第18話 これ以上頭を抱えたくない
顔に当たる朝日が眩しくて、俺は目が覚めた。
頭が痛い、完全に飲み過ぎだ。
とりあえず起き上がり、ベッドに腰掛けた。
「あ?」
大きな欠伸をしていると、テーブルの上の書置きが目に入った。
『帰ります。飲み過ぎ注意』
セリファだろう。
結局あの後、エールを浴びるように飲んで、セリファを自宅に連れ込んだのだった。
こんなに飲んだのは久々だった。
「勢いとは言え、抱いちまった……」
反省した。
だからと言って、セリファに謝るとなると、それはそれで失礼だろう。
「なんでこんなガキみたいな事考えてんだ……」
重い頭を抱えながら紙巻煙草に火を点ける。
ちょうどその時、ドアがノックされた。
「ガル、起きとるかー?」
グローが俺の返事も待たずにドアを開ける。
「何だ、寝てたのか?」
「今起きた……」
俺はグローに気付かれないように、セリファの書置きを隠した。
「お前が飲み過ぎるとはの。それより、準備は出来ておるのか?」
「あぁ、荷物は出来てる。とりあえず、風呂行ってくるわ……」
「おお、行ってこい。ワシはここで待っておるぞ」
グローがテーブルの前にドカリと座り、パイプに火を点けた。
俺は怠い身体のまま、公衆浴場へ向かう。
街には公衆浴場が数件ある。
王国の経営で、安く風呂に入れるのだ。
自宅に風呂が付いている家など、王都に住む貴族か金持ちくらいしか住めないのだ。
俺は自宅から一番近く、常連になっている公衆浴場へ向かった。
すると、女湯からちょうどセリファが現れた。
「あ」
何とも気まずそうな顔をしている。
「おう、もっと早く帰ってたのかと思ったぞ」
「誰のせいで足腰立たなくなったと思ってんのよ!」
開口一番怒られた。
しかし内容が内容だけに、我に返ったセリファは自分の口を手で覆い、周りを見渡す。
幸い、誰もいなかった。
「さっきやっと歩けるようになったのよ?自分だけスヤスヤ寝やがって……」
今度は小声で文句を言ってくる。
「はぁ、抱いてる時はあんなに素直で可愛かったのに……」
わざとらしく溜息を吐いてみせる。
「な!?二度とアンタの酒には付き合わないわ!」
逆撫でしたようだ。
しかし、朝から元気なもんだ。
セリファの怒鳴り声で頭がグワングワンする。
とりあえず、風呂に入ってサッパリしよう。
俺は男湯の入り口をくぐった。
†
「おう、早かったの」
パイプを咥えたグローが俺の自宅でくつろいでいた。
「眠気覚ましに行っただけだからな」
「フン、酒と
バレていたらしい。
迷惑な事に、
「女抱くくらいいいだろ?」
「どうせ相手はセリファじゃろ」
「うっせーな」
「あんなガリガリのどこがいいのか、ワシには分からん」
種族によって、好みのタイプは違う。
とは言っても、異なる種族でのカップルも少なくない。
鉱矮人は鉱矮人を好むようだが、それでも混血は進んでいる。
グローは純血らしいが、純血の鉱矮人の方が珍しくなるのも近いかもしれない。
「鉱矮人の女は小さすぎるんだよな……」
「そら鉱矮人と人間の平均身長が違うから仕方なかろう。だいたい、ガルは人間の癖にデカすぎるのだ」
「そうか?」
俺の身長は197センチある。
この間の巨人のゴールグが217センチで、そこまでデカいとは思わなかった。
人間の男の平均身長は170センチくらいだろうか。
鉱矮人は147センチくらい。
グローは154センチなのでデカい方だ。
「それより、今日出発なのだろ?もうすぐ昼になるぞ」
「分かってる。目的の村はここから近い。夕方には着く」
「知っておる。はぁ、お主が酔っ払うと面倒だのー」
「お前に言われたかねーよ……」
文句の言い合いはいつも通りに、夕方には依頼現場となる村へ到着した。
この村はその昔、鉄鉱石の産地として栄えていた。
村が最も栄えていたのが90年程前、鉄鉱山として開発が始まったのは200年以上前だ。
今では、より純度の高い鉄鉱石が取れる南方の鉱山に役目を奪われた上に、鉱脈自体の枯渇で50年前に閉山した。
それ以降、元々大きな街だったが、今では住民が200人を切る小さな村だ。
「狗鬼の討伐に来た者だ。詳しい状況を聞かせて欲しい」
村の役所で働いているのはたったの5人だった。
いや、この規模の村にしては多いのかもしれない。
「あ、冒険者の方ですね!お待ちしておりました!」
受付の人間の女性が嬉しそうに立ち上がった。
「資料をお持ちしますので、こちらへ!」
奥の会議室らしき部屋へ通される。
「お掛けになってお待ちください」
女性はパタパタと小走りで出て行った。
「なんじゃ、こんな丁寧な対応も珍しいのう」
「まぁ、被害が出始めて日が浅いからな。まだ余裕があるんだろ」
基本的に、依頼現場は惨状と化している場合が少なくない。
ギルドへ依頼を出してもすぐに冒険者が派遣されてくる訳ではないからだ。
その間に被害が拡大し、取り返しのつかない事態になっている事もある。
さらに、狗鬼や先の矮鬼などは1~2匹程度なら一般人にも退治出来る。
出来てしまうから困るのだ。
狗鬼や矮鬼と言った小型種の本当に恐ろしいのは、力や知性ではない。
最も恐ろしいのはその繁殖力だ。
1匹が住み着けば、同族の臭いを感知してすぐに5~6匹なる。
そのまま放置すれば、1ヶ月で100近い数になる事もある。
そうなれば冒険者すら手を焼く事態だ。
小型種が100を超える群れとなると、王国軍の派遣がない限り事態は収束しない。
この間の件など、異例中の異例だ。
俺達のような姑息な手段を使わない場合だと、集団戦に慣れた30人規模の討伐隊を編成する必要がある。
冒険者のみでやる事も出来るが、その場合は50人規模となり、犠牲も多くなる。
冒険者と兵士の違いは、集団戦に慣れているかどうかだ。
俺達の様な冒険者は、依頼によってばらつきはあるが、基本的に個対個の戦いしか経験がない。
逆に、兵士は軍対軍だ。
小型種だろうが、20を超えれば軍と言える。
個対軍では、圧倒的に個が不利となるのは必然である。
しかし、王国はそう簡単に軍を出さない。
小型種相手では軍事練習にもならないからだ。
30人もいれば、いとも容易く殲滅出来る。
さらに、儲けなど殆どない。
まさに慈善事業だ。
まぁ、実入りが少ないのは俺達にとっても同じことなのだが。
「お待たせしました!こちらが我々が持っている資料です!」
ドスンとテーブルの上に置かれた資料。
そのあまりの多さに俺もグローも目が点になった。
「えぇっと……、これは……?」
「え?ですから、今回のコボルドの討伐に関連するであろう資料です!これが村周辺の地図、村民の名簿……。あ!坑道の地図もありますよ!」
溜息と共に、頭を抱えた。
二日酔いがぶり返してきたようだ。
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