第3話 この護衛依頼は当たりのようだ

 出発の当日。

 俺とグローはまだ暗く、静まり返った街を歩いていた。


「眠いのぉ……」


 グローが大口を開けて欠伸をする。


「グロー、酒臭いぞ……」


 コイツ、メチャクチャ飲んできてるな。


「なぁに、ワシにとって酒は燃料だ。飲まんと逆に身体が動かん」

「あのなぁ……、今回は客商売だぞ?」

「ワシはワシのやり方でやるだけだ」


 酔いが完全には醒めていないようだ。

 圃矮人ハーフリング達がどんな顔をするか、心配になってきた。

 そうこうしている内に、フィロー商会の前に到着する。

 事務所には煌々と灯りが灯され、まだ夜も明けぬというのに、圃矮人達はせわしなく動き回っていた。

 おっとりとした性格の者が多いと言われる圃矮人だが、商人の圃矮人には当てはまらないと、昨日思い知らされたばかりだ。


「これはこれはお二方、お早いご到着で!おはようございます!」


 俺達をすぐに見付けたピュートが走り寄ってきた。


「朝から精が出るな。感心するぜ」

「ただいま、荷物と書類の最終確認を行っています。もう少しで終わりますので、少々お待ちください」


 ピュートはニッコリと笑った後、パタパタと事務所へ走った。

 グローは相変わらず欠伸ばかりだ。


「ん?」


 俺が事務所の方を見ると、ピュートがぴょこんと顔を出し、手招きをしている。


「ちょっと便所借りてくる」


 グローにそう告げ、俺はピュートの方へ向かう。

 事務所へ入ると、10人程のハーフリングがいた。

 既に書類の確認作業が粗方終わったのだろう、外と違って事務所の中は比較的ゆっくりしている。


「ガル殿、非常に申し上げにくいのですが……」


 ピュートは言いにくそうにしている。

 まぁ、予想はつく。

 グローの事だろう。


「グローの事だろ?あんな状態で大丈夫なのかって」

「えぇ、そうです。あの鉱矮人ドワーフ、昨日は真面目そうな事と言っておいて、何なんですか、あの酒臭さ!前代未聞ですよ!」

「酒好きな種族だから、大目に見てやってくれ……」

「あれでいざという時に戦えるのですか?だいたい、2人しかいないのも不安だ……。商品に何かあったら、私の首が飛ぶ……」


 ピュートはオロオロしている。

 元々ハーフリングは心配症の気質がある。

 だからこそ、盗賊シーフ義賊ローグの様な、慎重さを要する職にも向いているとも言えるのだが、それは商売でもそうなのだろう。

 正直、グローの姿を見れば誰だって不安になるのも確かだ。


「心配しなくていい、俺とグローはベテランだ」

「しかし、荷馬車は3台あるんですよ?囲まれたらどうするんですか!」

「囲まれるような事にはならんから安心しな」

「どういう事です……?」

「俺らを雇ってよかったって思わせてやるよ」


 そう言って、俺はそのまま外に出た。

 真っ暗だった空が、薄っすら群青色に変わりだしていた。

 そろそろ夜明けだ。


「そろそろ出発するぞー」


 先頭の荷馬車で荷物の確認を終えた圃矮人が声を上げ、 馬の頭を撫でた後、御者台に乗った。

 それを合図に、他の2台の御者も手綱を握る。


「じゃ、行きますか」

「前は頼んだぞ」


 俺とグローは短く会話を交わし、俺は荷馬車とは別に用意された馬に跨り、グローは最後尾の荷馬車に乗る。

 ピュートも荷物を抱えて真ん中の荷馬車に乗った。


「しゅっぱーつ!」


 先頭の御者がピシャリと馬に鞭を入れ、輸送隊はゆっくりと動き出した。



 俺はステルビアという草を口に咥えながら馬に跨っている。

 ステルビアとは甘味として料理などでも使われる草だ。

 要は、甘い草。

 流石に巻き煙草を吸う訳にもいかない。

 比較的安全なルートだが、モンスターが出てこない保証はない。

 煙草の匂いで寄って来るモンスターもいるからだ。

 とは言っても、何時間も馬に跨ったままだと口寂しい。

 気を利かせてくれたピュートが、小袋一杯のステルビアをくれた。

 まぁ、しっかりと金はとられた、市場価格の半額だがな。

 しっかりしている。


「ガルさん、そろそろお昼なので休憩しましょう」


 先頭の荷馬車の御者が言った。

 言われてみれば、道に落ちる俺達の影が短くなっていた。


「そうだな、一旦休憩するか」


 道の近くに程よく開けた場所が都合よくあった。


「いつもここでお昼休憩なんです」

「ここは輸送隊の為に拓いたのか」

「えぇ、荷馬車が入るように、商会が許可をもらって拓いた場所です。たまに旅の人も利用しているみたいです」


 広場の真ん中に、石で作られた簡単な焚火が3つほど設置されている。


「そこの細い道をちょっと行けば綺麗な小川もあるので、水の確保も出来ます」

「便利だな。てか、もしかして各地に点在する休憩所って商会が作ったのか?」

「多くはそうですね。特に輸送隊の行き来する道の近くのものはほとんどがそうです」

「それはそれは、いつも利用させてもらっています」


 そう言って俺は頭を下げた。

 実際、街から街への移動の際によく利用している。

 水の確保が出来るのは本当にありがたいし、焚火も必要不可欠だ。

 基本的に、水をそのまま飲むことはしない。

 どんなに綺麗に見える水でも、一度沸騰させ、お茶などにして飲むのだ。

 これは常識の様なもの。

 なので、水源と焚火が近くにあるという事は重要なのだ。


「いえいえ、私が作った訳じゃないですから。それより、お昼にしましょう」


 3台の荷馬車が止まり、馬達も草を食む。


「もう昼か」


 グローは相変わらず大欠伸をしながらやってきた。

 コイツ、荷台で寝てたな。


「手の込んだ料理は無理ですが、気に入ってもらえると」


 ピュートが鞄から取り出したのは加工肉だった。

 旅に持ち歩くのは干し肉が基本だ。

 それと、堅く焼いたパン。

 干し肉も硬いパンも不味くはないが、味気はない。

 それに対して、加工肉は旨い。

 ピュートが持ってきていたのは腸詰だ。

 ミンチ状にした肉に香辛料を加え、それを小腸に詰めた後、燻製にする。

 日持ちもするし、旨い。

 旨いのだが、香辛料自体が貴重なため、かなりの高額商品だ。

 気軽に旅に持ち歩けるようなものではない。


「ほほ~、腸詰か!これは豪華だ!」


 先程まで半分閉じていた目を爛々と輝かせるグロー。

 かくいう俺も、滅多に食べれない腸詰に心が躍る。


「一度茹でて焼くと、更に美味しいんですよ。少々お待ちください」


 ピュートは火を点けた焚火の上に鍋を吊るし、他の圃矮人が汲んできてくれた水を入れた。

 別の焚火でお茶を沸かせてくれた圃矮人が、俺達に黒い液体の入ったカップを渡してくれる。


「これは……、見た事ないお茶だな……」

「ミルクと砂糖を入れてみてください。南の土地で採れた豆を煎って粉にして、お湯を注いだんです」


 それは、今まで嗅いだ事のない香りで、何とも落ち着くものだった。

 俺とグローは言われた通り、その黒々とした液体にミルクと砂糖を入れ、一口飲む。


「!?」

「なんじゃこれ!」


 強い苦味と砂糖の甘さ、そして香りが口の中に広がる。

 何とも初めての香味だ。


「私達は産地の名前を取って、コッフェと呼んでいます。市場展開も考えているんですが、癖のあるお茶なので、一般の方に浸透するか心配で……」

「これは癖になる奴も出てくるんじゃないか?少なくとも、俺は好きだ」

「そうだの……、ワシだとミルクは要らんかの。しかし、これは中々面白い」

「気に入って頂けました?」

「あぁ、高くなければ買うぞ。気付けにも使えそうだ」

「うむ、眠気醒ましにも良さそうじゃ」


 ピュートは俺達が好き勝手言ってる事を全てメモしていた。

 何とも熱心な商売人だ。

 そうこうしている内に、腸詰が食べごろになり、俺達はそれをパンに挟んで頬張る。

 肉汁と香辛料が絶妙で旨い。

 最高の昼休憩になった。

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