第25話 準備完了

 作戦開始当日。

 結局、ブリジットが集めた冒険者の数は187名。

 街を拠点登録している冒険者のほぼ全員が揃った。

 長期の依頼に出ている者以外全員だ。

 たったの3日で、よくもここまで集められたものだ。

 軍が支払う事になる手数料はいくらになるのか、考えただけで恐ろしい。


「250には及ばんかったが、急造にしては中々だの」

「これでいけるのか?」


 不安でしかない。

 戦の経験がない俺にとって、未知の領域だ。

 しかし、サリィンもグローも物怖じしている風ではない。


「数的には不利ですが、敵の多くは狗鬼コボルドです。楽観は出来ませんが、勝てない戦ではないと思います」

「腕が鳴るのぉ~」


 軍人、分からん。

 矮鬼ゴブリンを100匹倒しておいて、何を怖気づいているのかと思われるかもしれないが、あの時は道具も策もあり、十分な勝算があったからだ。

 一網打尽にする策があるならいいのだが、300の数を一気に片付ける罠など思い付かない。

 俺に出せる案は落とし穴か毒くらいだ。


「策と言えるモノもなく、勝てるのか?」

「心配症だの、ガルは。狗鬼の殲滅は簡単だぞい」

「問題は単眼鬼サイクロプスと、指揮官です」

「まずは狗鬼の数を減らし、単眼鬼を引っ張り出す」


 作戦は単純だ。

 主戦場は第3坑道の入り口前の広場に設定し、坑道から出てくる狗鬼を片っ端から片付ける。

 そうしている内に、単眼鬼が出てくるだろうから、それを撃破。

 単眼鬼の撃破後坑道に入り、残った狗鬼の殲滅。

 それと並行して指揮官の捜索及び撃破し、作戦終了だ。


「単純明快!これならば急造の手勢でも混乱する事なく戦えるぞい」

「出来るだけ白兵戦を避けます。混戦になればこちらの被害が大きくなりますので」


 サリィンは周りを見渡す。

 夥しい数の矢が用意されている。

 全てフィロー商会が運んできたものだ。

 半弓ショートボウの安価な矢だが、どれも粗悪品ではない。

 その矢じりはバケツに浸けられていた。

 バケツの中身は、ゴールグの薬草畑産の毒草から精製した強力な毒水薬ポーション

 掠るだけでも半日の内に死ぬ程の猛毒だ。

 これは俺の案だった。

 さらに、柵も設置している。

 これはグローの案だ。

 狗鬼が真っ直ぐ走れない様にするためのもの。

 そして、その広場を取り囲むように木製の塀を建て、その塀の上から矢を射掛ける算段だ。

 これもグローが建てさせた。

 戦は攻めるよりも、守る方が楽だそうだ。

 造りは荒いが、広場は簡易的な砦になっていた。


「これで負ける気はせんのぉ」


 グローは笑いながらパイプを吹かす。

 今まで見た事がない笑いだった。

 軍人・グローの不敵な笑みだ。


「さて、そろそろですね」


 俺とグローとサリィンが広場の中央に立つ。


「準備は整った!これより作戦を実行に移す!目標は敵指揮官の首級くび!」


 サリィンの声が響き渡る。

 よく通る声だ。

 グローも仕官向きのいい声だと言っていた。

 そんなサリィンの言葉に呼応して、砦の上の兵士や冒険者達が鬨の声を上げる。


「ではガル殿、グロー殿、お願い出来ますか?」

「任せとけ」

「見付かるのが仕事ってのもアレだけどな」


 俺とグローは坑道に入る。

 グローの設置型魔法を解除して、狗鬼達を坑道の中から釣り出してくるのが目的だ。

 坑道から出てきた狗鬼をこの砦で、文字通り迎え撃つ。


「では、行ってくる」


 そう言って、グローは魔法を解除し、坑道へ入った。

 俺も後に続く。


やっこさんも軍備を整えておるだろう。単眼鬼はすぐには出して来ない筈だ」

「あちらさんにとっては最終兵器だろうからな」

「逆に言えば、狗鬼は無限に湧いてくる可能性もある」

「どれだけ早く単眼鬼を倒して、指揮官に辿り着けるかだな」


 俺達は速足で奥へ進んだ。



 坑道の中は異様なくらいに静かだった。


「やけに静かだな……」


 思わず俺は呟く。

 かなり小声だった筈だが、予想以上に大きく聞こえる。


「あまり緊張するな、ガル」


 グローは普通に話している。


「自分の声が大きく聞こえるのは緊張しておるからだ。もう少し肩の力を抜け。動きが悪くなるぞい」

「分かった……。にしても、静か過ぎないか……?」

「うむ……」


 グローは何か思い当たる節があるのだろうか。

 一度足を止めて、俺の方を見た。


「静かな原因は大きく2つ考えられる。1つは、ただ単に奴らが寝ている線。しかし、戦支度をしておる筈なのに、見張りや巡回も皆無なのはおかしい。この線はまず有り得ないだろうの」


 丁寧な説明で分かりやすい。


「2つ目は、既にこの坑道内に何もいない可能性」

「何もいない?」

「恐らくの。あまりに静か過ぎる。何もいない理由は2つ考えられる」

「撤退か、攻勢か……」


 撤退か攻勢。

 撤退とは、木こりの町に部隊を引っ込めたという事。

 この鉱山内でも戦闘を避け、木こりの町周辺の平地で事を構えるという事だ。

 その場合、俺達が3日掛けて創った砦を、魔王軍側も木こりの町で作っている可能性がある。

 そうなれば、今集まっている兵力ではどうしようもない。

 攻城戦で勝つには、最低でも敵の3倍の兵力が要る。

 完全な手詰まりだ。

 逆に攻勢とは、別の坑道から外に出ている事だ。

 その場合、俺達の砦か街のどちらかを標的にしている筈。


「その通りだ。どちらなのかは、確かめるしかない」


 グローは再び歩き出した。


「そんな悠長でいいのか?街に向かわれたらすぐに落ちるぞ!」

「何、街への道には物見を配置しておる。何かあればすぐにサリィンへ連絡が入る。街には城壁もあるしの、割かし楽だ。問題は砦を攻められる場合だぞい」


 寄せ集めの俺達では、戦いが長引く。

 更に砦を外から取り囲まれた場合、こちらの補給路が断たれるのだ。

 め、つまり兵糧攻めされる可能性もある。


「しかし、相手はそこまで頭が回る指揮官なのか?」

「分からん。しかし、単眼鬼は戦慣れしておったのだろ?可能性は大いにある」

「どっちにしろ、行って確かめるしかないのか……」


 まるで自ら死にに行く様な、最悪の気分だ。

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