第8話ザ・貴族


外から魔物の雄叫びが響き渡り、ドアの入り口にはミコトが立っていた。


羽織っていた着物は所々が破れていて、腕にはかすり傷などが見られる。



「おお、セン! やはり居たか! 助かっ――!?」



ズギャン!!



「ちぎゃっ!?」



決まった!


俺の素晴らしいが華麗に魔物をこちらへ呼び寄せる黒幕を吹き飛ばしたんだ!


何か変な声出してたけど。



「なっ、何をする!! こんな麗しい美女の顔だぞ!? 

その顔に蹴りを入れるとは何たる所業だ!?」



ゴロゴロ転がり、近くの木へと激突したミコトが血を流す鼻を抑えながらも猛抗議をする。



「うるせぇ! お前わざと小屋に向かって魔物呼び寄せてるだろ!?

ここ壊れたら俺の住む場所なくなるんだぞ!?」



「だが、センなら何とかなると思ってだな! 良い作戦だったのだ!」



こいつは俺の実力を見た事も無いくせに何故か信じ切っている。


そういう意味で、こいつの中では俺に任せる事が一番の突破口だと考えているのだろう。


だが――



「お前、俺が人間嫌いで頼み事は断る事知ってて言ってるのか?」



「だから小屋まで来れば小屋を守らなければならないから自ずと戦わざる負えないのだろ?」



なっ……なんて悪魔的発想なんだ……


それも分かっていてこの行動に出たと……もはや俺の中で最重要危険人物へと昇格したぞ!



「ちっ、面倒臭ぇな……お前、出禁な」



「むっ、それは困る!」



「じゃあ自分達でどうにかしろよ! 騎士団長の娘も居るんだろ?」



「普段なら問題ないが、森は狭くて戦い辛いのだ! と言うか、何故セリアの事を知ってるのだ!? 」



「ん? ああ、ちょっとな」



そんな雑談をしていると、遂に小屋の前まで魔物が来てしまった。


小屋が建つ場所は、その周囲だけ木々が伐採されている。


恐らく、その木を使ってこの小屋を建てたんだろうけど。



「ミコト! 大丈夫か!?」



魔物と戦いながらも騎士団長の娘、セリアが森からその姿を現し、どうにか魔物の攻撃を防いでいた。


燃える様な真っ赤な髪が雪が積もる白銀世界の中で踊り舞う。



「ん? お主がセンか」



「あっ、そういえばライナを送り届けた時に居たな」



「ふん、相変わらず失礼な男の様だ」



「失礼か? この森の中で偉いとか通用しないしな」



これはある意味嫌味だ。


そもそも貴族や偉ぶっている人間に興味はない。


その権力を以て貧困や辛い境遇の人間の力になればいいものを、自分達の肥やしが第一優先。


そんな奴らに敬意を表する必要なんて皆無だろう。



『グォォア!!』



ブォンっと魔物の爪が周囲の木々を薙ぎ倒し、セリアに襲い掛かる。


よく見ればクロウベアだ。


以前に何頭か討伐して、その爪とかをさっきギルドに売りつけたばかりだ。


だが、その時のクロウベアよりも1.5倍ほど大きな体格。


何より、本来クロウベアは黒い毛並みで覆われているのだが、この熊は紺色に近い。


目は真っ赤に血走り、その爪の大きさも一本が大人一人分だ。



「おいおい、ベアの主か。 これまた面倒なヤツを連れて来たもんだな」



「「主!?」」



セリアとミコトはセンの言葉に驚きの声を揃えてあげた。



「クロウベアは本来黒の毛並み、サイズもここまで大きくない。

だが、かならず群の長が居る。 それはここの生息じゃなくても同じだ。

で、その長がこいつだ。

しかも、冬眠気に無理矢理起こされてかなり怒ってるぞ。

何した?」



「そ、それは、その……」



セリアは少し言い難いような様子でいると、ミコトが口を挟んだ。



「森の探索中に穴蔵を見付けてな。 宝があるかもしれないと入って行ったのだ。

だが、そこに居たのは眠るこのクロウベア。

トマン殿が一度穴を出て、一気に焼き殺そうとその穴の中に火魔法を連発したのだ」



「……はぁ~」



そういえば爆発音も聞こえてたっけ……


まあ、貴族なら魔物の知識も薄いし、基本傲慢な考え方しか出来ないからそういった事もやりかねない。


貴族なんてのは自分が欲しい物は全て欲しいタイプの人間の集まりだからな。


しかし、魔法を連発すれば倒せるなんてそんな事ある訳ないだろうに。



「で、その張本人はどこ行った?」



「「逃げた」」



「……」



まあ、そうだろうな。


うん。分かってた。


とは言え、最低だな。



「はぁ~」



最近溜め息が増えた気がする……俺はただ平穏にのんびりと過ごしたいだけなのに……


そう考えたらだんだん苛ついて来た。


世の中理不尽にも程がある。


あぁ、クソッ!



『グォォ!!』



「きゃっ!?」



ギンっとクロウベアの爪がセリアを襲い、爪を防ぎながらも体格さでそのまま吹き飛ばされてしまった。



「セリア!」



「だ、大丈夫だ」



しかし、セリアがぶつかったのはセンが食料を保存していた倉庫の入り口だった。


その為、扉が壊れて中に備蓄していた食料の匂いがクロウベアの嗅覚を刺激していく。



「やぁ!」



隙を見せた!と今度はミコトが刀を抜き、クロウベアへ斬りかかって行った。


バシュ!



しかし、傷は浅く、そして何よりもクロウベアは斬られた事を全く気にしていない様子でくんくんとセリアの方へ鼻を向けていた。



「おい、まさか……俺の食料を!?」



『グルルル』



先程まで二足歩行で完全な臨戦態勢だったクロウベアは前足をズンと下ろすと、四足歩行の体勢となって今にも食料のある倉庫へ駆けだす勢いだった。



「こうなったらもう殺すしかないな。 

残念だがお前は食べる側じゃなくて食べられる側になったようだ」



『グルァ!』



ダッと勢いよく地面を蹴り、セリアが倒れている食糧庫へ突進していく。


だが――



シャキン



『グルッルル……ル……』



クロウベアの突進よりもセンの抜刀の方が遥かに早い。


その為、セリアの手前でクロウベアはズルっと頭部が滑り落ち、その胴体ごと崩れ落ちて行ったのだった。



「「なっ!?」」



「あ~あ、とりあえず食糧庫の入り口直さないとな……ってかこのクロウベア、入るかな」



一先ず解体せねばと爪、皮など素材として売れるものは別の風呂敷にしまう。


そして、大きな胴体部分は内臓を取り出して部位別で食糧庫へと運んでいく。



「おい、お前等も手伝えよ。 迷惑掛けたんだから」



「あ、ああ。 すまない」



「わ、分かった」



二人は何故かキョトンとした状態で、それでも無理矢理身体を動かしてとりあえずクロウベアの肉を運び終えた。



「ん~、入り口は……切るしかないか」



センは近くの小さな気を一瞬で斬り倒し、更にはその形をしっかりと整え、ドアにしていく。


そして、ガコっと入り口に嵌めると問題なくドアの役割りを果たしてくれそうだ。



「ふぅ、これで大丈夫だな。 ミコト、お前二度と魔物連れてくんなよ?

と言うか対処出来ないなら最初から挑むなよ」



「す、すまない。 助かった。

普通のクロウベアなら問題なかったのだがな。 

後、先程も言った通り、森の中だと本気を出せん!まあ、実際にはあそこまで強いとは思わなかった。まさかワイバーンより強いとは……

いや、場所の問題かもしれん……」



「私からもすまない。 相手の実力を見誤ってしまったのは私の責任だ」



二人がペコっと反省しつつ謝罪をする。


ミコトは最後、謝罪じゃなく言い訳に聞こえたが……


そして、二人は顔を合わせると、せーのといった様に揃えて口を開いた。



「「さっきのは何だったんだ!?」」 



「一瞬にしてクロウベアの頭部が切り離されたぞ!?」



「私もだ! まるで見えなかった! 何をしたんだ!?」



センとセリア、どちらもセンの一閃を捉える事は出来なかったようで、何をしたのか詳しく!と尋問紛いに突き詰めてくる。



「何をってこう刀を抜いて斬る。 でそのまま戻しただけだ」



「「だけだって……」」



いやいや、それだけしかやってないのは事実だし。


まあ、早いのはそれだけ鍛錬してるって事だしな。



「とりあえずもう魔物はいないが、穴蔵に攻撃を仕掛けるのはやめろ。

じゃあな」



夕食の準備が途中なんだ。


もう俺の平穏を邪魔するな。



「ま、待ってくれ! とりあえず話だけでも聞いてくれないか!?」



すると、セリアが慌ててセンを引き留める。



「あ? 活性の泉花ならここを真っ直ぐ進むと川が流れてる。

その川を下った所に咲く。

とは言え、今の時期には咲かんぞ? 

今なら だ」



「「えっ!?」」



「いやいや、知らないで来たのかよ。 情報足りな過ぎだろ」



「そんな……」



セリアはガクっと膝から崩れ落ちた。魔物の攻撃よりも遥かに高い威力の一撃だったかもしれない。



「はぁ~、ちょっと待ってろ」



「?」



ミコトは不思議そうな表情でセンを見た。そして、センは小屋に入っていくのだった。


その数分後、センが小屋から出て来たと思えば、手に何かを持っている。



「ほら、これやるから帰れ」



「こ、これは……?」



センの手にはポーションの様な容器に入った薄っすら水色の液体。



「活性の泉花から摂取した薬だ。 そもそも花だけ持って帰ってもそこからエキスを抽出しなきゃならんだろ。

これがそれだからそのまま宰相夫人に飲ませるんだな」



「セン、先程から思ったが何故知ってるのだ!?」



「ん? 御者が言ってた」



「御者!? という事はセンはグランドワイズへ行ってたのか!?」



面倒だからとりあえず調味料を買いに行った事、御者が何でこんな所に?という下りなどを説明した。


そして――



「ありがとう、セン殿! 本当にありがとう!」



セリアは感謝の言葉を繰り返し伝えて来る。



「セン、君はやはり優しい男だな。

さすがは私のお気に入りだ!」



「誰がお気に入りだ。 早く帰って欲しいからだよ。

全く、次から次へと人が来る……何でだ? 俺の平穏が浸食されてる気がしてならん!」



「まあいいじゃないか。 じゃあまたな、セン」



「いや、馬車まで行く。 ちょっと用を思い出した」



「そ、そうか。 では向かおう」



そして森から歩いて、と言うのは面倒なのでとりあえず森の入り口まで駆けると、まだ馬車は停まっていた。


更に、貴族用の馬車の扉を開けると中では貴族の男がブツブツと何かを言いながらもブルブル震えていた。



「おい



「「で!? デブ!?」」



セリアとミコトはセンから発せられた突然の暴言に驚きと、確かにまるまる太っているトマンの姿を見て、思わずブッっと拭いてしまっていた。


しかし、それを悟られてしまえば後々面倒だ。


そう思った二人は必死に口元を抑え、ふるふる震えていた。



「だ、誰がデブだ! 貴様、この俺を誰だと思って!!」



トマンが振り返り、センの姿を見る。



「太ってるからデブなんだろうよ」



「何ぉぉ!! 貴様、許さん! 死刑だ! 俺がこの手で直々に捌いてくれるわぁ!!」



貴族はプライドの塊。だからこそ、ストレートに伝えると先程まで震えていた姿からは想像も出来ない程に強気な姿勢で馬車を降りた。



「いや、そもそもデブにデブと言って何が悪い?

と言うかその体系じゃ戦闘に向かないだろ。

なのにわざわざクロウベアの主の穴蔵を襲うとか死にたかったのか?」



「何!? 俺の強さを舐めてんのか?」



「クロウベアで逃げたお前に言われたくねぇよ」



「如き!? ふん! 逃げたのではなく作戦を考えていたのだ。

戦略的撤退だ」



「セリアとミコトを置いてか? 

貴族の癖に女性のエスコートを忘れてのこのこ帰るとか心もデブか」



「こ、心がデブだと!?」



ブフッ!とセンの発言にまたもセリアとミコトが噴出した。


もはや二度目は耐えられない。


どうにか必至に耐えなければと口元を抑えているのだが、顔は真っ赤になり、肩が震えている。



「っ~~~!?」



ミコトは倭の女神と謳われる程に美人であり、セリアもまた、目じりのホクロが印象的な美女だ。


そんな二人を実は影で狙っていた貴族の男、トマンは自分の姿や性格をセンに突っ込まれ、更には笑いの対象になってしまっている事に恥ずかしさと怒りが一気に込み上げた。



「貴様、絶対に殺してやる! 侯爵家の俺を馬鹿にした罪はその命で償え!」



「お前には無理だ。傲慢に自分は偉いと何もせずのうのうと過ごして来たお前に俺が殺せるわけないだろう」



「貴様が俺の何を知っている!?

それにさっきから侮辱の言葉ばかり! 許さん!

―生命の素となる魔の息吹、眼前に立ちはだかる悪しき敵を焼き払わん! ≪ファイヤーボール≫!」



トマンの手から火の球が顕現され、勢いよくセンへと襲い掛かる。


通常のファイヤーボールであれば何も問題はない。


しかし、怒りで爆発していたトマンは通常の何倍もの大きさのファイヤーボールを放った。


下手したら馬車や後ろのセリアとコミトを巻き込む場合もある。



だからこそ、センはその場所を動かない。


まして、大太刀で斬ったりもしない。


ただただトマンから放たれた火球をその身で迎えた。



ドゴォォン!



「「セン(殿)!!」」



「ふ、ふん! あれだけ俺を馬鹿にしてその程度か?

だから平民に生きる価値はねぇんだよ!!」



トマンが自分を侮辱したセンに対し、してやったりな表情を浮かべながらも差別用語を言い放つと、やがてセンが立っていた場所から土煙が晴れた。



「ふぅ、こんなもんか」



「なっ!? 何だと!?」



「さすがに一発で終わる訳ねぇだろ。

全く、状況も把握出来ないんじゃ身体も心もデブで、脳みそにも脂が付いてんじゃねぇか?」



「「ブフッ!!」」



何度目か分からないセンのトマンに対する悪口がどうしてもツボに入ってしまうセリアとミコト。


その笑う美女二人の姿にトマンは更に怒りが込み上げる。



「ふん! 魔法がダメならこうだ!!」



トマンは隠し持っていた剣を振るい、センへと襲い掛かる。


しかし、それは当然ながらセンに届く事は無い。


いや、むしろ誰でも躱せるだろう。


それほどにトマンは身体の影響で速度が低下していたのだ。



「お前、自覚ないの? 子供でも避けられるスピードだぞ……」



「だ、黙れ! お前は黙って俺に殺されれば良いんだ! 

平民は皆俺の道具! 女は黙って俺に抱かれていれば良いんだよ!

そして、俺が危なくなったら命懸けで守る! 当然だろ!

俺は侯爵なんだ! だははははっ!」



「とんだクズだな」



トマンの言葉に真っ先に反応したのはセンではなく、ミコトだった。



「許せん。 人を道具扱いするとは下衆だ。

こんな男が貴族とは、グランドワイズの価値が下がるぞ」



「私もそう思う。 トマン様、流石にその醜態はどうかと」



「ふん! 俺は貴族だぞ? ハンターってと言ってもただの平民と同じだろう。 

そんな奴に言われても何とも思わん。


お前もだ! 騎士団長の娘と宰相の息子、どっちが偉いと思ってるんだ!?

寧ろお前達も俺の玩具にしてやろうか!? 嬉しいだろ!!?」



「とことん下衆いな。 

私を玩具にして良いのはセンだけだ! 覚えておけ! 

ちなみにもうセンに抱かれている!!」



「おい。 それ、ここで言う事か?」



「いや、こやつは明らかに私の身体を狙っていたからな。 ダメ押しだ」



「くっ、ぐぬぬっ! やはり許さん! もう抱かれるとは!

まあいい、騎士団の娘がいるからな」



「わ、私もセンに抱かれま、した?」



すると、今度はセリアまでもが顔を真っ赤にしながらそんな事を告げた。


どうやらトマンを挑発したいようだが、それでも〝抱かれた〟なんて言葉を口にした事がなかったようで、恥ずかしさに身悶えながらも必死に言葉にしていく。


「だ、だから、アナタとは……む、無理です!!」



ようやく全てを告げたセリアなのだが、同時に恥ずかしさも上限に達し、その場にしゃがみ込んでしまった。


しかし、その姿が余計に信憑性を高めて、トマンは別の意味で顔を真っ赤にしながら再び武器を構えた。



「振られたな。 まあその体系じゃ誰も受け入れないだろう。

あっ、余程のもの好きであれば あるかもな」



「ぐぅぅ、もう許さん! お前はここで死ねぇ!!」



ギン!



センはとりあえずトマンの剣を受け止める。


太ってる事で力はそれなりにあるようだ。



「何をニヤニヤしている! だぁ! おらぁ!」



ギン!ギン!っと何度も金属同士がぶつかり合う。


しかし、数分後には――



「ぜぇ……ぜぇ……くそっ、か、体が……」



トマンは体力の限界でもう剣を振るう事も出来ない状態だった。



「出直して来い」



「う、うるさい! このっ――ぐわっ」



センは最後の力を振り絞ったトマンの剣を素手で掴み、そのまま前蹴りで後方へ吹き飛ばした。



「くそっ、体が重い……」



「自覚したか? なら痩せるんだな。

後、護衛に頼んだ者の命を粗末にすんな。

がな」



「くそっ、くそっ!」



「ふぅ、じゃあ俺は戻るから。 じゃあな」



「セン、ありがとう。 今度改めて礼を言いに行く」



「私もだ。 またな」



「いや、来なくて大丈夫です……」



「いや、行・く・か・ら・な。 では!」



俺の拒否権は……?


セリアもミコトも何やら楽し気に馬車へと乗り込むと、御者がトマンを必死に馬車内へ運び、そのままグランドワイズへと戻って行ったのだった。

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