第10話 エルフの相手はエルフに任せた方がいい

 俺とグローは飯の準備を始めると、遠くから馬の蹄の音が伝わってきた。

 ピュートが戻ってきたのだろう。


「帰って来たか」

「思ったより早かったな」

「そうだ」


 エルウィンの方を振り返ると、案の定戦闘態勢に移行している。

 俺はエルウィンに笑いながら経緯を説明しようとした。


「敵じゃない。分かるか?敵じゃない、仲間だ」

「敵……、じゃない……?」


 オウム返しするが、いまいち分かっていない。

 俺は少し考えた後、荷物と一緒に置いていた剣や小剣ナイフを指差した。


「な?武器は置いてる。戦いにはならない。エルウィンも弓を置け」

「……」


 弓と俺を交互に見た後、エルウィンは弓矢と短剣を俺の剣の隣に置いた。


「戻りましたー!」


 ピュートが手を振りながら声を張り上げた。

 馬は2頭、軽装ながら防具を着けられていた。


「貴殿がガル殿ですか」


 翡翠色のマントを翻しながら、王国軍と思わしき片方の兵士が言った。


「ああ、俺がガルだ。こっちはバディのグロー」

「よろしゅう」

「今回はご連絡頂き、ありがとうございました。私は王国軍東方司令部所属のサリィンです。こっちは、部下のコフィーヌ」

「お初にお目にかかります」


 互いに握手を交わす。


「大まかな経緯はピュート殿から伺いました。ゴブリンとは言え、魔王軍の残党。現在、討伐部隊を編制しております。皆様は安全な場所への退避をお願い致します」


 討伐部隊の編制と聞いて、俺は驚いたと同時に笑いそうになる。


「その話なんだがな……、非常に言いにくいんだが、全部倒しちまったんだ」

「……はい?」


 ここまで見事なキョトン顔はなかなか見れない。


「話では100人規模の部隊と伺いましたが……」

「あぁ、ワシとガルで殲滅した。黒焦げの死体がここから程近い、街道横の休憩所に。残りはあの神殿の中だ」

「街道途中で倒した奴も黒焦げの近くに置いている。確認してくれ。部隊長はバズグルって言う黒醜人オークだ。そいつも神殿の中に放置してる」

「わ、分かりました……。コフィ、休憩所を確認しろ。私は神殿をあたる」

「はっ」

「休憩所までは私が案内します」

「助かります、ピュート殿」


 ピュートはコフィーヌに抱えられるように馬に乗せられ、再び街道へ向かった。


「本当にお2人で殲滅したのですか……?」

「疑っておるのか?」

「いえ、そんな事は。しかし、いくら矮鬼とは言え、100人を殲滅とは……」

「疑うんだったら、神殿の中を見てくるとよい」

「承知しました。ところで、そちらの方は?」


 サリィンがエルウィンを見て言った。


「あぁ、話すと長いんだが……」


 俺はエルウィンについての経緯を簡潔に喋る。


「古代……、耳長人エルフ……!!」


 サリィンは思わず声を上げた。


「ところで、あんた耳長人だろ?」


 サリィンの兜からは尖った耳と金髪ブロンドが覗いていた。


「私は耳長人と人間ヒューム混血ハーフなんですが、どうも耳長人の血が濃く出ているようで」

「あんた、古代耳長人語は分かるか?俺達じゃ全く会話が出来ないんだ」

「古代耳長人語……」


 既に死んだ言語。

 しかし、その一部は上級魔法の呪文などに残っているらしい。

 その言語自体に力が宿るとも言われ、一部の耳長人は少しだけ喋れるとも聞いた事がある。


「喋れはしませんが……、簡単な文章なら多少書けます。王都の研究者であれば会話出来るかもしれませんね……」

「とりあえず、現状を教えてやってくれないか?」

「というか、王国軍に保護してもらった方がよくないかの?」

「確かに。王都なら会話できる相手もいるし、その研究者も喜ぶぞ」

「そうですね……、一度、東方司令部に報告し、軍に判断を仰いだ方が良いかもしれませんね。それまでは我々が保護する形で」

「うんうん、それがいい」


 軍ならエルウィンを悪いようにはしない筈だ。

 言語学的にも考古学的にも、エルウィンの存在は大きな価値がある。

 話がまとまりかけた時、再びエルウィンの腹の虫が鳴いた。


「忘れてた、飯の準備してたんだ」

「そうだったそうだった!」


 そう言って、俺達は再び昼飯の準備を始めた。


「お昼ですか?」

「ああ、エルウィンが腹減ってるみたいで」

「ちょっと待って下さい!」


 サリィンが急に大きな声を出した。


「どうしたんだ?」

「エルウィン殿は1000年も眠っていたのですよね?」

「恐らくな。1000年以上かもしれん」

「久々の食事は柔らかく、消化にいいものにしないといけません!」

「え?」


 俺とグローは腸詰を食べさせる気満々だった。


「急に固形物を摂取すると、最悪、死にますよ!」

「そうなのか?知ってたか、ガル?」

「あぁ……」


 俺には思い当たる節があった。

 まぁ、ここで話す様な事ではないので黙っておく。


「ふむ、となると野菜のスープ辺りが良いのかの?」

「そんなもんここにねーよ……」

「私に任せて頂いてよろしいですか?耳長人の非常食で流動食を作ります」

「おぉ、それは助かる!」

「頼んでいいか、サリィンさん。俺達はあんたが見聞しやすいように、中の死体を外に並べとくよ」

「助かります。エルウィン殿との会話も試してみます」


 エルウィンの事はサリィンに任せて大丈夫そうだ。

 サリィンが面倒見のよさそうな耳長人で助かった。

 俺達は再び礼拝堂へ戻り、死体の処理を始めた。

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