだが、如何せん医者のゼペットから禁酒令を出された。

 ある程度治るまで飲むなという事だ。

 なので、仕方なくコッフェを啜っている。


「こんな飲み物があるとはなぁ」


 大将は俺の隣に座り、一緒にコッフェを飲んでいる。

 今はまだ営業時間ではない。

 左手の負傷で、依頼をこなす事も出来ず、暇を持て余していた。

 コッフェを分けてもらうためにピュートに会いに行った帰り、大将とバッタリ会ったので、そのまま店に来たのだ。

 ついでに、コッフェを大将に飲ませてみている。


「まぁ、飲み物には見えないよな」

「しかし、面白い香味だ。ウチもメニューに入れるか」

「今度、ピュートを紹介してやるよ」

「お、頼む」


 大将との他愛もない会話が続く。


「そういや、今日からこの間の報酬を支払うってギルドが言ってたぞ?」

「あぁ、今日だったか」

「行かないの?」

「俺は何もしてないからな。貰えるかすら分からん」

「でも、お前が偵察しに行ったんだろ?」

「戦闘では全く役に立ってない。見てるだけだった。それで報酬貰ったら、他の奴に申し訳ない」

「……、そう言うとこは真面目だよな、お前」

「うるせぇ」

「照れるなよ」

「照れてねーよ!」

「おはようございまーす」


 セリファが出勤して来た様だ。


「何でガルがいるの?」


 開口一番でそれか。


「そこでバッタリ会ってな。それより、ガルの相手してやってくれ。俺は仕込みをせにゃ」


 大将が立ち上がり、厨房へ消える。


「私だって掃除とかあるんですけど!?」

「いいじゃねーか、綺麗だから」


 何とも適当な大将だ。

 セリファはおずおずと大将の座っていた席に座る。


「何飲んでんの?」

「コッフェ。お前も飲む?」

「何それ……」


 ティーポッドに5杯分くらいは溜めていた。

 カップに半分ほど注いでやった。


「真っ黒……。炭?」

「いいから飲んでみろ」


 セリファは意を決して一口飲む。

 飲んだ瞬間に顔をしかめた。


「にっが!!」

「アハハハハ!悪い悪い、ミルクと砂糖入れるの忘れてたわ!」

「絶対わざとでしょ!にっが!!」


 俺はひとしきり笑った所で、セリファのカップの中にミルクと砂糖を入れてやった。


「よく混ぜて飲んでみろ」


 セリファは一度俺を睨み付けた後、恐る恐るカップを啜る。


「……」

「……、どうよ?」

「……、さっきより苦くないけど……、やっぱり苦い」

「気付けに良さそうだと思わないか?」

「私は苦手」

「お前、甘いのが好きだもな」

「私がお子ちゃまだって言いたいの!?」

「まぁ、エールも飲めないしな」

「果実酒の方が好きなの!」

「甘いからな」

「何なのよ!」


 セリファはプンプンしながらも、コッフェをチビチビと啜る。


「苦手じゃなかったか?」

「味は好きになれないけど、香りは好き。凄くいい香りね」

「ハハ、落ち着くだろ?」

「うん」


 それからしばらく俺達は静かにコッフェを飲んだ。

 厨房からはいい匂いが漂ってくる。

 昼過ぎの中途半端時間とあって、外も静かなものだった。


「怪我、したんでしょ?」


 おもむろにセリファは話し掛けてきた。


「あ?あぁ、これな」


 包帯が巻かれた左手を見せる。


「無茶するから……」

「じゃないと死んでた。まぁ、結局は不要な偵察になったけど」

「あんまり心配させないでよね」


 溜息を吐きながらコッフェを啜るセリファ。


「なに?心配してくれてんの?」


 俺はニヤニヤとセリファの顔を覗き込む。


「バカッ」


 耳まで赤くしながらセリファはそっぽを向く。


「まぁ、死なない様に頑張ってるつもりだけどな」

「信用できないから言ってるの」

「はいはい、気を付けるよ」

「心にもない事を……」

「お主ら、付き合うならはよ付き合わんか」

「な!?」


 グローが厨房から出てきた。


「やっぱりここだったか」

「なんでグローがいるんだよ」

「お主を探しにに決まっておろうが。家にもおらぬし、まさかと思ってここを尋ねたら案の定だわい」


 グローがセリファとは反対側の隣に座る。


「ほれ、お主の取り分だ」


 そう言って、金貨の入った袋を俺の前に置く。


「今回は役に立ってねーから、受け取る権利はねーよ」


 目の前のをグローの前に置く。


「何を言っておるか。偵察はこなしたではないか。それに、冒険者を募って兵力にした機転もお前のものだ。貰う権利はある」


 再び俺の前に置く。

 そのついでに、俺が飲んでいたカップにコッフェを注ぎ、そのまま飲んだ。


「拗ねておるのか知らんが、少しはシャキッとせんか」

「俺はしばらく休業だ。この手じゃ何も出来ん」


 俺は拗ねているのか?

 自分でもよく分からんが、とにかく何のやる気も出ない。

 貯蓄はあるが、いつになったら復帰できるのか分からん。

 3ヶ月くらいとは言われたが、そこからリハビリをしないとならない。

 現場復帰はそれが終わってからになる。

 どれだけ身体が鈍るか、分かったもんじゃない。


「採取系の依頼なら出来るじゃろ」

「金になんねーよ」

「とにかく、お主は少し休めって事だ。短命種の癖に行き急ぎすぎだ」

「はぁ……」


 俺は溜息を吐く。

 でも、確かに今まで休みという休みはなかった気がする。

 スラムの時は毎日食糧を探すために歩き回り、師匠に拾われた後はその人の為に命を懸けて戦っていた。

 その人が死んだ後は賞金稼ぎとしてずっと依頼をこなしている。


「確かに、長期の休みなんて経験ないな……」

「完治するまでは何もするなよ?セリファ、ガルの監視をしてくれ」

「はぁ!?」


 掃除道具を取り出していたセリファが大声を出す。


「何で私なのよ!」

「仲がいいからの、お主ら」

「なんで監視されなきゃならんのだ……」

「お主はほっとくと何をするか分からん」

「なんなんだ……」


 こいつら、怪我人の俺に対して言いたい放題だな……。

 俺はもう一口コッフェを啜った。

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