第19話 魔王軍と縁がある?

 女性が用意した多い資料の中から、坑道の地図と村の周辺地図、それと狗鬼コボルドの目撃情報と被害状況だけを借りた。

 色々と用意してくれるのはいいが、過ぎたるは及ばざるが如しだ。


「こんな村でも、ちゃんとした酒場があるとはな」


 グローはガハハと笑いながら3杯目の樽ジョッキを空にした。


「ここの人に失礼だろ……」


 溜息を吐きながら、イノシシの肉が入ったシチューを口に運ぶ。


「何じゃ?今日は飲まんのか?」

「昨日しこたま飲んだから要らん」

「ハハハ!今日は独りだしの!何だったら、あの役場の女子おなごでも誘ったらどうじゃ?好みのつらだろうて」

「しょうもない事言ってると、ぶつ切りにするぞ……」

「ガハハ!まだ機嫌が良くないのか!」


 グローは上機嫌だった。

 どうも、この村のエールが気に入ったらしい。

 まぁ、酒さえあればこいつは機嫌がいい。


「はぁ……」


 再び溜息を吐き、村周辺の地図に目を落とす。

 狗鬼の襲撃にあった現場と、目撃された場所を×バツ印として書き込んでいた。

 この地図は役所に借りたものではなく、それを写したものだ。

 これは簡単な魔法が掛けられた羊皮紙で、重ね合わせれば簡単に複写が作れる。

 この複写機能は一度しか使えないので使い捨てになるが、便利なので少々高いが使っている。

 ピュートのお陰で、前よりも安く買えるようになったのは有り難い限りだ。


「地図なんぞ見よって、相手はたかが狗鬼だぞ?正面から叩き潰せばよいだけだろう」


 グローは相変わらずガハハと笑っている。


「用心しとくに越したことはないだろ」

「ま、それはお主の仕事だからの」

「人任せにするな」

「ワシは鉱矮人ドワーフなんだぞ?地図なんぞ要らん」


 確かにそうかもしれない。

 一定範囲内の地形は感覚で把握できるのが鉱矮人だ。

 坑道なども地図無しで迷わない。

 しかし、俺が知りたいのは道のりや地形だけではないのだ。


「うむ……、やはり坑道内をねぐらにしているようだな」


 グローの事を完全に無視して俺は頭を回転させる。

 襲撃現場や目撃現場は、第3坑道入り口を中心に広がってるようだ。

 普通に考えて、ここが奴らのねぐらになっている。


「既に全坑道周辺の住民は避難している。その避難から4日……」


 空き家となった民家に狗鬼が住み着いている可能性もある。

 そして何より、この第3坑道は5つある坑道の中でも一番長い。


「グロー。この坑道、こことは別の出入り口があると思うか?」


 酔っ払いだが、坑道に関しては鉱矮人の方が良く知っている筈だ。


「うむ……。この地図では何とも言えんが、坑道の出入り口は1つしかない場合が多い。しかし、それなりの規模になれば話は別だがな」


 案外真面目な答えが返ってきた。

 しかし、地図だけでは把握できない部分が多い。


「行ってみるしかないか……」


 その日はそのまま宿に泊まり、俺達は翌朝から坑道の探索を始めた。


「寂れた坑道だのぉ。鉱物よりも狗鬼の臭いの方が強いわい」

「50年も前に閉山したんだ。鉱物が残ってても粗悪な石ころ程度だ」

「しかし、狗鬼共は何故こんな干からびた鉱山を選んだんじゃ?」

「人がいないからじゃないのか?」

「狗鬼はワシらより鼻が利く。鉱物の匂いには特にの。こんな鉱山に住み着く事自体が謎だ……」


 グローは首を傾げていた。

 鉱矮人と狗鬼の生態は似通っている。

 良質な鉱脈を求め穴を掘り、その鉱物を武器などに鍛える。

 出来上がった物の質は、圧倒的に鉱矮人の方が上なのだが、良質な鉱物や鍛冶への欲求の強さは同じなのだろう。

 鉱矮人が魅力を感じない鉱山に、狗鬼がわざわざ住み着くとは考えにくいらしい。


「……、魔王軍関係って事か?」

「断定は出来ん。しかし、警戒した方がよいだろう」


 2件連続で魔王軍関係は遠慮したい。

 しかし、どうも嫌な予感がするのも確かだ。

 俺は角灯ランタンに火を灯して、第3坑道へ入った。

 入り口こそ広かったが、先に進むにつれ坑道は徐々に狭くなっていく。

 例によって、グローが先行する。

 俺は左手に角灯を持ちながら、右手に短刀を握っていた。


「どうだ?グロー」

「うむ……、予想以上に深いのぉ……。坑道自体の造りはしっかりとしとる。恐らく通路として使う場所の壁は石化の魔法が掛けられておるらしい。簡単には壊れんぞ」

「鉱山として開かれた当初から、落盤事故を防ぐためにを掛けていたみたいだな。資料にそうあった」

「なんじゃ、あのバカみたいな量の資料を全部読んだのか?」

「全部読んでたら2日は掛かるぞ。鉱山の略歴と、それに関するちょっとした資料だけだ」

「……、真面目だの」

「命に係わるからな」

「照れておるな?」

「照れてねーよ!」


 その時、グローの脚がピタリと止まった。


「なんじゃ、あれ……」


 急に走り出すグロー。

 訳も分からず俺はそれについて行った。


「なんだよ!」

「……」


 グローは坑道の壁を見上げていた。

 そこには直径1.5メートルほどの大きな穴がぽっかりと開いている。


「穴……?」

「見ろ、ガル。この穴、出来て新しい」


 グローの身体からにわかに殺気が溢れ出し始めた。


「新しい……、って事は、狗鬼が掘ったのか?」

「ガル、ワシを持ち上げろ」

「は?」

「早く!」


 グローに言われるがまま、高い高いの要領でグローを持ち上げる。

 少し高い位置に開けられた穴に中をグローが見回し、その壁に手を当てる。


「どうだ?」

「地図を出せ」

「これか?」


 俺は坑道の地図を開く。


「違う!もっとデカいやつだ!」


 今度は村周辺の地図を開く。


「これでも小さ過ぎる……」

「これ以上となると、国土地図くらいだ」


 そう言って、俺は王国全土が記載された大きな地図を取り出した。

 全て広げると2メートル四方の大きなものだ。


「うむ、この鉱山はどのあたりだ?」

「ここが俺達の街だから……、この山だな」


 グローは3種類の地図を見ながら、もう一度穴に目を向ける。


「この穴の先は恐らく、ここに繋がっておる」


 グローが指刺したのは、村から見て山の反対側。

 そこには中規模の町があったのだが、魔王軍との戦いで今は廃墟となっていた。

 盆地の町で、山越えをしなければ辿り着けない、立地の悪い町である。

 元は林業で栄えた木こりの町だと聞いている。


「……、その町は王国軍もノーマークの筈だ」

「他の町とのアクセスが悪過ぎるからの。しかし、裏を返せば……」

「王国に気取られずに拠点化できる……」

「しかも、山をぶち抜くが出来れば、移動も楽になる……」

「……、ちょっと待て。話が飛躍し過ぎてないか?狗鬼の被害しか出ていないぞ?」

の。とにかく、もう少し潜る必要があるの」

「また魔王軍か……」


 俺はうんざりと頭をもたげた。

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