第27話 急転直下

「忌々しい王国軍め!姑息な手ばかり使いおって!」


 2メートルを超える身体の食人鬼オーガが悪態を吐いていた。

 右肩の矢傷を手で押さえているが、指の間から紫色の血が流れ出している。


「千人長!この穴を抜ければどうにかなります!とにかく逃げ延び、再起を!」


 共に走っていた黒醜人オークが食人鬼に向けて叫ぶ。

 そうだ、とにかく今は逃げ延びなくては。

 やっと千人長にまでなったのだ。

 今回の王国軍の邪魔さえなければ、もう少しで将官にも手が届く所だった。


「クソ共がぁ!」


 食人鬼は怒り狂っていた。

 怒り狂うあまり、出口付近の異常事態に気付くのが遅れた。


「何だ!?」


 黒醜人が足を止める。

 出口は狗鬼コボルドでごった返し、全く外が見えない。

 そして、そこから漂ってくる臭い。

 血と毒と死の臭いだ。


「回り込まれただと!?」


 有り得ない。

 先程まで、2日に及ぶ攻防戦をやっていた。

 王国軍はそれだけ多くの兵を割いているのか。


「どけ!敵の別動隊など蹴散らしてくれる!」


 食人鬼は穴から飛び出した。

 そして、その光景を目の当たりにして、戦意を喪失した。



「出た!指揮官だ!」


 両手に異形のアクスを持った食人鬼が、惨状と化した広場に躍り出してきた。

 しかし外に出た瞬間、すぐに呆然と立ち尽くしてしまった。

 砦の上から自らに向けられる無数の矢。

 完全な敗北を否応なく受け入れるしかなかったのだろう。

 それが状況終了の合図となった。


「指揮官は捕縛。抵抗する敵は斬り捨てろ」


 サリィンの指示が飛ぶ。

 王国軍の兵たちだけが広場に降り、抵抗を辞めた敵を手際よく縄で繋いでいく。

 その間に逃げようとする者や不意を突こうとする者もいたが、悉く砦の上の冒険者から射殺された。


「貴様ラ……、ドウヤッテ……」


 食人鬼が耳長人エルフ語を喋る。

 それを聞いたサリィンが食人鬼に近付く。


「名は?」

「千人長・ウラグ」

「いくつか聞きたい事がある。まず、お前達はこの鉱山とその先にある廃墟の要塞化をはかったな?」

「魔王軍、窮地。兵力、要ル」

「狗鬼がこの村を襲い始めていた事は知っているか?」

「村ヲ、襲ウ?」

「知らなかったのか……。お前の敗因はそこだ。配下を御しきれていなかった」

「ドウイウ、事ダ」

「お前達が町で戦っていたのは王国軍中央司令部の直轄部隊。我々は東方司令部所属の王国軍と冒険者の混成部隊。連携などしていない、それぞれ別の作戦で動いていた。それが偶然重なっただけだ」

「武運ガ、ナカッタ、ノカ……」

「違う」


 サリィンがキッパリと否定する。


「貴様は隊を率いる器ではなかったのだ。村に狗鬼の被害がなければ、我々は今日ここにいなかった。貴様は逃げおおせた」

「斥候ハ、貴様ガ放ッタ、ノカ……。奴ラノデハナカッタカ……」


 ガックリと肩を落とすウラグ。

 その表情は、何処か笑っているようにも見える。


「お前達を東方司令部へ連行する。その後の処遇は王都から追って沙汰がある」


 結局、この広場で捕虜になったのは180余。

 全員が東方司令部へ送られるらしい。


「はっはっは!コイツは痛快だの!」


 よく分からないが、グローが笑っている。


「何がだよ?」

「中央司令部は抜け駆けしてウラグ達を攻めたくせに、手柄はサリィンが全部持って行ったんだ。中央の連中、顔真っ赤にして怒り狂うぞい」


 言われてみればそうだ。

 手柄欲しさに東方司令部への連絡を怠り、勝手に担当地区以外で戦闘を始めたのだ。

 結果が出れば上層部からのお咎めもなかっただろうが、手柄は東方司令部所属のサリィンが根こそぎ持って行った訳だ。

 これを痛快と言わず、何というか。


「ははっ、確かにそうだな。戦後配属組の伍長が、敵千人長とその部下200弱を捕縛って、大手柄だしな!」

「出世するぞー、サリィン。王都への栄転もあり得る」

「中央が出張ってるって聞いて、一時は報酬も出ないんじゃないかと思ったが、大丈夫そうだな」

「うむ、結果オーライだの」


 そんな話をしている間に、サリィンは捕虜の処遇に関しての段取りを終え、再び砦に上がる。


「冒険者の皆さん、ご協力ありがとうございました!」


 サリィンが頭を下げる。

 冒険者達から鬨の声が上がる。


「一兵も欠ける事なく、指揮官とその部下を捕縛出来ました!東方司令部を代表して、心より感謝申し上げます!」

「そんな事より、報酬の方はどうなるんだ?」


 何処からともなく声が上がった。

 その声を聞いて、他の者も笑う。


「報酬に関してはギルドから支払われます。事後処理がありますので、少々時間を頂きますが、可能な限り早急に皆さんのお手元に届くように手配致します!」


 拍手や指笛が広場に響いた。


「サリィン!後は任せて、お主は早く捕虜を連れていけ!中央の奴らにチョッカイ出されるぞ!」


 サリィンは頷き、グローのアドバイスを素直に聞き入れた。


「現地の事後処理はコフィーヌに一任します。何かございましたら、コフィーヌに仰ってください」


 ウルグと精鋭の部下、合わせて11名だけを先に東方司令部へ連行するらしい。

 残りは全てコボルトなので、広場の片付けをやらせた後でいいとの事。

 砦は解体せずに、そのまま坑道の監視用として利用し、街の王国兵が交代で警備にあたる事になった。

 ところで、捕虜の処遇はどうなるのだろうか。


「グロー、捕虜は連行された後、どうなるんだ?」

「9割は処刑だ」


 うむ、やはりそうか……。

 いや待て、残りの1割は何なんだ?


「残りの1割は?」

「1割の内、7分が獄死。残りの3分が登用だ」

「登用!?」


 意外だった。

 魔王軍の兵を登用する事があるのか。


「ハハハ、意外か?しかし、魔王軍を探るための間者なども必要だろうて。使い方は色々だ」


 王国もキナ臭いな。

 まぁ、魔王が倒され終戦したと言っても、実際は今目の前にあるが現実だ。

 とにかく、今回は何の役にも立たなかったなと思いながら、俺は紙巻煙草に火を点けた。

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