第21話 戦略的撤退
グルグルと喉を鳴らす
足元に置いてある巨大な棍棒を拾い上げた。
あんなものを喰らった日には、ただに肉塊になってしまう。
「クソ……、逃げるにも出口はあいつの背後か……」
この先、坑道を進むにしても外に出れる可能性は皆無。
行き止まりに追い詰められて終了だ。
逃げるには単眼鬼を躱す必要がある。
俺が考えていると、単眼鬼は叫びながら棍棒で地面を何度も叩く。
完全に興奮状態だ。
単眼鬼は人語を介しない。
つまりバズグルの時の様に、言葉で相手に隙を生ませる事が出来ない。
単純なフィジカルの戦いと言える。
勝機はゼロに等しい。
「等しくても、皆無じゃない……」
呟きながら、近くに落ちていた壊れかけのピッケルを拾った。
ヘッドとシャフトの接合部分が腐食している。
足でヘッドを踏み、思いっ切りシャフトを引っこ抜く。
ただの棒になった。
「行けるか分からんが……」
単眼鬼の攻撃をこの棒でいなし、活路を見出すしかない。
それ以外にない。
先程の音で
時間を掛ければ事態は悪化するだけだ。
急ぐしかない。
俺は地面を蹴り、単眼鬼へ向かって走る。
単眼鬼が大きく横に振りかぶった。
この単眼鬼、頭は悪くない。
縦振りよりも横振りの方が有効範囲が広く避けづらくなる。
(頼む、折れないでくれ……!)
俺は懇願するように祈りながら、右手で棒の端を握り締め、左手は拳を握り締めた。
その拳の上に棒を添わせる。
棍棒が右から音を立てながら迫る。
ほんの少しでいい。
棍棒の軌道を逸らせれば、逃げれる可能性が出てくる筈。
棒に棍棒が接触する。
身体中にミシミシと軋む音が響く。
棒の軋みなのか、俺の骨の軋みなのか分からない。
(頼む!)
それは一瞬だった。
棍棒が俺の頭上をかすめる。
上手くいった!
しかし、勢いを殺しきれていない。
大きく身体が揺さぶられる。
かち合った時の衝撃で、両手は電気が走った様にビリビリと痙攣し、全く力は入らない。
しかし、これはチャンスだ。
俺は握っていた棒を捨て、とにかく入り口に続く通路へ走った。
軌道を逸らされ、勢いのまま振り抜く形になった単眼鬼はバランスを崩していた。
代わりに狗鬼達が雄叫びを上げながら迫って来る。
目の前に1匹が立ちふさがる。
俺は力一杯地面を蹴る。
跳躍しながら、狗鬼の鼻先に右膝を突き入れた。
倒れる狗鬼を踏みつけながら体勢を立て直し、再び走る。
何か時間稼ぎになるモノはないか。
狗鬼は四つ足で走る事が出来る。
足止めが必要だ。
チラリと背後を確認する。
数匹が追い掛けてきている。
すぐに追いつかれる距離だ。
俺は走りながら自分の所持品を思い返す。
アレがあった。
上手く力が入らない右手を雑嚢に突っ込み、閃光爆弾をなんとか取り出す。
導火線を
全力で走りながらではなかなかうまく火が点いてくれない。
「クソ!」
やっと導火線に火が点いた。
数を数える。
タイミングを合わせないと、狗鬼達の後方で爆発してしまう。
手から閃光爆弾を落とす。
地面に落ちた瞬間に炸裂した。
ちょうど通路が右に曲がっている。
俺はそのままのスピードで曲がる。
後方から立て続けに鈍い音が聞こえた。
視界を奪われた狗鬼達が曲がり切れずに壁にぶつかったのだろう。
多少なりとも時間稼ぎが出来ただろうか。
しかし、入り口はまだ遠い。
単眼鬼は追撃には加わらない筈だ。
となれば、一度追手を退ける方がいいのか。
いや、どれくらいの数が潜んでいるか分からない。
一度戦闘になったら、無限に狗鬼が湧いてくる可能性がある。
分が悪いにも程がある。
閃光爆弾はあと1つ。
使ったとしても、坑道を出るまでに1回は追いつかれる。
「俺にも魔法が使えたら……!」
グローの様に壁が壊せたらここまで苦労はしなかっただろうか。
しかし、大見得を切ったのは俺だ。
どうにかするしかない。
もうすぐあの穴の筈。
グローの予測では例の木こりの町に繋がっている。
祈るしかない。
行く手に狗鬼がいない事を。
右手に握った最後の閃光爆弾に火を点けるタイミングを考えながら、とにかく走る。
穴が見えた。
それと一緒に1匹の狗鬼がいる。
「1匹なら斬り捨てる!」
俺は閃光爆弾を雑嚢に戻し、左手で鞘を握ろうとした。
「ぐっ!?」
左手に激痛が走る。
単眼鬼の攻撃を受け流した際に、拳にしていた左手を負傷したらしい。
骨にヒビ、最悪折れているかもしれない。
「クソ!」
俺は悪態を吐きなが、地面を蹴る。
狗鬼の鼻先に膝を叩きこむ。
立ち上がってもう一度走り出す。
追手の狗鬼がすぐ後ろに迫る。
閃光爆弾に火を点ける。
カウントして、自分の目の前に落とす。
左腕で目を覆い、閃光に備える。
目が眩んだ狗鬼達が転倒して離れるのが分かる。
しかし、1匹が俺の背中を引っ掻いた。
「ぐっ!」
俺の影に隠れて、閃光をやり過したのだろう。
今度は飛び掛かってくる。
倒れ込みながら狗鬼に向き直る。
右手に投げ
地面を転がる最中、狗鬼の頭に握り締めた投げ小剣を突き立てる。
狗鬼の死体を蹴り飛ばし、すぐにまた走り出す。
外の光が見えてきていた。
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