第7話ミコト、再び森へ
翌朝――
「おはよう、セリアさん」
「おはよう、ミコト殿。 セリアでいい。 歳も同じだしな」
「分かった。 ならセリア、私は準備出来ているからいつでも大丈夫だ」
グランドワイズ国の門の前に馬車が一台。
商人や街の人間が使うものではなく、貴族用の豪華な物だ。
現在、蠱惑ノ森へ向かう為の荷物などを荷台に積んでいる所だった。
「しかし、これだけ貴族を強調しているのは、盗賊に狙って下さいと言ってる様なものではないか?」
ミコトは馬車の豪華な装飾を見て、疑問を浮かべた。
「ああ、確かにそうなのだが……宰相の息子、トマン様はこれでな……」
セリアが鼻を掴む様に拳を握ると、それを前に伸ばすような仕草を見せる。
「なるほど……それは何やら厄介な匂いがするな」
「まあ大人しくしてくれると良いのだが……」
そんな話しをしていると、その的であるトマンが姿を見せた。
貴族らしいと言えば貴族らしい大きな身体で、冬季にも関わらず既に汗をかいていた。
クルっと金髪にカールが掛かり、顔も整っている。
しかし、それ以上に体型が主張している為、痩せていればモテたのだろう。
「貴様が今回の依頼を受けたハンターか?」
「これはこれは、ミコトと申します」
「プレートの色は?」
「現在は黒です。 もう少しで銀に昇級出来そうですが」
「ふん、まあしっかりやれよ」
ミコトはセリアよりも胸が大きく、スタイルだけで見れば抜群だ。
トマンは上から下までしっかりと見定めると、〝合格だ〟と言わんばかりに卑猥な視線を送りながらもその場を後にした。
「ミコト、気を付けてね」
「ああ、全く男と言う生き物は……」
「まあ、ミコトの場合は腕っぷしも強そうだから良いが、トマン様は自分が偉いと思い込んでいる節がある。
極力近づかない事をおススメする」
「留めておこう」
そして、ようやく準備を終えると馬車は蠱惑ノ森へと走り出したのだった。
馬車は二台。
トマンとセリアが乗る貴族用の馬車と、荷物と一緒にミコトが乗る小さ目の物。
出発時にトマンがミコトにこちらへ乗れと声を掛けたが、ミコトは盗賊が出た際に直ぐに出れるように、そして物資は命綱だと説得して今の形に至るのだった。
「そういえばセンと分かれてまだ一日しか経っていないのだな。
何故かこう……はっ!?」
いやいや、そうではない!っと何故か必死に抗うミコト。
とりあえず、グランドワイズから蠱惑ノ森まで馬車で1時間程だ。
のんびりと外ののどかな風景を眺めながら二台の馬車が森へと向かって行くのだった――
・
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その頃、蠱惑ノ森ではセンがいつも通り鍛錬を終え、のんびりと過ごしていた。
まだ雪は積もっており、森を歩くには足場が悪いのだ。
「そういえば調味料がそろそろ切れそうだな……」
調味料などの生活用品はグランドワイズ、もしくは近くの港町で買える。
とは言え、やはりグランドワイズの方が種類も豊富であり、その他の品も買う事が出来るのだ。
「ちょっと一っ走り行くかな。 たまには鍛錬以外の事もしないと……」
毎日鍛錬は続けているが、その他の運動はあまりしない。
まあ、魔物の討伐がそれの代わりになっていると言えばそうなのだが。
ダッと勢いよく小屋の前から走り出し、木々を避けながら森の中を掻き分けていく。
歩いて向かっていれば大体2時間ほどで森を抜けられる。
冬季は雪が積もっていて、魔物と遭遇する率は低い。
その為、30分程で森を抜ける事が出来た。
そのまま走って行くかな。
センは立ち止まる事なく街道を走り抜けていく。
すると、正面に二台の馬車が見えた。
「あれは……何か見た事あるけど……分からんから良いか」
引き続きそのまま駆け抜けていき、通常の半分ほどの時間でグランドワイズへと到着した。
街は冬季だが、それでも活気付いていて、沢山の人が行き交っていた。
「やっぱ人が多いのは嫌だな……」
門で入場許可を得ると、先ずはギルドへ向かう。
「すいません、素材売りに来ました」
「あっ、はい。 ではこちらに並べて下さい」
素材を包んでいた布を広げ、受付嬢が持って来たトレーに並べていく。
冬季の為、素材はそこまで傷んで無く、寧ろ先程まで生きていたかの様な鮮度だ。
「これで全部」
「では、少々お待ち下さい」
そして、数分後――
「あの!」
ん?俺かな?
「はい?」
振り向くと、先程の受付嬢が何やら険しい表情でこちらを見ていた。
「セン様はプレート、青ですよね!?」
「確か……」
ごそごそっと胸元からネックレスにしてあるハンターの証を取り出した。
「ちょっといいですか?」
青いプレートを確認すると、更に険しい表情でセンを受付まで連れていく。
「持って来て頂いた素材ですが、どれも上級の魔物の物なのですが……こちらはどこで?」
ああ、そういう事か。
青色が黒とか銀の依頼対象の素材を持って来たから事実確認って事かな?
「森で倒してそのまま集めてたんだよ。
プレートの色って結局ギルド基準でしょ?
白だとしても、実力は金だったりする事もあるでしょ。
ハンターになるのが遅ければその可能性は上がると思うよ」
「ま、まあ……そうですね……いえ、疑ってる訳ではないのですが、一応確認の為に……」
センの言葉に受付嬢がしどろもどろしていると、査定が終わったらしく、声が掛かる。
「まあとりあえず全部俺が倒して集めた物だから」
「は、はい」
査定を終え、置かれた金額はかなりのものだった。
「グレードボア二頭の牙と皮、クロウベア五頭の爪、一角兎の角五本――」
食料集めのついでに魔物を狩っておいたのは正解だったな。
「――で、合計32万6000ベルカになります」
この世界の通貨は〝ベルカ〟
大白金貨 100万ベルカ
白金貨 10万ベルカ
大金貨 5万ベルカ
金貨 1万ベルカ
大銀貨 5000ベルカ
銀貨 1000ベルカ
銅貨 100ベルカ
鉄貨 10ベルカ
の順番で、例えば平民の給料が一ヶ月10万ベルカ。娼婦館へ行くと1万~2万ベルカが相場になっている。
食事であれば500ベルカ~1000ベルカ。
宿だと普通の所で一泊2000ベルカなのだ。
ドサっとパンパンに膨れ上がった麻袋が目の前に置かれ、受け取りのサインをすると、受付嬢が言葉を続けた。
「セン様、おめでとうございます。 今回、依頼を熟した訳ではないのですが、青から赤級への昇級が認められました」
「そうなんだ。 ありがとうございます」
「どうぞ」と赤いプレートを受け取ると、センはそのままギルドを出て雑貨屋へと向かった。
そして、塩・胡椒・砂糖・ハチミツなどを購入すると、これ以上は物が持てなくなる為、そのまま街を後にしたのだった。
当然、走りながら小屋へと戻る。
すると、蠱惑ノ森の入り口へと到着した時、嫌な予感がした……
「あれは……」
グランドワイズへ向かう途中にすれ違った何かしらの紋章が描かれた馬車と荷物が詰め込まれていた馬車。
その二台が停まっていたのだ。
「あの」
「ああ、こんな所で人に話し掛けられるとは珍しい事もあるな。 何か?」
馬車の御者に、この紋章と何故こんな場所にいるのかを訪ねる。
「ああ、これは宰相ベルドッケン侯爵の紋章だ。
ご夫人が病に伏せて、その薬を採りに蠱惑ノ森へと来てるんだよ。
騎士団長の娘のセリア、ハンターのミコトが一緒だから問題ないだろう」
「なるほど、ありがとうございます」
「お前さんも気を付けてな」
おいおい、そんな薬になるような草……あったな。
確か、活性の泉花って本には書いてあった。
あっ、本って言うのは元々小屋の本棚にあったものだ。
一応、森の情報になるものはないかと、読み漁っていた頃がある。
その時に図鑑があり、そこに活性の泉花が描かれていたのを覚えている。
しかし……
「ミコトがいるって事は……下手したら鉢合わせるよな……貴族含めた三人相手は面倒臭いにも程があるぞ」
とりあえず小屋へ戻ろう。
そう考え、急いで森の中を駆けて行く。
実際に森の入り口から小屋までは歩いて2時間程。
だが、道を分かっていない場合は必ず迷い、彷徨う形になる為にそれ以上の時間が掛かるだろう。
また、三人は小屋を目指すのではなく、目的が活性の泉花の為に小屋の方面ではない。
と言っても、地図がある訳ではないから迷った末に小屋へと来る可能性は拭えないのだが……
そうして30分程で小屋に辿り着いた。
「よし! まだ来てないな。
と言うか、来なくていいんだけど」
とりあえず小屋へと入り、夕食の準備をしていく。
調味料もしっかりと揃えた事で何故がテンションが上がる。
何なら調味料に合う食材を見付けようかと考えるが……三人に出くわすのは面倒だからと意識を戻した。
そして、のんびりと過ごしていると――
ドゴォォン!!
「ん?」
『グォォォォォオオオ!!!』
爆発音、そして魔物の鳴き声……という事は、あいつらは戦闘中か。
まあ、御者も言ってたけど、三人なら問題ないだろ。
騎士団長の娘の実力は知らんが、ミコトはどうにかなる。
貴族は……死ぬかもしれないな。
まあ、死んでくれても構わないんだけど。
『グァァァァォォォォオオ!!』
再び魔物の鳴き声が響き渡ると、更に違和感を感じた。
何故なら、魔物の鳴き声が先程よりも大きく、ハッキリと聞こえたからだ。
「まさか……来ないよな?」
来たら面倒極まりない。
そう願いつつもとりあえず夕食の準備をしているとやはり悪い予感は的中してしまった。
『セ~~~ン!!!』
「っ!?……はぁ~、あのやろう……」
『いるのであろう!? 手助けを!!』
何やら聞いた事のある声が小屋の外から聞こえる。
また、他にも爆発音や気合を入れる声などが響く。
ドンドンドン!
『居る事は分かっているのだぞ! 頼む! セン!!』
「はぁ……俺の平穏……」
出て行かないと止みそうにない。
と言うより、戦闘の巻き添えで小屋を壊されてしまう事が一番困る。
センは渋々入り口のドアをガチャっと開け、大きな溜め息を吐きながら外へ出たのだった――
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