第20話 やはり簡単ではない

「ガル、これはいかんぞ……」


 あの穴からかなりの距離を歩いた筈だ。

 再びグローの足が止まる。


「なんだ?」

「すぐに戻ってギルドに連絡しろ!これはワシらの手に負えん!」

「どういう事だよ?」

「この先、500メートル程行けば少し広い場所に出る。そこにいる敵の気配は複数。大物もおる……」


 グローの顔に生汗が流れる。

 こんなに張り詰めたグローを見たのは久しぶりだ。


「大物……」

黒醜人オークではないぞ……。それより遥かにデカくて強い……」

「……、分かった」


 俺はグローを押しのけ、前に出た。


「何をしておる!」

「ギルドへの連絡はグローがしてくれ。俺はその大物の正体を探る」

「馬鹿を言うな!ここは坑道だぞ!お主よりワシの方が適任だ!一度迷えば二度と出られなくなるぞ!」

「そう叫ぶな、気付かれるぞ。敵の規模を探るだけだ、道も覚えている」

「だが!」

「グロー、敵を感知したのはお前だ。俺にはまだはっきりとは危険度が分からない。お前がギルドへ連絡しろ。第2報として俺が大まかな規模を報告する」


 グローは何か言いたげだったが、それを飲み込んで頷いた。


「無理はするなよ、ガル。来た道をそのまま帰れ……」


 そう言って、グローが俺に何かを手渡してきた。


「……、これは?」

地の精霊ノームの加護を受けたお守りだ。持っておけ」

「ハハ、やけに殊勝じゃないか、グロー」


 笑う俺を、グローは一喝した。


「馬鹿者!土中を舐めるな!鉱矮人ドワーフだろうが、土には勝てんのだぞ!ましてや、魔王軍もある!気を抜いたら死ぬぞ!」


 初めてグローに叱られた。

 俺にはまだ感知出来ていないが、それだけヤバい状況なのだろう。

 俺は笑うのをやめ、受け取ったお守りを仕舞う。


「分かった。戦闘は無し、偵察のみだ。すぐに追い掛ける」

「待っておるぞ」


 そう言い残してグローを来た道を走って戻った。


「さて、何が出てくるか……」


 俺は速足で通路を進む。

 狗鬼は夜行性でも昼行性でもない。

 この様な坑道をねぐらとし、食糧確保以外で外に出る事はない。

 矮鬼の様に昼間に寝て、夜に活動するという種族内共通の生態ではないのだ。

 その群れごとで活動時間が異なる。

 役所から借りた資料を基に、今日の探索時間を設定した。

 この坑道にいる狗鬼達は、深夜に寝始め、昼頃に起き、夕方から夜にかけて外に出るというサイクルで生活していると推測される。

 今は朝なので、まだ寝ているだろう。


「ここか……」


 グローが言った通り、500メートルほど進むと開けた場所に出た。

 中を伺う。

 20メートル四方程の空間が広がっている。

 天井も10メートルくらいあるだろうか、縦横無尽に足場が組まれ、その足元を照らす蝋燭が点々と揺らめいていた。

 そして、中から漂う独特の獣臭。

 俺は音を立てないように広間の様な空間を進む。

 やはり、予想よりも狗鬼の数が多い。

 ここだけで20匹以上はいる。

 更に奥に進む。

 どうやら、この空間は地中に設けられた休憩所の様なものらしい。

 壁面にドアが設けられている。

 閉じられたドアが2枚、開け放たれたドアが1枚。

 開け放たれたドアに近付く。

 中にはツルハシやシャベルなど、採掘用の道具が集められていた。

 閉じられた1枚に近付き、ゆっくりと開ける。

 覗いてみると、黒醜人が1匹眠っていた。

 先日のバズグルが着ていた鎧とよく似たものが置かれている。

 やはり魔王軍だ。

 音を立てずにドアを閉める。

 残りのドアへ近付こうとした時、俺は地面のぬかるみを見付けた。

 そのぬかるみを見てギョッとする。

 狗鬼や黒醜人達の足跡に紛れて、一際大きなのもがある。


「これは……、サイクロプス!?」


 単眼鬼サイクロプス

 3メートルを超える強靭な肉体を持つ、一つ目の食人鬼だ。

 言語による意思疎通も可能な知性を持つ。

 魔法こそ使えないが、物理攻撃力の高さは文句なしのトップクラスである。

 ギルドに単眼鬼の討伐依頼が出された際は、熟練の冒険者4人以上の人数制限が掛かる程の大物だ。

 それが単体ではなく、魔王軍としてここにいる。

 グローが焦る意味がようやく分かった。


「チッ、単眼鬼がいるのは分かった。だが、肝心の規模が掴めん……」


 もう少し探索する事にした。

 危険は承知の上。

 更に奥へ続く通路へ入ろうとした時だ。

 強烈な殺気を感じ、咄嗟に左へ転がった。

 2.5メートル程の長さの槍が、矢のような尋常じゃない速さで俺のいた場所へ飛んできた。

 槍はそのまま、石化した壁面に何度も当たり、ガンガンと音を立て火花を散らしながら通路の奥へ消えていった。


「万事休す……、か」


 甲冑に身を包んだ単眼鬼がそこに立っていた。

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