狗鬼討伐依頼編

第17話 俺だってイラつく事はある

「フェイ様……」


 真夜中。

 自宅で眠る俺に話かる声がした。

 知っている声だ。

 そして、聞きたくなかった声でもある。


「……、パオか」


 俺はベッドに寝たまま、目を開けることもなく喋る。


「はい。お休みの所、申し訳ございません」


 パオと呼ばれた男は、姿を現さないものの気配だけは発している。


「……、出来れば聞きたくなかったぞ、お前の声は」

「重ね重ね、申し訳ございません。しかし、これだけはお伝えしなければと思い、参上しました」

「手短に頼む」

「組織内に動きあり」

「いつもの事だろ?」

「いえ、今回は違います。動きが大き過ぎる。フェイ様の御身にも影響が……」

「俺はもう関係ない人間だ。それにもうフェイじゃない」

「しかし……」

「警戒はしておく。ただ、やるんだったら自分たちの範囲内でおさめろと、ファンに言っておけ」

「……、御意」


 パオの気配が消えた。

 俺はむくりと起き上がり、舌打ちをしながら紙巻煙草に火を点けた。



「よう、ガル!……、なんだ?機嫌悪そうだの」


 いつもの酒場でエールを飲んでいた俺に、グローが話しかけてきた。

 恐らく、目ぼしい依頼を見繕ってきたのだろう。


「あぁ、何でもない」


 俺は紙巻煙草を灰皿で乱暴に押し潰した。


「お前さんが不機嫌なのも珍しいのう」


 グローは俺の隣のカウンター席に腰掛け、エールを頼む。


「会いたくない奴に会っただけだ」

「前の女か何かか?」

「女の方がマシだ」


 俺は紙巻煙草をもう一本取出し、火を点ける。


「まぁ良い。それより、面白そうな依頼を見付けたぞい」


 そう言って、グローは依頼書を出した。


狗鬼コボルトの討伐か……」


 内容を読み進めた。

 この街から程近い村が、最近になって狗鬼の襲撃を受けているらしい。

 数は3~5匹。

 狗鬼とは、犬の様に口の尖った小柄な種族である。

 鉱矮人ドワーフに似て、鉱物の加工が出来るらしく、主に鉱山の近くに住み着く習性を持ち、群れを形成する。

 加工が出来るとは言っても、知性が低い為に狗鬼の作った剣や斧などは粗悪で、耐久性が低い。

 ただ繁殖力が高い為、放置すればすぐに増えて手に負えなくなる種族だ。


矮鬼ゴブリンといい、狗鬼といい……、最近は小物が多くないか?」

「仕方ないだろ、他は4名以上のパーティ限定の依頼ばかりだ」


 依頼は内容によって、1名以上、2名以上、4名以上など、人数指定があるものがある。

 つまり、俺とグローの2人しかいない俺達では4名以上の指定依頼は受けられないのだ。


「人数増やす事も考えるか……」

「足手まといになるようなら、今のまま2人がええがの」

「お前の要求が高過ぎるんだよ……」

「そんな事はない。ただの数合わせならいない方がマシだと言っているだけだ」


 グローが言う事も一理ある。

 4名以上の依頼となると難易度は跳ね上がるのだ。

 それなりの手練れでなくては、正直、俺やグローの負担が増えるだけだろう。


「まぁ、ある程度の実力者がいれば、勧誘する方向でいいだろ?」

な」


 わざとらしく強調して言うグロー。

 まぁ、今すぐに欲しい訳でもない。

 気長に探せばいい。


「ところで、この依頼の何処が面白そうなんだ?」


 俺は話を戻した。

 グローは何を『面白そう』と判断したのか。

 依頼内容を見た感じ、そうは思えない。


「なに、正面からの殴り合いが出来そうだからだ」

「はぁ……」


 コイツは馬鹿なのか?

 俺は頭を抱えるしかなかった。


「たまには暴れたいと思わんか?」


 グローはニヤニヤと笑いながらエールを飲む。

 なぜわざわざ疲れる様な事をしなければならないのか……。


「だいたい、狗鬼はワシら鉱矮人にとっては害虫みたいなもんだ。害虫駆除で暴れるのも一興よ」


 ガハハと笑うグロー。

 鉱矮人は血の気が多いとは言うが、やはりめんどくさい種族だ。


「3~5匹が襲撃してくるなら、群れの大きさは10匹程度か?」

「恐らくそうだろ。狗鬼は矮鬼と同じく、増えるのが早い。依頼が出されたのが2日前だからの。まだ増えてはおらんだろ」

「だといいが、前回の件もある。魔王軍の残党という線も捨てきれんな」

「警戒するのに越したことはない」

「グロー、村の周囲が分かる地図を手に入れてくれ。出発は明日だ」

「任せておけ」


 そう言ってグローは酒場を後にした。


「アイツ……」


 話している間にエールをジョッキ2杯飲んだ。

 その代金を払わずに出て行ったのだ。


「飲み代はいつもガル持ちなの?」


 グローが飲み干したジョッキをセリファが片付ける。


「アイツが払わないだけだ」

「お金は持ってるんでしょ?」

「当たり前だ!報酬はちゃんと分けてる!」


 俺は自分のジョッキを荒々しくテーブルに置く。


「私に怒らないでよー」

「なんでいつも俺が払わないといけないんだ!」

「いつになく荒れてるわね……」


 イライラしている俺と少し距離を取りながら、セリファはテーブルを片付けていた。


「セリファ!」


 近くにいるのに、わざと大声で呼ぶ。


「な、何よ?」

「今日は俺に付き合え」

「はぁ?」

「大将!セリファを借りるぞ!」


 俺の呼びかけに、大将が厨房から顔を出す。


「いいぞ。今からお前の貸切だ。セリファ、表締めとけ」

「はぁ!?まだ夕方ですよ!?」

「セリファ、ちょっと来い」


 大将がセリファを呼びつける。


「何ですか……?」

「ガルが荒れてるのは珍しい。好きにさせてやれ」

「もう……」


 そうしてそれ以降、酒場は俺の貸切になった。

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