〝倭国 血の争い〟
第41話倭国との交渉
『あの子はまだ見つからないのですか……?』
『はっ、申し訳ありません……ですが、手掛かりはありました』
優しくも悲し気な女性の声に家来らしき男が膝を突き、頭を下げる。
しかし、悲し気な表情も〝手掛かり〟という言葉に女性の表情が歓喜に包まれていく。
『手掛かりとは……?』
『はっ、ここ最近ダルージャ国にようやく新しい王が就き、本格的な復興となっりました』
『ええ、そうね。 ですが、あの子が消息を絶ったのはダルージャが潰えた後……』
『実はダルージャ復興より前にも、クランベリア大陸のグランドワイズやミューロンでは
『セン……ですか……』
女性は扇で口元を隠すと、何考え事をするかのように沈黙する。
『こちらの情報では銀色の髪、細い目で大太刀を扱うとの事。
更に、我が国の女神と謳われる柳家の娘、美琴殿も一緒にいるようです』
『そう……おそらくあの子である可能性が高いでしょう。
引き続き調べて下さい』
『はっ! それと……』
『まだあるの?』
『恐れながら、旦那様が戻られよと……』
『ふん、自分のした事に後悔なさると良いわ。
あの子が見付かり、解決するまでは戻りませんと改めて伝えておいて。
話しはそれからです』
『畏まりました……』
家来の者が下がると、女性は再び悲し気な表情を浮かべて空を見上げていた。
春の訪れを感じさせる桃色の花弁が散りばめられ、ゆっくりと浮かぶ雲が流れていた。
『……
・
・
・
グランドワイズにて闘技祭が終わり、過去との決別としてロービンとダマルに罰を与えてから2週間程が経過した。
あれからロービンは騎士団の除名とはならなかったが下っ端からのやり直しとなったようだ。
また、俺が与えた罰以降ネリアは情緒不安定になり、そんな中でロービンが降格となった事で屋敷から出て来なくなったらしい。
ダマルはダマルで結婚こそしていないが、色々素行が悪かったり女遊びが激しかったりと自身の過去が露呈してしまい、今では窮屈な環境で過ごしているようだ。
どちらもダルージャに戻る計画を企てているようだが。
そんなこんなで俺は二週間平和に過ごしていた。
当然、蠱惑ノ森でだ。
久々にのんびりした日常。
静かな森。
たまにミコトとかライナ、セリアが来るがそれは最早日常みたいなもので、そこまで気にする事はなくなったが。
と、過ごしていると――
〝ドゴォォン!〟
森の中で突然爆発音が鳴り響いた。
いやいや、森でそれやっちゃうと逆に危ないんだが……
まあいっか。
〝ドゴォォン!〟
とりあえず聞かなかった事にして過ごしていると、次第に音が止み、そして数十分後、小屋の扉がノックされた。
コンコン
えっ……何?
暴れてから来るヤツって……
コンコン
ん~、面倒だ。
居留守にし――「あら、いるじゃない」――。
「……」
「やっと見つけたわ。 もう迷いに迷って大変だったんだから!」
あ~、納得がいった。
何故なら、今俺の目の前に立っているのは当然ながらこの森でも難なく戦える武をお持ちの女性。
本日もトレードマークと言える真っ赤なドレスを召したミューロン国第二王女の〝フィリア〟だったのだ。
「
「あら、少し会わなかっただけでもうそんな他人行儀なの?」
フィリアは不貞腐れた様に腕を組み、睨み付ける。
「悪かったよ、フィリ」
「ふふっ、良く出来ました。
久しぶりですわね」
「まさかお前がこんな辺鄙な森に来るなんてな」
「ええ、だから迷ったの。 魔物はどんどん来るし。
まあ、向かってくるなら全てねじ伏せますけれど」
もし一日中彷徨ってたら蠱惑ノ森は魔物が出ない平和な森になってしまうかもしれないな。
それはそれで困るし、短時間で来られたならとりあえず良かった。
「まあ座れよ。 今飲み物出すから」
「ありがとう。 それにしても、こんな所に住んでるのね。
何だかのんびり出来て良さそう。
少し臭うけれど……」
「そりゃあ一応人の寄り付かない
それに風呂とか無いから臭いは我慢してくれ。
そういや、一人か?」
「ええ、何か問題でも?」
「いや、無いが」
俺的には別に良いんだが、それでも一応一国の王女だから普通は侍女然り、護衛を雇うと思うんだよな。
フィリアの強さを知ってるからこそ気にしないのだが。
とりあえずいつものヤギミルクをテーブルに置くと、「美味しい……」と喉を潤していく。
「で、何か用――「たのもー!!」――」
バン!っと勢いよく扉が開き、いつも通り何食わぬ顔でミコトが入って来る。
今日はライナとセリアも一緒。
つまり、小屋に五人いるのだ。
さすがにせいぜい二人で普通に過ごせる場所だから狭い。
「あれ、フィリアじゃないか! 久しいな!」
「ミコト様、久しぶりですわね。 それにライナも」
「わぁ、フィリ! 久しぶりー!!」
ライナはフィリアに会うのはかなり久しぶりのようでガバっと抱き合い、再会を喜んでいる。
そういえば王女同士昔は交流があって仲が良いって言ってたな。
「でも何でフィリがこんな所に? 基本国から出ないのがフィリじゃなかったっけ?」
「そうね。 ちょっと用がありまして」
「それ! 言いそびれたけどなんか用か?」
いつのまにかソファにフィリア、ライナ、セリアが座っている。
ミコトはベッドに座り、俺は立っている。
俺が主人なのに……
仕方なく他の分のヤギミルクを用意してフィリアの話しを聞く事にした。
「実は、またセンに護衛を頼みたいの」
「護衛? 別に必要なくないか? 今日も一人で来たんだし」
「そうなんですけど、少し事情がありまして。
ミコト様とセン、二人に関係してるのです」
「私にもか!?」
ベッドの方に居たミコトが自分の名前を聞いてソファの方へと来る。
「先日、ダルージャ国が正式に復興した事はご存知よね?」
「まあ、その王本人にも会ったからな」
「復興に伴い、ダルージャがまた貿易を本格的に再開する事になるの。
その相手は……」
「「倭……」」
ミコトとセンの言葉が重なる。
「そうです。 以前、ダルージャは潰える前に倭国との貿易によって国を安定させてました。
それは勿論グランドワイズもそうでしょう」
「確かにグランドワイズはダルージャとも、ミューロンとも交流があるわね。
さらに言えばダルージャと倭の三国で貿易の条約を結んでるわ」
ライナも一応王族だけあってグランドワイズの情勢は学んでいるようだ。
「ただ、ミューロンは倭と直接的な繋がりはなく、ダルージャを介してだった。
これは、もう5年前になるかしらね……」
フィリアは感慨深い表情で経緯を話し始めた。
倭国では国王ではなく大将軍の地位に居る者がその大陸のトップになる。
その上で現在倭では【
現在21歳とかなり若い大将軍だ。
今から5年前、既に倭と貿易を開始していたダルージャやグランドワイズに倣い、ミューロンも貿易の交渉をしに倭へ赴いた事がある。
王であるダリウム、娘である王女のクラリアとフィリアを連れて。
その際、当時の大将軍は天次狼の父である
交渉は上手く進み、順調だった。
だが、倭滞在中に婚姻の話しが上がった。
第二王女と倭の大将軍天志狼の長男、現大将軍の兄の
どうやら天九狼がフィリアに一目惚れをし、直ぐに婚姻をと父天志狼へ告げたのだ。
しかし、フィリアはそれを断ると天九狼は怒り、貿易を拒否すると騒いだのだ。それに怒ったフィリアは何と天九狼を殴り飛ばし、話は中断するハメになってしまった。
天志狼もダリウムも二人の状況に呆れてしまい、とりあえず保留という形で話は終わる。
そして、その3年後。
長男の天九狼が病に伏せ、命を落とした。
更にはその1年後に父天志狼までもがその命を落としてしまったのだ。
それにより、現在次男の天次狼が大将軍となり、周囲の力を借りながら国を支えているらしい。
「要するに、邪魔する奴が消えたから再度交渉をという事か。
今なら問題なく進められるかもしれないしな」
「その通りよ。 次男の天次狼様は許嫁が居るし、当時も恋心ではなく友人として扱ってくれたもの。
だから倭へ交渉するにあたって二人の存在が交渉材料にもなるわ」
確かにミコトは倭の女神であり、銀級ハンター。
その当人が護衛としていけば信頼があるとして受け入れやすくもなるだろう。
だが、俺は……?
「俺は勘当されてる身だぞ? 行っても力にはならないし、下手すればマイナスじゃないか?」
「そうなの? 腕を見せれば問題ないと思うのだけれど?」
「腕ねぇ~、まあ行くだけならいいぞ。
俺もちょっと用があったんだよな」
「私もそろそろ帰省してちゃんと報告しようと考えていた所だから好都合だな」
ミコトは元々乗り気だったようだ。
「しかしセン、用って何だ?」
ミコトが思い出したかのように訪ねて来る。
「ああ、ずっと柳流で鍛錬してたろ?
あっち行けば別の流派見れると思ってな」
「そういう事か。 ならセンもハンターの階級上げてその名を轟かせればいいのに」
「いや、それやると俺の平穏が無くなりそうだから却下だ」
有名になればそれだけ邪魔が入る。
なら、別にわざわざ階級を上げる必要はないだろう。
俺は俺の道があるからな。
「ではお二人とも、依頼の件宜しくお願いします。
一応出発は三日後。
ですから一度ミューロンへと来て下さいな」
「「分かった」」
「では、わたくしは今の件と交渉の詳細をまとめなければならないから帰るわね。
ライナもまたね」
「ええ! 気を付けてね」
とりあえず一人帰った。
ふぅ~と一息つくと、森から〝ドゴォォン〟っと再び爆発音が鳴り響く。
「最早バケモンの通り道だろ、あれ」
「さすがフィリアだ。 私も鍛錬を続けよう!」
「昔からああなのよね……あの子」
「フィリア様に弟子入りしようかな……」
それぞれがそれぞれの思いを言葉にしていく。
そして、ポツポツと各自小屋を出て夜になるとようやく一人になる事が出来た。
「倭か……」
正直帰りたいなんて微塵も思わない。
とは言え、避ける必要もない。
勘当されたとはいえ、入国してはいけないという事ではないし、仮にそんな事言われても関係なく行くけどな。
用があればだが。
「そういえば……」
5歳の時、父親に勘当された。
自分の過去を振り返ると……母親の存在をすっかり忘れていた。
というか、今十数年ぶりに思い出した。
「顔を思い出せん……」
勘当され、その後も色々とあって母親という存在は自分の中でまるっきり消えていた事に気付いた。
そして、確か弟が一人いた様な気がする……
会った事あったっけ?
分からん。
「とりあえず寝るか」
こうして二日ほどのんびりと過ごし、迎えた三日目の朝――
「お待ちしておりました。 馬車は用意してるから早速行きましょう」
フィリアが普段よりも動きやすそうなドレスに身を包み、センとミコトを迎える。
フィリアの横には侍女のセーラ。
そして王ダリウムの姿も見られた。
「セン殿、向こうで子を孕ませても良いぞ。
そうなれば君が次の王だがな! ガッハッハッハ」
「おいおい、王の発言とは思えないぞ。
フィリ、どうにかしてくれ」
「あら、私は良いわよ?」
「はぁ……」
何だか前途多難な気がして来た。
「まあまあ、早速行こうではないか!
倭、久しぶりだな!」
ミコトは帰省に心を弾ませている様だ。
「ではお父様、行って参ります」
「ああ、気を付けていくんだぞ。 吉報を待っている」
ミューロンから先ずはダルージャへ向かい、船に乗り換え倭へ向かう。
片道4日は掛かる為、とりあえずのんびり過ごすとしよう。
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