第34話士気の上昇とネリアの過去



翌日、昨日と同じ様に蠱惑ノ森を出てグランドワイズ城へと赴く。


既に門番には通達が届いており、俺は通行証を見せずにそのまま入っていく。


そして、訓練場へと到着すると今日は人が多い。



「人が多いと思ったか? ここは第一~第三までが使える訓練場だからな。

まあ、隠し事が出来ない状況ではあるが、問題はない」



そうセリアが告げる。


そして、第三部隊が居るという事は……



ああ、しっかりと睨んでいる一人の男が居た。


逆に、他の第二・第三部隊の騎士達はセリアは勿論、ミコトの姿を見て「俺もミコトちゃんに習いたい」とか言っていた。


まあ、流石は倭の女神と謳われるだけあるな。



「よし、今日も最初は型とその後に基礎だ。

明日はその型に習って模擬戦をするからそのつもりで!」



指導者であるミコトが告げると、「「「お願いします!」」」と第一部隊の騎士達が声を揃えた。



「くぅ~! セン、気持ちがいいな!」



「まあ、楽しそうで何よりだな」



しばらくして、各自型を行なっていくのだが、やはり前日の疲労が残っているのか、動きが鈍い。



「筋肉痛もあるだろう! しかし、それを乗り越えた先に己が望みし結果が待っているのだ!」



ミコトの熱い言葉。


だが――



「腕が上がらん……」「この後基礎……死ぬかも知れん」と各兵達が嘆いている。


よし、なら……



「これから二週間弱の期間を経て、闘技祭で一番結果を出した奴には――」



突然のセンの言葉に騎士達がバっと振り向く。


更に、まるで勿体ぶるかのような間が騎士達に何故か緊張感を与える。


そして――



「ミコトが一日だけだが夜伽をしてくれる!!!」



「なっ!?」



「「「よっしゃぁぁあ!!!」」」



センの思わぬ発言とその内容ご褒美に騎士達の士気が急激な高まりをみせた。


同時にそれを聞いていた第二・第三部隊の騎士達は「くそっ!!」っと士気が急激な低下を見せたのは言うまでもない。



「セン! 私は誰でも抱かれる訳ではないと言ったはずだぞ!?」



「いいじゃねぇか。 昨日も欲求不満みたいだったし」



「それとこれとは違うだろ!?」



「でも士気上がったし、まあ一日位な?

逆に一番頑張った奴に心動くかもしれないし」



「何か上手く使われてる気がしてならんが……致し方ない。

貴様ら! その分地獄を見せてやるから覚悟しろよ!!」



「「「はい、ミコト様!!!」」」



ん?


何か変な感じになったな。


まあ楽しそうだからいっか。



こうしてやる気に満ちた騎士達の訓練が開始された。


型に倣っての動きを一連の流れで行なう。


そして、それを身体に馴染ませる様にして徐々に速度を上げていく。



後半は基礎であり、筋力と体力の向上に努める。


鉄くずや丸太などを背負っての外周の走り込み。


木剣の先端に重りを付けての素振り。


それらの訓練は夕刻前まで続いた。


当然、それが終わるとまるで何かから解放されたかのようにバタバタと騎士達が倒れていくのだが。



「今日も良い訓練だった。 というかこういう素振りを毎日1000回とはな」



「やってみるか? 初めてやった時ミコトは2回だったな。

それを5回にして、10回にして、気付けば100だ」



そういって大太刀をセリアへ渡した。


ジニールや他の騎士達は部隊長セリアが何回出来るのか、興味津々に見ている。とはいえ、騎士達は平均25歳だが、セリアは騎士団長の娘だとしてもまだ学園を卒業したばかりの17歳。



「ふぅー」



セリアが真っ直ぐ大太刀を構え、活きをゆっくり吐いていく。


そして、「はっ」と大太刀を振り上げ、再度「はっ」っと気合を入れて振り下ろす。


自身の正面に戻って来た大太刀をピタっと止めてを繰り返すのだが、まだ筋力が足りていないのか、ピタっとはならなかった。


だが、それでもしっかりと真っ直ぐに止め、再び振り上げ、振り下ろす。


それを3回行った時――



「ぐぐっ、ぬぬぬっ」



ゆっくりと持ち上げられていく大太刀。


ミコトもこんなだったな。


ようやく振り上げた形になり、それを振り下ろすのだが。



「わっ!?」



やはり振り下ろして止める時の筋力が限界だったのか、そのまま重さに前に持っていかれてしまった。



ガバっと転ぶ前にセリアの身を抱える。



「す、すまない」



「おう。 とりあえず3回か。 まあ初めてにしては上出来だろ」



「だがもう手に力が入らないな」



すると、ジニールが挙手をした。



「セン殿、私も挑戦して良いだろうか?」



「ああ、どうぞ」



ほいっと大太刀を渡すと、セリアと同じように構えてゆっくり息を吐く。


そして、振り上げ、振り下ろす動作を繰り返していく。



「おお! 副隊長は意外と凄いんだな!」



「くっ……ぐぐ……くはぁ~、はぁ」



限界を感じ、ジニールも終了。しかし、かなり健闘した方だ。



「10回。 なかなかやるな!」



「ありがとうございます。 力だけは自慢なんですよ。

ただ、これを1000回とは……」



まあ、難しいだろうな。


こうして訓練は平和に終わった。













その日の夜、騎士団達に誘われて第一部隊の宿舎がある施設のダイニングで一緒に食事を取る事になった。



皆身体に限界を感じているものの、酒を飲みながらワイワイとやっている。



「たまにはこういうのも良いもんだな!」



ミコトがいつも通り楽しそうにモリモリと食材に食らい付いていた。



「たまにって結構最近あったと思うぞ?」



まだミューロンでの宴からそこまで日は経っていないんだが……。


まあ、グランドワイズでは初めてだしいっか。



こうして改めて第一部隊〝フェルニール〟の騎士達と交流を深めたその日の夜。


ミコトは用事があると先に出ていった為、俺は一人で蠱惑ノ森へと向かうべく城の出口へ歩いていた。


すると、正面に人影が現れる。



「流閃様……」



「……」



「あの、少しお話し良いですか?」



「断る」



そう、俺の目の前に現れたのはかつての元恋人、ネリアだった。



「そう仰らずに、ね?」



そう言って何の許可も無く腕にしがみ付いて来る。


当然、胸をしっかりと当てる様に。


基本、女性の胸は好きだ。


ミコトしかり、フィリアもそうだった。


何だか安心するんだ。


でも、これは違う。


寧ろ嫌悪感しかないのだ。まあ、それは胸ではなくその持ち主の所為でもあるんだが。



「くっつくな。 で、何? 話なら今ここで聞いてやる」



「ここだとちょっと……」



まだ俺がいるのは王城からちょっと歩いた門の手前。


既に日も暮れているが、王城の敷地内で門が近い事もあり、数人の兵が警備を行なっているのだ。



「じゃあ話は終わりだ。 というか俺はお前に用は無い」



そう告げてすたすたと歩きながら門へと向かう。



「だから待ってってっ!!」



何故そんな必死に?


ってかお前、俺にして来た仕打ち忘れたとは言わせねぇぞ。


寧ろ忘れててこれだったら流石に人間として生まれ変わった方が良いレベルだろう。



「そもそもさ」



「はいっ!」



突然俺が話し掛けた事でネリアがビクっとして何故か姿勢を正した。



「お前は俺を裏切ったんだよ。

そんなお前と俺が話したいって思うか?

普通に考えたらわかるだろ? それとも時間が空いたから帳消しか?」



「そ、それは……その、ごめんなさい」



「今更謝罪は要らねぇよ。 ってか関わらないでくれればいい」



「そうはいかないの!」



「はっ?」



「だって……今でも、ううん。

ずっと流閃様が!」



「……は?」



思わず声が上擦ってしまった。


何を言ってるんだコイツは?


全く以て意味が分からない。



「本当はずっと好きだった。 でも国からの命もあってお父様も断れずにそのままロービン様と婚約し、結婚しました。

ロービン様に逆らえず、言われるがままに私は流閃様に酷い事をっ……ううっ……」



はい、超面倒。


ってか俺が好き?馬鹿じゃないのコイツ。


ならせめて離縁してから来いよ。


まあ、こんな女迫られてもお断りだが。



「流閃様、ごめんなさい、ごめんなさい……」



ぽたぽたとひたすら涙を流し続けるネリア。


しまいには俺の胸に飛び込み、顔を埋めているのだ。


その姿は面倒な事に門番や巡回している兵士達にも見られていた。


普通、こういう時は周囲の目もあるから「もういいよ。分かったからとりあえず移動しようか」的な発言でどっかの室内へ移り、一夜の過ちへと発展していくんだろうな……



とりあえずそっと頭を撫でる。


ビクっとしたが、胸にすっぽりと納まったまま顔だけを上に上げる。


あの頃の、まるで小動物の様な愛くるしさは今でも健在だ。


その辺の男ならこの上目遣いで心を射抜かれたに違いない。



引き続き優しく頭を撫でながら腕を掴んで――



そのまま強く抱きしめる!!



と思いきや――



「邪魔」



勢いよく腕を掴んでとりあえず横の草むらに投げ飛ばした。



「えぇーっ!?」



「「「ええっ!!?」」」



いや、兵士達! 一部始終を見守ってないで仕事しろよ仕事を。


ネリアは何が起こったのか分からずにキョトンとしている。


草むらにすっぽり嵌っていて怪我はないようだ。


だが、自分に何が起こっているのかを理解出来ないようで、思いっきり下着が見えてしまっている事にも気づいていなかった。


当然、騎士達はそれを凝視して鼻の下を延ばしてる訳だが。



「帰りまーす」



「あ、ああ……」



門を抜け、そのまま蠱惑ノ森を目指して歩いていく。


その後の事は知らんが、明日城に行けば分かるだろう。













何が起こったの?


何で私は草むらに投げられたの?


よく分からない。


よく分からないまま流閃様は門の外へと言ってしまった。



「だ、大丈夫ですか?」



一人の兵が手を伸ばしてくれる。



「す、すみませんお見苦しいところを……」



「あっ、い、いえ……大丈夫です」



今気が付いたがスカートが思いっきり捲り上がっていた。


道理で兵達の視線が下の方だった訳か……



まあ、今さらそんな事で羞恥心など湧かない。


それ以上に恥ずかしさ、惨めさ、悔しさを過去に散々感じさせられたからだ。




私には魔力が少ししかなかった。


ううん……正確にはあったのかもしれないが、上手く循環されていなかったらしい。


だから学園時代は本当に辛かった。


そんな時、もう一人私と同じような存在の子がいた。


いえ、私以上。


そう、彼には〝魔力が〟。




それに比べたら私なんて大した事はなかったけど、それでも魔力が少なく、魔法も碌に扱えないのは正直堪える。


だから周りの目も気にしたし、とりあえずひっそりと過ごそうと決めた。


そうして過ごしていく内に、ひょんな事から魔力がない彼と親しくなった。


そして、お互いに励まし合っていく内に彼に好意を抱いた。



勿論、彼も同じで私を好きだと言ってくれた。


その当時は嬉しかった。


彼は優しく、時に私が虐めの標的になりそうな時は庇ってくれたりもした。


だから私も頑張ろうと思って魔力操作の練習を始めた。


きっと魔法が使える様になれば、もしかしたら私と同じように彼も使えるようになるのではと小さな希望を抱きながら。



「流閃くん、一緒に頑張ろうね! 私が付いてるから大丈夫だよっ」



そう伝えると、彼はとても優しい笑顔を見せてくれた。



そんな日常が数か月経った頃――


魔力操作に没頭していると、突然身体が熱を帯び、私は高熱に魘された。


三日くらい寝こみ、その間両親やメイドが一生懸命看病してくれた。


彼もお見舞いに来てくれた時は本当に嬉しかった。



四日後、身体が軽く感じてようやく体調も戻り、魔力操作を再開した所、これまでと違った。


しっかりと循環する魔力を感じ、そのまま詠唱して私は魔法が扱えるようになったのだ。


この時、本当に、今までの人生で一番嬉しかった。


彼も横で見守ってくれて、一緒に喜んでくれたのを覚えている。



勿論、その後……魔法が使えるようになっても彼との関係は変わらず続いた。


でも、私が魔法を使えるようになった事で標的は彼飲みに絞られてしまった。


力では何も出来ない。


しかも相手はダルージャ国の侯爵子息。


伯爵家の私に口出しは出来ないのだ。



それでも彼は私を責めたりはしなかった。


だが、魔法が使えるようになり、その成績を伸ばしていった私はいつの間にか友人も増え、彼よりも同じ様に学び、切磋琢磨出来る友人達との時間が増えていってしまった。



そんな頃、家に縁談の話しが舞い込んできた。


しかもお相手は侯爵家のロービン様。


そう、彼を虐めている張本人。


それから彼への虐めは激化した。


高等部に入った頃、取り巻きというか、ロービン様の友人である宰相の息子、ダマル様が彼の住んでいた家を燃やしたのだ。


流石にそれは人としてと思った。でも、既にロービン様と婚約関係にあった私は彼との接触が出来ないまま、時間だけが過ぎてしまっていた。


同時に周囲からは魔力無しはクズ以下だと吹き込まれ、まるで洗脳の様に毎日ロービン様から良い聞かされていた。



そして、遂に私自身も彼に手を上げてしまったのだ。


その時は罪悪感よりも快感に酔いしれていた。


これまで散々馬鹿にされ、虐げられて我慢して来た心が一気に解放されてしまったのだ。


それからは彼への愛情なんて微塵も無くなっていた。


寧ろ恋人同士だった事が汚点の様に感じられた。



「ネリア、何で君が……」



「ちょっと、私はロービン様の婚約者。

あなたに呼び捨てされる筋合いはないですよ?」



「ミ、ミルフィッシュ嬢……」



「気安く呼ばないでくれますか? 魔力がない癖に。

悔しかったら私の様に覚醒を果たしてみなさいよ」



人の心は弱く、恐ろしい。


弱い者はこうして虐げられ、強い者だけが生き残る世界。


そう実感した。


それから私も加わって彼を虐げる日常が始まり、数か月経った頃、大事件が起こった。



彼は王やその周辺の貴族、騎士達数十名を殺害して逃走したのだ。





ダルージャには世継ぎが居ない。


その為、国は王不在となったままどうするかを協議した。


そして、その結果……同じ大陸にある最大の国、グランドワイズに実権を握らせ、国の安定を取り戻したのだ。




私達もグランドワイズへと移った。


王の死を知った民達は暴動を起こす者も居れば、統率力が低下した事で民達が実権を握り、治安が悪化。


別の場所では領主が逃げだして民が路頭に迷う事態にまで至ったのだ。


だからこそ、グランドワイズ国へ助けを求めるしかなかったのだと思う。



こうして私の学園生活は波乱万丈だったが終わりをつげ、無事にロービン様と結婚。


優雅な日常を過ごしていた……のに。



たまたま差し入れを持って訓練場に訪れてみれば、あの彼が立っていたのだ。


魔力も無く、武芸も波程度の人間が何故?



そういえば最近センという男の名が良く出てくる。


もしかして……?



そう考えてロービンとの話を聞いてると後ろに立つ女性二人が怒りを露わにしている。


セリア部隊長。


そしてもう一人の、美しい女性。


間違いなく私よりも美人。


許せない。


しかも、そんな女性が彼に?


もう何だか分からない。


それに、ロービン様が魔法をに放った時、異変が起こった。


突然強風に煽られ、差し入れが飛びそうになる。



しかも、今のは彼がやったの?


まるで私達を殺しかねないその視線は昔の心優しい彼の表情からは想像も出来ないものだった。



「お前等も殺してやろうか?」



そんな冷たい言葉と視線。


あの時の彼とは思えぬ冷徹な目と威圧感に私は少し腰を抜かしてしまった。




そして先ほど、ロービン様とダマル様に言われた通り、私は演技で惚れさせる為、彼に抱き付いた。


最初は思いっきり警戒をしてたし、近寄るなオーラが凄かったけど、所詮男なんて女の涙に弱い。


そう思って涙を流しながら彼の胸に飛び込んだ。


優しい手付きで頭を撫でてくれた時、ちょっとだけ昔の心優しい彼を思い出したのは内緒。


でも、これで〝勝った〟と思った。





それなのに――!?



草むらに投げられ、気付けば下着まで丸見えになっていた。


ちょっと、何でこんな兵士達にサービスしなければならないのよ!?


それに、このままじゃ終われない。


作戦なんて関係なく、私のプライドが許せない!


こうなったら意地でももう一度惚れさせて振ってやるんだからぁ!!


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