第9話ちびっ娘
グランドワイズ国の侯爵子息であるトマンに現実を教え込み、俺はようやく穏やかな日常へと戻った。
次第に雪も解け、冬季が終わりを告げる頃になると、獣もその姿を見せるようになり、蠱惑ノ森での生活が食料も含めて安定していった。
そんな日常から少し遡り、ミコトとセリアが蠱惑ノ森にて〝活性の泉花〟から抽出されたポーションを持ち帰った時の事。
「宰相殿! 只今戻りました」
「おお、セリア殿! 待っておった! 私が依頼しておいていうのも何だが、良くぞ蠱惑ノ森から戻った!」
【ジェラル・ドルベッケン】
グランドワイズ国の侯爵であり、この国の宰相。
頭の回転が早く、常に王を支え、国を支える重要な人物の一人だ。
メガネを掛け、長い灰色の髪をした一見魔導師の様な容姿だが、城内でも信頼は厚く、皆が頼りにしている男だ。
しかし、息子はあのトマンであり、その傲慢っぷりはジェラルド自身も頭を抱えている。
「そちらの方は?」
「お初にお目に掛かります。 ハンターをしておりますミコトと申します。
今回、セリアにお声がけ頂き、依頼を受けさせて頂いた次第です」
「おお、それは助かった! ありがとう。
それで、活性の泉花は手に入ったのか!?」
ジェラルドは今か今かとセリアに尋ねると、セリアはポーチから一瓶取り出し、それを手渡した。
「これは、ポーションか? だが、ポーションでは効き目がなかった」
「いえ、これは活性の泉花のエキスを抽出したもので、言わば特別なポーションです」
「何っ!?」
「実は――」
ここでセリアとミコトは蠱惑ノ森での出来事、そしてこの時期に花は咲かず、咲いていたとしてもエキスを抽出するのに時間が掛かる旨をしっかりと伝えていく。
「セン……以前にライナ王女殿下が世話になったという魔力無しの男か。
またしても世話になってしまったのだな……」
「はい。 それと申し上げにくいですが、トマン様が暴走してしまい……まあ実際には返り討ちにされてしまっておりましたが……」
「ああ、あいつは私の名と地位を使い過ぎだ。
そろそろ痛い目にあった方が自覚するであろう。
何か言われても私は手を出さぬから安心すると言い」
「恩に切ります」
「では早速。 経過を見てになるが、報酬は必ず渡す。
後に手紙を渡すので、待っていてくれるか?」
宰相だからこそ、やはり結果をその目で確認するまでは報酬は渡さないようだ。勿論、それは重要な事であり、そう告げられたミコトも納得して手紙を待つ事にした。
そして、一週間ほどが経過した頃――
「ミコト殿、よくぞ参られた」
「お初にお目に掛かります、国王陛下。
改めて、ミコトと申します」
ミコトはジェラルからの手紙によって再び王城へと呼ばれていた。
謁見の間では国王グロール、王妃リザーナ、そして宰相ジェラルや大臣のゴルドン、騎士団長グロッグ、娘のセリア、そして騎士団が立っていた。
「そう畏まらなくていい。 ジェラル!」
「はっ、ミコト殿。 改めて礼を言う! ありがとう」
「と、いう事は……?」
「ああ、無事に回復して最近では外に出る事も多くなった。
本当に感謝している。 改めてセリア殿、ミコト殿、ありがとう」
「「はっ」」
「して、ミコト殿。 今回の件ではまたもセンという男が関わっていたと聞いた。
その実力もセリアが直接見ている事で信憑性が高い。
そこで聞きたいのだが、彼は招集に応えてくれるだろうか?」
王にとって、娘であるセリアを助け、更には侯爵夫人を助けた恩人になる。
だからこそ直接感謝を伝えたいのだ。
しかし、そのセンと同期にあたる息子のトールに聞けばそれは難しいと言われてしまった。
だが、王として民に感謝を述べるのは当然の事。
故に、ミコトに尋ねたのだ。
しかし――
「恐れながら陛下……その……」
「よい、そのまま教えてくれ」
「招集においては難しいかと……詳しくは分かりませぬが、魔力が無い事で虐げられ、人間を嫌い、もはや王侯貴族に対して敬意の欠片もありません。
その為、仮に王城への招集として声を掛けたとしてもマナーを学ぶ事、そもそも対面する事を〝面倒〟だと言うでしょう……」
ミコトの言葉に面識のあるセリアはうんうんと頷き、その他の連中は「何て不届き者だ」と嘆いていた。
「なるほどな……ライナやルビアからも聞いていたが、そこまで彼の心を歪めてしまっていたのか……
まあ過去を考えれば当然の結果ではあるか……」
「一つだけ方法があるとすれば……」
「何かあるのか!?」
「はい。 誠に進言し難いのではありますが、王自らが蠱惑ノ森の小屋へと出向く事です。
実際に、早く帰れと言いますが一切対応しないという事はありません。
また、私やセリアはいずれまた来ると伝えてあります」
「なるほど。 分かった。
少なからずダルージャでは犯罪者として扱われていた。
ならば、国への招集も何かしらの火種になりかねんからな。
こちらもその形で準備を進めておこう」
「王よ、本来であれば止めるべきものではありますが……行くのであれば私も行かせて頂きます」
ジェラルは力強く王へと告げると、「いっそ、皆で押しかけるか?」と王は王で冗談の様な発言をした。
・
・
・
ヘックシ!
ん?誰か噂でもしてるのか……?いや、俺の噂なんてしても意味無いし、気のせいか。
雪解けとは言ってもまだ寒い時期に変わりはないからな。
さて、時刻は昼過ぎ。
今日は久しぶりに蠱惑ノ森全体の状況を確認する作業を行なっている。
森はかなり広く、最深部の手前に小屋があるのだが、そこから入り口までは歩いて2時間。
しかし、これは入り口と言うよりも森に足を踏み入れて小屋まで真っ直ぐ歩いた場合に掛かる時間だ。
それを縦と置き換えると、横に歩けばどのくらいなのか……
端から端までは凡そ4時間は掛かるだろう。
そう、蠱惑ノ森は横に広かった。
また、中央には川が流れていて上流の方へ行くと滝がある。
活性の泉花はこの周辺に生えているのだが、実は滝の奥には洞窟があるのだ。
と言ってもまだ入り口しか入った事がない。
変に探索して迷って出れなくなったらそれはそれで面倒だからだ。
だが、ある程度森の地図が頭に描ける様になったからこそ、しっかりと紙に記そうと考えた。
その為、今はこうして森の中を探索中なのである。
『ギャオ!!』
シャキン
『グラァ!』
シャキン
『ギギィ!』
シャキン
襲い掛かって来る魔物は問答無用で切り伏せる。
そうして歩いていく事2時間。
噂の滝へと辿り着いた。
周囲は活性の泉花の蕾がいくつかあり、もうすぐ花を咲かせそうだ。
「さて、中に入るか……」
滝の水を出来る限り浴びない様にザザっと中へ飛び込んでいく。
すると、目の前には先が見えない真っ暗な空間が広がっていた。
カン、カンと火打石をぶつけ合って火花を生み、油を染み込ませた布に浴びせて行く。
こういう時、魔法が使えたらなっと思うけど、使えないものは仕方がない。
やがて、ボッと火が付いて辺りをオレンジ色の光が照らしていく。
「ん~、魔物とか居そうだな。 まあ、先に進むか」
真っ直ぐ洞窟を歩いていると、数十分後にはようやく広間らしき場所へと辿り着いた。
だが、何もない空間で周囲の壁は川の水が流れている。
すると――
〝ナニモノカ?〟
突然、広間に不気味な声が響き渡る。
「人間だ」
そう答えると、『ニンゲンフゼイガナニシニキタ』と再び声が響く。
「ん~、何となく。 洞窟があったら入ってみるのが人間の心理だ」
『カエレ。 キサマノヨウナモノガクルトコロデハナイ』
「断る」
『ナッ!? ナラバコロス』
何故だか恐怖心などは全くない。正直そういった感情はどこかで抜け落ちてしまったと思ってる。
じゃなきゃ蠱惑ノ森になんて住めないからな。
そして、俺の〝断る〟宣言をした事で広間の雰囲気が一気に変化し、やがて骸骨の群れが姿を現した。
昔の戦士の様な格好、騎士団の様な格好と多種居るが、その全てがガイコツであり、手には盾や剣を持っている。
『ココヘキタコト、コウカイスルガイイ』
そして、カタカタと音を鳴らしながら数十体のガイコツ戦士が一気に襲い掛かってきた。
だが――
シャキン
目の前まで迫ってきた群の数体がセンの抜刀によって真っ二つにされる。
だが、既に死んでいる者達だ。斬られた事など関係なく襲い掛かって来る。
「うん。 面倒だな……仕方ない」
シャシャキン!
っと二つの音が重なり合うかの様に鳴り響き、前方のガイコツ達が崩れ落ちて行く。
そして、隙ありっと高く跳躍して群の中央へと着地する。
「
初めての技。
当然、オリジナルです。
とは言っても、ただ抜刀して斬る範囲を広げてクルっと回っただけなのだが……
着地と同時に放たれた高速の抜刀と回転によって円形状の鋭い衝撃波がセンから放たれ、周囲のガイコツ戦士達が一斉に吹き飛ばされた。
既に死んでいる戦士が戦死。
はい、言いたかっただけです。
『くっ、何なのだ貴様は!? よい、ならば妾自ら相手をしてくれようぞ!』
そう告げると、突然広間の中央に魔法陣らしきものが描かれ、声の主が姿を現した。
「ふふふっ、こうして生身をさらすのは実に久しいのう。
じゃが――」
グサッ
「いてっ!? くそ……油断した」
「え? ええ?」
とりあえずこの魔女っ娘のセリフを待ってただけなのだが、ガイコツ戦士は先ほどお伝えした通り、真っ二つになったからといって死にはしない。
既に死んでいるから。
その為、下半身と上半身に分かれた内、上半身だけが剣を持ってズリズリと匍匐前進でセンへと迫り、足を剣で刺したのだった。
「いってぇなこの野郎」
ガンっと頭部を思いっきり蹴飛ばすと、その勢いで頭蓋骨が粉砕し、ようやく動きを止めた。
「だ、大丈夫かの……?」
「あ、ああ。 まあその内治るだろ」
「そ、そうか。 ならよいのじゃが……」
魔女っ娘は自分の登場シーンでまさかの横やりが入り、更には相手が怪我をしてしまった為に心配して尋ねてみた。
「と言うか、殺すとか言っておいて心配するとか意味が分からんぞ?」
「し、心配とか、全然してないしぃ~? 自意識過剰も甚だしいのではないかの?」
ヒューっと音の出ない口笛を吹きながら、色々誤魔化している。
「と、とにかくじゃ! 妾自ら手を下してやるから覚悟するがよい!
行くぞ!」
「あ~、ちょっと待って」
「えっ、な、何じゃ?」
「何か血が止まらないから一旦帰るわ」
このまま戦ってても怪我増えそうだし、夜になるとそれはそれで血の匂いを嗅ぎ付けて魔物が寄って来てしまう。
そうなると面倒だからな。
「いや、お主BOSS戦で一旦帰るとかある訳ないじゃろ!?
普通に考えよ! 普通に!」
「いや、普通って何だよ。 それにBOSSって、お前BOSSだったのか?」
「ん~少し違うのじゃが、お主からしたらBOSSみたいなもんじゃろ!?
と言うか、怪我くらい魔法で治せば良いじゃろ!?」
「あ、俺魔法使えないからな。 だから一旦戻って怪我が治ったらまた来るよ。
面倒じゃなければ」
この時、魔女っ娘は思った。
蠱惑ノ森は基本的に誰も寄り付かない。
まして、この洞窟は最早最深部に等しい場所。
その為、総合的に考えても滅多に人が訪れる事がないのだ。
また、訪れたとしても先程のガイコツ戦士群によって命を落として終わり、というパターンが多い。
だからこそ、せっかく久々に会えた目の前の
実際に帰ったとして、次にいつ来るかは分からないし、まだ何十年、何百年と間が空いてしまうかもしれない。
「わ、分かった! なら妾が治す! それで文句ないじゃろ!?」
「まあ治してくれるならそれが一番だが、何でそこまで?」
「べ、別に寂しくなんてないぞ!? き、気まぐれじゃ! 妾の気分なのじゃ!」
「ふ~ん。 寂しいのか。 となるとあれか? 久々に出て来たのに何もしないで帰られるのが嫌なのか」
「なっ、妾の心を覗き見おったな!? おのれ! 姑息なヤツめ!!」
「アホ、分かりやすいんだよ。 とりあえず治してくれ。
後、この辺のガイコツの生き残り邪魔だから消してくれると助かる」
「あ、ああ……そうじゃな、分かった」
パチンっと指を鳴らすとパーっと周辺のガイコツが光になって消える。
そして、「《ヒール》」と詠唱無しで手を翳し、魔法名を口にするとセンの足が緑色の光に包まれ、傷が見る見る内に塞がって行く。
「おお、助かるよ」
「ま、まあ妾じゃし、これ位朝飯前じゃ」
「それで、お前は何なんだ?」
「ん?」
目の前には紫色の髪に漆黒の瞳。
耳が少し尖がっていて、胸は大きいのだが、女性……女性?
片眼鏡を付け、魔女ハットを被っているし、多分魔女そのままの意味で魔女なのだろうな。
だが、背が低くてまるで子供。
女性と言うよりも女子だ。
ジーっと一通りその姿を観察していると、その視線に何かを感じたのか、何故か自分の大きな胸を両手で隠した。
「な、何をそんなに見ておるのじゃ! この変態め!」
「いや、大層立派なものをお持ちなのは分かったが……その……な?」
「うぅ……どうせ見た目が幼いとか言うんじゃろ!! 分かってるわぁぁぁ」
うわぁ~んっと泣き叫びながらも周囲に幾つもの魔法陣が展開され、火の球、水の刃、雷が一気にセンへ襲い掛かった。
「わっ、うわっ、ちょっと待てっ!?」
「うわ~ん! この変態!!」
「がっ、ぐわっ」
遂には火の球が被弾し、雷を浴びてプスプスと煙がセンの身体から昇る。
「いってぇ……はぁ、分かった。 可愛いから、お前は可愛い! 美人だ!」
「ほ、本当か!? 本当にそう思うか!?」
「あ、ああ。 だから落ち着いてくれ」
「ま、まあお主がそこまで言うなら、仕方ないの!」
ようやく落ち着いた。
って言うか癇癪で無詠唱魔法ってどうなってんだこの女は……
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