第6話 策も無しに戦場で喋るもんじゃない
真っ暗な洞窟の中を、申し訳程度に点々と設置された小さな松明が照らし出す。
俺はその弱々しい灯りを頼りに奥へと進む。
松明は常備しているが、暗闇に目を馴らす為にあえて使わない。
夜の住人である
下手に松明を使えば、それを失った際のリスクが大き過ぎる。
全神経を集中させ、洞窟内の気配を探る。
壁や床や天井には綺麗に切り出された真四角の石が敷き詰められ、ここが洞窟である事を忘れる程だ。
そして、予想以上に深い。
「こいつは予想外だな……」
街の規模から考えても、この神殿は大きすぎる。
もしかすると、先程の街の部分は単なる中心地で、この辺りを統べる一つの国だったのかもしれない。
まぁ、大昔の事は俺には分からん。
それを調べるのは考古学者であり、俺ではない。
ここが過去にとある国の中心的都市だったとしても、今はただの矮鬼の巣だ。
とにかく、奥へ行くしかない。
最奥には祭壇が設置された広い礼拝堂があるはずだ。
大勢の矮鬼が寝るにはちょうどいいだろう。
また、これだけの神殿なら、司祭などの聖職者達が過ごす部屋もあるだろう。
リーダーがいるとすればそこかもしれない。
「ここか……」
通路の壁にドアが現れた所で、俺は足を止めた。
元は聖職者たちの控室だろう。
中は殺気立っている様だ。
リーダーがいるのはここだが、こいつは後回しだ。
まずは雑兵を減らす。
装備を整えて礼拝堂に集結してくれていれば楽なものだ。
再び歩き始めてすぐに、通路の突き当りに大きな扉が現れた。
片方だけ開け放たれている。
中を伺うと矮鬼達の姿が見えた。
やはり整った装備をしている。
数にして20~30匹か。
広い礼拝堂の中、真ん中あたりに固まっている。
俺は雑嚢の中から準備していた手のひら大の黒い球を3つと、特殊な形の
そして、開け放たれた片方の扉を力任せに閉じた。
その轟音に気付き、中にいた矮鬼達が俺の方を見る。
「そうだ、俺の方を見ろ」
そう言って、既に導火線に火を点けておいた黒い球を投げる。
保護口当を装着しながら俺は耳と目を塞ぐ。
火薬が爆ぜる共に、強烈な光を放ち、白い煙が礼拝堂に充満した。
俺が投げたのは閃光爆弾1つと、煙幕爆弾2つだ。
暗闇に慣れた矮鬼達の目は、閃光で半日は使い物にならなくなる。
そして煙幕。
この煙幕には、圃矮人達が持っていた毒草から作った強力な痺れ薬を混ぜている。
一呼吸で筋肉が痙攣し、吸い込んだ量にもよるが最悪の場合、呼吸不全で窒息死する。
俺が装着した保護口当には、吸気する場所が1カ所で、そこに綿や布を詰める事が出来るようになっている。
もちろん、この痺れ薬の解毒薬をたっぷりとしみ込ませた布を詰めているので、俺には問題などない。
このまま待っていれば、10分程でこの礼拝堂にいる俺以外は全て死に絶えるだろう。
しかし、そんな悠長な時間はない。
目を見開いたまま倒れて動けなくなっている矮鬼に近付き、ソイツが抱えていた槍を手に取った。
「早く済ませるか……」
力任せに閉じた扉の向こうから、複数の足音が近付いている。
その中の1匹はデカい図体らしい。
俺は素早く槍を倒れた矮鬼達の首に刺していく。
18匹目を処理した時、礼拝堂の両扉が開いた。
4匹の矮鬼を連れた、一際大きな身体は毛むくじゃらに見える。
「珍しい、
毛矮鬼とは矮鬼の亜種、簡単に言えば毛むくじゃらの馬鹿デカい矮鬼だ。
単独行動を好み、深い森の奥に住み着くため、目撃情報も少なく、絶滅説も出ている。
「あ?誰が毛矮鬼だって?」
地鳴りにも似た低い声が響く。
「お前さんだよ」
「冗談じゃねーぞ。俺様をあんな低能な種族と一緒にするな」
「毛矮鬼じゃないのか?毛皮着てるだけ?なーんだ、追加報酬が付くと思ったんだがなー」
「舐めてんじゃねーぞ、貧弱なヒュームの分際で。俺様は魔王軍の百人長、
「百人長、……ップハハハ!」
思わず吹き出してしまった。
そんな俺の反応にバズグルは激昂したのだろう。
全身を震えさせ、息が荒くなった。
「すまんすまん、悪気はないんだ。ただ、こんな矮鬼の雑兵100人の長で、そんなに偉そうに言うから、ギャグかと思っちまった」
笑いながら俺は、両手に投げ
「黙れ!俺様は後々魔王軍の将軍になるんだ!」
「あぁ、そうかい」
俺は手首のスナップだけで4本の小剣を投げ、バズグルの周りにいた4匹の矮鬼を倒す。
「なっ!?」
音もなく崩れ落ちた矮鬼達に驚くバズグル。
「バズグル百人長、お前は将軍になれやしない。頭も悪い上に、こんなに近くにいる俺の動きを全く把握できてない」
「貴様!」
「ここはもう戦場だ。策もなしに戦場で無駄口を叩く奴は死ぬだけだ」
「何を!」
バズグルは手に持っていた巨大な
しかし、しっかりと握っていた筈の鉈はバズグルの手からスッポリと抜け、後方の遥か彼方へ飛んで行った。
「何っ!?」
バズグルが自分の手を見る。
その瞬間、ガクリと脚から崩れ落ちたバズグルは何が起きているのか分からず、目を白黒させている。
「自分の脚が斬られたのにも気付かないのか……」
俺は血の付いた剣を捨てる。
バズグルが飛んで行った鉈に気を取られている間に、死んだ矮鬼が腰に釣っていた剣を拝借し、バズグルの両内腿を斬ったのだ。
「クソ!
「教えてやろう。まず、何故お前の鉈が飛んで行ったのか。それは俺がばら撒いた痺れ薬の煙を吸ったからだ。扉を開けた時点で濃度は薄くなったが、効果はある。中にいた23匹が俺から簡単に殺された意味が分かったか?」
俺は話しながら矮鬼の首に突き刺さった投げ小剣を回収する。
「この俺様が、人間の
バズグルのそのセリフに、また俺は吹き出してしまった。
「確かに、俺は斥候だ。だがな、俺は斥候であり
矮鬼の剣をバズグルの喉に突き立てた。
「さて、後の処理をしないとな……」
俺は再び礼拝堂中央に足を向けた。
礼拝堂にいた矮鬼は23匹。
槍で刺したのは18匹だ。
残りの5匹も既に窒息死しているだろうが、念のためのとどめを刺して回った。
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