第33話蘇る憎悪



グランドワイズ国城内の騎士団専用訓練場にて第一部隊の訓練を行ったセンとミコト。


騎士達はやっと解放されたと疲労困憊の状態で宿舎へと戻って行ったのだが――



「おいおい、まさかこんな所でお前に会うとはな」



ミコト、セリア、副団長ジニールと片付けを行なっていると、後ろの方から声が聞こえた。



「知り合いか?」



正直誰に声を掛けているのかは分からなかったが、何故だか心がざわつく。



「お前に言っている、!」



「っ――!?」



俺だったのか。そう思って後ろを振り返る。


すると、あの時を思い出す最悪な男が立っていた。



「やはり流閃じゃないか。 お前みたいなヤツが何故ここに居る?

というか城内に居る?


犯罪者のくせして! それとも何か? この国は犯罪者を雇うのか?」



後ろの男はニヤニヤしながらも罵倒し、更にはセリアに対しても嫌味を浴びせていた。



「ロービン・フェンディル! 貴様騎士団長である私に対しての態度か?」



セリアは怒りを露わにしてロービンを睨み付ける。



【ロービン・フェンディル】


元々はダルージャ国の侯爵子息で現在はグランドワイズの貴族となり、騎士団の第三部隊である〝スレイプニール〟に所属している。


そして、何を隠そう学園時代にダルージャで俺を虐げていた張本人でもあるのだ。



また、その隣には茶色い髪に、まるで青空を感じさせるほどの綺麗な瞳をした女性が立っていた。


昔と違って大人びた見た目と可愛らしい見た目が融合した守りたくなる女性だ。



「流閃様、まさかこんな所でお会い出来るなんて、これも何かの縁なのでしょうか?」



その言葉を聞いた途端、背筋がゾワっとする。


そう、【ネリア・ミルフィッシュ】。


いや、今はネリア・フェンディルか。


元俺の恋人であり、魔力覚醒と共に俺を捨て、俺を迫害し、国に媚びた糞女だ。



「誰だお前等。 俺はお前等なんて知らん」



「ふん、久しぶりに会ってそれか。 せっかく俺様から挨拶してやったのに無礼だなぁ? ああ?」



「そうですよ。 魔力の無い底辺の男がロービン様に向かって!

本当に、あなたと恋人同士だったって黒歴史でしかないですっ!」



「だからお前等なんて知らないって言ってんだろ?

目触りだから消えろよ」



こいつらの顔を見てると胸が締め付けられる。


同時に殺意なのか?何なのか、ドス黒い感情が流れ込んでいく感覚になる。



「何だ? 目障りだからまた殺すのか? やっぱ犯罪者は犯罪者だな?

そんな男を雇うとかどうかしてるぜ」



「貴様、先程から何なんだ!? セン殿をバカにするのは私が許さんぞ!」



二人の態度にセリアが更に怒りを向ける。



「そうだな。 これ以上センを馬鹿にするなら私も手を貸そう」



同時にミコトもかなりの威圧を放っていた。



「ハハッ! 良い気なもんだな? 自分は魔力も無ければ武芸もそこそこ。

それで銀級や部隊長に守って貰ってんのか!?」



情けねえ、と手の平で両目を覆いながら馬鹿にする様に笑った。


そして、後ろに立つネリアもまた、口元を扇子で隠しながら肩を震わせている。


昔からこうだった。


特にロービンは取り巻きをと共に抵抗出来ない俺に向けて魔法を放ち、木の剣で甚振り、その姿を見ながら涙を流して大笑いをしていた。


俺様主義で格下の人間は玩具だと勘違いをしている。


故に、そういった人間が痛めつけられ、虐げられている姿を見るのがこいつにとっては最大の楽しみでもあったのだ。


そしてネリアもロービン色に染まってしまったのか、それともこちらが本性だったのか、自分も魔力が少なく虐げられていた鬱憤を晴らしていくかの様に、魔力覚醒後はされる側からへと至った。



「はぁ、くだらん」



俺は何とか黒い感情を抑え、冷静になる。


相手をするだけ損であり、疲れるから。


それに、過去は過去であり今は今だ。



「ほう、流閃の癖に身の程を弁えてねぇな?

昔のお前だったら泣きながら〝痛い! 止めろ!〟って言ってたのによぉ?

思い出させてやろうか?

てめぇは今でも俺の玩具だって事をよぉぉ!!」



ロービンが手を前に翳し、センを捉える。



「―満ちたるは命より息吹く魔の根源、我が魂に宿りし灼熱の炎よ!

 敵を貫く槍となりて顕現せよ!」



「なっ、流石に見過ごせんぞ!」



セリアとミコトがロービンの詠唱に素早く反応する。


しかし、バっと二人の目に手を伸ばして抑制すると、ミコトとセリアは不思議そうな表情を浮かべた。



「問題ない」



一言だけそう告げ、視線をロービンに戻す。


そして――




「フレイムラ――〝シャキン〟――はっ、えっ!!?」



ブワっと風圧だけがロービンとネリアに吹き荒れる。



「きゃっ!? 何が!?」



そう、ロービンが魔法を放つ瞬間、つまりは炎の槍が放たれる瞬間にそれを抜刀で斬り、掻き消したのだ。



「な、何だ……!?」



どうやら二人は何が起こったのか全く分かっていない様だ。


まあ、正直に言えば恐らくグランドワイズで俺の剣筋が見える者はいない。


そう考えると、自慢する訳ではないがミューロンの人間は異常なのかもしれないな。



「うむ、見事だなセン」



「相変わらずの早業! 訓練の時より速度が上がってる気がする」



後ろでそれを見ていたミコトとセリアは誰が何をしたのかを理解していた。


また、副隊長のジニールも見えてるかどうかは分からないが、納得した表情を浮かべていた。



「何っ!? 流閃がだとっ!? 貴様何をした!!」



「それに気付けないならお前の武芸もだという事だ」



ロービンに言われた事をそっくりそのまま返す。



「とりあえずお前等に付き合うのは面倒だ。

邪魔だから消えてくれ。

それとも――」



これまで散々な目に遭った。虐げられ、家を燃やされ、裏切られ、殺されかけた。


その頃の黒い感情を乗せ、大太刀に手を掛けながら伝える。



「お前等も殺してやろうか?」



細く鋭い視線をロービンとネリアに向ける。


殺気を込め、威圧を含めて。



「くっ、調子に乗るなよ! 良いだろう、ならば闘技祭で俺と勝負しろ!

勝ったらお前を認めてやる!」



いや、そもそも俺は騎士団じゃないし闘技祭出る予定もないんだが?



「断る」



「はっ、結局逃げ腰か? だからお前はいつまで経っても腑抜けなんだよ!

この犯罪者め!」



ん~、犯罪者って言葉を悪口みたいに使うけど、別に何とも思わんぞ。


寧ろお前も別の意味では犯罪者みたいなもんだろ。


人を弄び、言えば殺人未遂と同じ事をしてるんだから。



「俺は騎士団じゃねぇしお前に認めてもらって何になる?

別に逃げ腰だと思いたいんならそれでも構わないし、好きに思えば良い。

ただ、俺の邪魔をするなら躊躇なく潰す。


昔の俺だと思うなよ」



更に睨みを利かせてロービンへと言い放つ。少なくとも昔の俺は魔力無しで武芸も確かにそこそこだった。


だが、ひたすらに大太刀を振るい、蠱惑ノ森で過ごして来た事でそれなりの武を持っている。


それは当然ながら自信にも繋がり、買い被りではないがロービンより強い自信はある。


とは言え、勝負をする意味はないし、付き合うつもりもない。


仕事の一環としてここに居る訳で、邪魔してくるんじゃねぇ!



「ふん、良いだろう。 お前が第一部隊に何を教えているのかは知らんが、勝つのは我々第三部隊だ!

ネリ、帰るぞ」



「は、はいっ!」



ようやく二人が悔し気な表情を見せながらも消えてくれた。



「はぁ、疲れた」



「セン殿、その……すまないな」



すると、セリアが何故か頭を下げる。



「何でお前が謝る?」



「彼も私も、部隊は分かれているがここグランドワイズの騎士だ。

その人間が粗相を犯したのであればそれは連帯責任。

だから、すまなかった」



「私からも、申し訳御座いません」



続いて副団長のジニールも頭を下げる。



「いいって。 俺も何か巻き込んでしまった様で悪かった」



こうして騒動を終え、セリアとジニールは騎士団が使用する公務室へと戻り、俺は蠱惑ノ森へと戻った。


当然、ミコトは付いて来るのだが――











「くそっ! 流閃の癖に! 俺を見下しやがってぇ!!」



ドンっと机に拳を叩きつけ、今日の出来事に対して怒りを露わにしているのは第三部隊の騎士ロービン。


訓練を終え、屋敷へと戻ったロービンとネリアの二人は昔とは違う流閃の姿を思い出していた。



「こちらで調べた所、どうやら流閃様は第一王女ライナ様とも仲が宜しいようです。

また、蠱惑ノ森に住んでいて最近、ミューロン国の城内では英雄扱いとの事……」



「くそっ! 何故俺の武功は広まらずにあの魔力無し野郎が名を轟かせてるんだ!?


英雄になるのは俺なのに!!」



ドガンっと再び怒りを露わにして近くの椅子を蹴り飛ばした。



「覚えていろ流閃……この屈辱はきっちり、いや……それ以上で返してやるからな……」



「そうです! ロービン様が負けるはずなんてありません!

こちらも動きます」



「ああ、潰れるのはお前の方だ……くっくっく……くはははは!!」



コンコン


扉がノックされると、メイドが声を掛ける。



「旦那様、客人がお見えになられております。

ダマル、とだけ伝えれば分かると」



「おお丁度良い! 直ぐに通してくれ」



「畏まりました」



身支度を整え、客間へ移動するとそこには大きな帽子を被り、ゆったりとした服を着た大柄の男がソファに腰かけていた。



「久しぶりだなダマル」



「おお、ロービン!」



久しぶりの再会に握手を交わすと、ロービンの指示でワイングラスが並べられる。



【ダマル・デルベッポ】


旧ダルージャの宰相の息子で過去、センの家を燃やした張本人でもある。


しかし、父も当時ダルージャの王と共にセンに討たれてしまった為、その恨みを根強く抱えている。



「ネリア嬢も久しぶりだな」



「ええ、ダマル様もお元気そうで」



すると、ダマルが不思議そうな表情を浮かべた。



「何かあったのか? 少々険しい表情を浮かべているぞ?」



「分かるか? 実はな……」



グランドワイズ城内の訓練場で流閃と出会った事、そして依然とは違って完全な敵意とその武を見せつけられた事など、数時間前の出来事を洗いざらい伝える。



すると――



「ああ、こちらもアイツをずっと探していた。

それでここ数カ月の間でポッと出て来たセンという男についても調べていた。


まさかそのセンが流閃だとは思わなかったがな。

しかもこの国でも一目置かれ、ミューロンに至っては英雄だ。

あり得ん! あの犯罪者が英雄? 馬鹿馬鹿しい!」



ダマルもまた、ロービン同様に怒りを露わにしながら話を進めた。



「本当にその通りだ! この国は大丈夫なのか?」



「どうだかな。 ちなみにだがダルネス王の弟、ドラージャ様が最近動いているようだ。

恐らくダルージャ復興の為だろうな」



「おお! そうか!」



実は旧ダルージャの王ダルネスには世継ぎこそ居なかったが弟が居た。


ならばダルネスが討たれた事で次の王は弟ドラージャになるのが道理なのだが、当人は昔から体が弱く、基本病に伏せていた。


その治療の為にグランドワイズで療養し、その間にダルネスが討たれてしまったのだ。


そして半年ほど前にようやく病に打ち勝ち、今はダルージャ復興を目指しているらしい。



「流閃の事もそうだが、そもそも俺はダルージャに戻りたい。

その為なら出来る事はする!」



「そうだな。 しかし流閃か……このまま野放しには出来ん。

親父を討った罪、しっかりと償って貰おうじゃないか」



「だがどうすれば……決闘を申し込んだが断られた」



「良い案がある」



ダマルがニヤっと不敵な笑みを浮かべ、ワインを飲み干した。



「今のアイツは心にも余裕があるのだろ?

だが、以前のアイツにはそれが無かった。

なら、またその余裕を無くせばいい」



「しかし、どうやってだ? 前

みたいに俺達が手を出しても抵抗する術を持ってるぞ?」



「そこでネリア嬢だ!」



「わっ、私ですか!?」



ダマルがネリアを指名して話を続ける。



「今の関係はあれだが、それでも過去は恋人同士だった。

そして、強くなったのならネリアが強くなった流閃に惚れ直したと告げる」



「ネリアを、か……」



「そこで流閃の恋心を再燃させ、再び陥れる。

いくら武芸に長けていても結局心を壊すのは恋愛が手っ取り早いからな!」



「ネリア、実際にどうだ? 勿論、キスや身体を許すなんてしなくていい。

要は惚れさせ直せばいいのだ。 出来るか?」



「そうですわね……やってみましょうか?

まあ、簡単だとは思いますが」



ふふっ、と何やら楽し気な表情を浮かべるネリアもまた、悪女と成り果ててしまったのだろうか。


しかも、余程自信があるのか、再び流閃に恋心を抱かせるのは簡単だと言い放った。



「その他の作戦はまた考える。 アイツをのうのうと過ごさせる訳には行かんからな!」



こうしてグランドワイズ国、ロービンの屋敷内では流閃に対しての悪巧みが企てられたのだった。











「セン、訓練場に居た失礼な二人はあれか?

過去の……」



「ああ、その首謀者だな。 まあ今更どうでもいいが」



「という割にかなりの殺気を出してたな。

センにしては珍しいのだが」



ミコトは数時間前の出来事を振り返り、センに尋ねている。


というか、当たり前の様に居座り、ヤギのミルクを飲んでいた。



「まあトラウマというかな、忘れてたのに思い出させやがって的な事ってあるだろ? それだ」



「なるほど。 まあいいだろう!

センは今日、それほど嫌な思いをしてしまった!

なら、私がそれを解してやろうではないか!」



「要らん」



「なっ!?」



俺の言葉にミコトが驚きの表情を見せる。


いや、寧ろそのわざとらしい表情は何なんだ……



「というかお前がしたいだけだろ。

最近多くないか? というか痴女か何かか?」



「おい! 人聞きの悪い事を言うな!

私は痴女ではないぞ! 寧ろ恋人や夫婦なら当たり前の行為だろう!?」



「ちょっと待て。

いつお前と恋人とか夫婦関係になったんだよ」



「一緒にいるし、身体も預けている!

なら恋人と言わず何になるのだ!?」



ミコトの頭の中では既に恋人同士という設定の様だ。


悪い気はしない。


悪い気はしないのだが、そういった関係になりたいとは微塵も思わん。



「はぁ……。 とりあえず違うからな」



「まあ、センならそうだろうな。

だが、私は諦めんぞぉぉ!!」



「ぐわっ!? おまっ、ちょっ!」



「たまには良いだろう! 大人しくしろぉぉ!!」



普通逆だろ、と思ったが最早暴走したミコトを止める事が出来ず、ただただこの女の満足の為だけにその晩、俺は体力と精神力を削ぎ落されてしまった。

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