第4話 複数相手が出来ないなら廃業だ

 往路初日は何も起きず、平和に過ぎた。

 2日目、森も深くなり、昼間だというのに薄暗い。

 この辺りからモンスターが出没しやすいエリアだ。

 グローもちゃんと起きて、最後尾の荷台から後方を警戒している。

 俺は相変わらずステルビアを咥えたまま、馬に跨っていた。


「ん?ちょっと止まってくれー」


 先頭の御者に告げる。

 俺の後ろに付いて来ていた3台の荷馬車はゆっくりと止まった。


「何かありました?」


 先頭の御者が心配そうに言う。


「あぁ、待ち伏せアンブッシュだ」


 俺は馬から降り、足元に落ちていた枝を拾う。


「何をする気で?」

「まぁ見てな」


 俺は左手で剣の鯉口を一度切り、再び収める。

 パチリという独特の音が響くと、少し遅れて後方からガンガンと言う金属同士を叩く様な音がした。

 俺たちなりの合図だ。

 グローも準備完了らしい。


「荷馬車から出るなよ?」

「はい……」


 俺は前方に向けて枝を放り投げる。

 投げた枝が地面近くの空中で軌道を変えた。

 その瞬間、道の両脇から数本の矢が一斉に飛ぶ。

 本来ならばそこを通りかかった荷馬車に降り注ぐ筈だったのだろうが、生憎だが何もない。

 矢が地面に刺さると同時に、両脇から矮鬼ゴブリンが5体飛び出してきた。

 しかし、生憎だが何もないのだ。

 矮鬼たちは予想外の展開に、当たりをキョロキョロしている。


「残念」


 俺は剣を抜く勢いをそのままに、1匹の首を飛ばした。

 他の矮鬼が俺に気付くが、遅い。

 更に一歩踏み込みながら腰を落とし、左の肘を出す。

 2匹目の顔面が拉げ、吹き飛んだ。

 その間に振り抜いた勢いを利用して、右手の剣を逆手に持ち替えながら、更に一歩。

 右手を前に出しながら3匹目の頸動脈を撫で斬る。

 そのまま右腕を畳み、肘で4匹目の顎を殴打。

 顎が砕けた感触を確認し、矮鬼を右足で押し蹴る。

 右足を地面に付き、そのまま重心を乗せ、一瞬力を溜めた後、飛ぶようにして左脚を蹴り出す。

 蹴り脚が5匹目の喉元に入ったまま、後方にあった木に矮鬼を叩きつけた。

 首の骨が折れるくぐもった音が響く。


「終了っと……」


 剣に着いた血を布で拭き取り、鞘に収める。

 パチリという音の後に、再び後方からガンガンという音。


「後ろも完了らしい。さ、出発だ」


 俺は何事もなかったように馬に跨る。


「強い……」


 御者が目を見開いたまま小声で漏らした。


「複数相手に一人で突っ込むなんて、見た事ない……」


 いつの間にか先頭の荷馬車に移ってきたピュートが言う。

 その言葉に、思わず俺は笑ってしまった。


「敵が複数の場合、先手必勝。瞬時に1体を派手に倒す事で、相手を怯ませる。手早く片付けるには打って付けだ」

「にしても、ガル殿は剣士であり徒手格闘家なんですね?」


 ピュートは何とも面白い事を言う。

 俺が格闘家だと?


「ハハハ、そんな大それたもんじゃないよ」

「でも、剣で倒したのは最初の1匹だけですよ?」

「リーチの問題だよ。あれだけ密集してると、剣を振るうより、格闘技の方が取り回しやすい」

「今まで、格闘家はある程度見た事がありますが、あの動き方、初めて見ました」


 どんな格闘家を見てきたのだろうか。

 まぁ、俺が使っている奴はマイナーな流派の技をベースにしている。

 見た事がなくても当然かもしれない。


「師匠はいるが、剣術と合わせたのは俺自身のオリジナルだ。我流ってやつだよ」

「凄い……」


 ピュートが尊敬の眼差しを向けてくるのを背中で感じる。


「ハハハ!1対複数をこなせない奴は賞金稼ぎバウンティハンターなんて出来ないぜ。稼ぐためには、少人数で支払いのいい依頼をこなさないとな」

「しかし、安心しました」


 小さく溜息を吐くピュート。

 そんなにも俺達は頼りなかったのかと、少し情けなくなった。


「だから言ったろ?後悔はさせないって。ま、今日の夜辺りは警戒しないとな」

「え?」


 瞬時に顔色が不安に塗り替わる。


「あいつら、俺達は5匹しか見てないが、後方のグローも何匹が倒した筈だ。合わせたら10匹前後だろう。装備も整っていた。それなりにデカい群れの実働部隊と見て間違いない。1匹逃がしたしな」

「逃がした!?」

「顎を砕いてやった奴だよ。わざと逃がしたんだ」

「どうして!?また襲われるかもしれないじゃないですか!!」


 ピュートは既に泣きそうになっている。

 それが見ていてなかなか面白い。


「ゴブリンなんざ雑魚中の雑魚。金にならないからいつもなら見逃すんだがな。腸詰とコッフェのお礼だ。この辺りに巣食ってるゴブリンを一掃してやるよ」


 久々にスカウトらしい働きが出来そうだ。

 今の俺の笑顔はそれはそれは邪悪なものだろう。



 輸送隊は夕方早めに野営準備に入らせた。

 休憩所にはグローを残し、俺はその周りを歩いた。

 深い森で、草木が生い茂っている。

 足元も良く見えない上に、夜には月明かりも届かないだろう。

 自然林のお陰で風の通りはいい。

 焚火の灯りと食事の匂いで矮鬼にはすぐに場所がバレるだろう。

 まぁ、それは織り込み済み。

 恐らく、今回の矮鬼たちは全部で100近くの数がいると見込んでいる。

 普通なら勝ち目はない。

 しかし、要はやり方一つだ。

 一気に100匹全部が襲ってくる事はない。

 グローが倒した6匹を合わせ、既に10匹が殺害されているのだ。

 必ず斥候を出す。

 勝負はそこからだ。

 俺と矮鬼たちの知恵比べ。

 負ける気はさらさらなかった。

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