第6話厄介事は連鎖する


翌日、雪はしっかりと止んで外は快晴だった。


積もっている雪は徐々に解け始め、水滴に日の光が反射してキラキラ輝いているようにも見える。



ブォン!



ブォン!



「998……999……1000」



ブォン!!っと最後の一振りに力を込め、センが朝の鍛錬を終える。



「凄いな。 大太刀をそこまでしっかりと振れるなんて驚きだ」



今日の鍛錬は一人ではなかった。昨日、小屋を訪れたミコトも朝の鍛錬は欠かさないらしく、自分の刀を使って素振りを行なっていた。


一度、大太刀を振りたいと言って挑戦したのが、2回が限界だった。


いや、女で2回振り下ろせれば十分ではあるのだが。



「さて、鍛錬も終えたし朝食にしようじゃないかっ!」



「おい、何故お前が主導権を握る?」



「構わないだろ? 私が作るから」



そういってミコトが朝食の支度を始める。


仕方ないからとセンは太刀の掃除をして待っていると、ぱぱっと簡単な食事が机に並べられた。



「うん! 上出来上出来~」



更には卵を使った料理、前菜にホットミルクだ。


女らしい彩を考えた盛り付けがされていて、目で楽しむ事も出来るだろう。



「お前料理出来るんだな?」



「当然! 野営でもそうだが、少しくらい美味しい物が食べたいだろ?

まあ、それに私は女だから家事全般は当たり前の様に教え込まれた」



「なるほどな」



どの家庭も女が家事を行なう。つまり、家の中の舵を取る。


特に倭の国では女の戦場は台所だという言葉が当たり前の様に言い伝えられているのだ。


しばらくして朝食を取ると、ふぅっと一息つく。



「そういやぁ、今日は逃した魔物討伐するんだろ?」



「ああ、だが蠱惑ノ森は広いからな……早めに手掛かりが見付かればいいのだが……」



そういえば討伐目的だった魔物が何か聞いてなかったな。



「何て魔物だ?」



「ヴァンプモンキーだ。 主に女性を襲って血を啜る卑しい魔物だな」



「吸血鬼的な奴か。 なら探すの楽じゃないか?」



「そうなのか?」



この時期、魔物が多いのは食料の確保だったり、体内に溜め込む目的が多い。


恐らくその猿の魔物も血を溜めて生き永らえるつもりだろう。冬眠するかどうかは知らんが。


なら、格好の餌食が目の前にいる。



「お、おい……何だか恐ろしい事を考えてはいないか?」



おっと、どうやら表情に出ていたらしい。



「恐ろしくはないだろ。 とりあえず今この森に女はお前しかいない。

なら、まあ首筋に傷が残らない程度の血を流してその匂いを漂わせれば誘き寄せられるんじゃないかと思ってな」



「な、なるほど……確かに妙案なのだが……何だか嫌な予感がするのは気のせいか?」



「気のせいだ」



と、言う訳で早速着物を少し崩して首元をしっかりと晒す。


鎖骨までしっかり見える程度に。



「こ、このまま君が襲うんじゃないだろうなっ!?」



「何言ってんだ。 逆に襲われたいのか?」



「なっ、そっ、そうではない!!」



若干の警戒心と共にミコトが首を晒してかるく剣を立てると、ツーっと真っ赤な液が流れる。


肌が白い分、非常に目立つ。



「とりあえずそれを染み込ませてっと」



布を一枚取り、ミコトの血を吸わせると、そのまま小屋を出て森の中心部へと向かった。


辺りは未だ雪が積もっていて、森の中ではあるが白銀世界が広がっていた。


そして、布に染み込ませたミコトの血を周囲の雪にも散らせる。



「じゃあお前はそこで待機。 まあ元々お前の獲物だし、出てきたら倒せばいい。 頑張れ!」



とりあえずサムズアップ。



「おっ、おい! 何か無責任ではないか!?

君はどうするのだ?」



「いや、俺関係ないし」



「くぅ~、ここに来てそれか!? 人間嫌いと言うより、ただの薄情者ではないか! まあ近くには居てくれよ」



「仕方ない……」



そして、しばらくミコトは刀に手を添えたままその場に立ち尽くす。


あまり動き回ると却って警戒させてしまうからだ。


すると――



ガサッ



ガサッ



周囲の木々が揺れ、被っていた雪が地面へと落ちて来る。



「来たか……」



ミコトは周囲の気配を察知しながら、刀に添える手に力が入る。


そして――



『ギギーッ!』



木の上から一匹の猿が勢いよくミコトへ襲い掛かった。



「そこっ!」



シャキンっと抜刀し、飛び掛かって来た猿、ヴァンプモンキーの右脇腹から左胸を切り裂く。



ブシャ!



『ギァギャギャ!!』



まさか返り討ちに遭うとは露知らず、斬られた傷から血飛沫を上げて猿がもがき苦しむ。



「すまんな。 だが、猿如きに殺られる私ではない」



ズズっと頭部に刀を突き刺し、猿は動かなくなった。



「お見事」



「おお、まあ一匹なら大した事は無い」



「しかし、これがヴァンプモンキーか……初めて見たけど」



黒い毛並みに尖った耳、そして二本の鋭い牙を持つ子供程の大きさの猿。


本来は集団で行動するのだが、どうやらこいつは逸れてしまい、一匹でも生き延びる為に人を襲っていたのだろう。



「さて、素材も取り終えたし、戻るとしよう。

センは小屋へ戻るのだろう?」



「ああ、別に他に行く場所はないからな」



「そうか。 私はとりあえずグランドワイズへ戻る。

初対面とは言え、泊めてくれて感謝する」



ミコトは礼儀正しく頭を下げて感謝を伝える。


まあ、俺も良い思いは一応出来た訳だしな。



「まあ気を付けて帰れよ。 ここからなら大体1時間位。

ダッシュすればもうちょい早く着くけど、まああっちにまっすぐ行けばグランドワイズだ」



「おお、すまない! それを聞かずに行ってたら迷って凍死するところだった。

では、また来るからな! 達者で」



ミコトがスタスタと森の奥へと消えていく。


とりあえず、これでやっと一人だ。


長い事一人でいるが、誰かが来るとやけに長く感じるんだよな……ライナの時もそうだし。











1時間後、ミコトは無事にグランドワイズへと来ていた。



「すまぬ、この依頼の完了報告だ」



ミコトはハンターギルドの受付へ依頼受諾書を出し、依頼完了の旨を告げた。



「これはミコト様、お帰りなさいませ。 ヴァンプモンキーの討伐でしたね。

では、こちらに耳と牙を」



ミコトは普段、ハンターとしてそれなりに活動をしている事で、グランドワイズの受付には顔を知られている。


トレーに素材を置くと、受付が奥で控える査定員にそれを渡す。


そして、しばらくお待ち下さいと受付が告げると、ミコトは奥のテーブルが置いてある席に腰を下ろして待っていると、何やらニヤニヤしたハンターがミコトの前に立った。



「おっ、お前あれだろ? 倭の女神だっけか?」



随分と下品な顔で見て来るのだな……


と言うより、見られているだけで悪寒がする。



「何か用か?」



「おいおい、つれねぇな? 俺等『獣の宴』ってパーティーなんだ。

知ってんだろ? ここらじゃ有名だしな!」



獣の宴……確かに聞いた事はあるな。


だが――



「ああ聞いている。 女を酔わせて楽しむだけ楽しんで捨てる下衆集団だったか?」



ミコトがキリっと鋭い視線で睨み付けると、男が少し怯む。


が、酔っているのかそれでも気にせずミコトに迫って行く。



「さっき依頼終えて宴してんだ。 お前も付き合えよ! な?」



何故私が見ず知らずの、しかも女の敵の様なパーティーと一緒に酒を嗜まなければならないのだ?



「不要だ」



すると、受付から査定が完了したと報せが入る。



「では」



「おい、待てっ――!?」



「これ以上何かあるのか? 無いなら宴に戻るといい」



いつの間にかミコトの手から刀が抜かれ、剣先が男の喉元へと当てられていた。



「チッ、何が女神だよ。 男を知らない野蛮な女じゃねぇか。

行くぞお前等」



男達は捨て台詞を吐きながら元の席へと引き返していくと、周囲からは何故か拍手が浴びせられた。



「わっ、そこまでの事はしてないんだがな……」



「こちらも困っていたのです。 彼らは新人の女子ハンターを狙う率が高かったので……ありがとうございます」



受付もそう告げると、感謝を伝えて以来完了の報酬をミコトへと手渡した。



「さて、これからどうしようか……」



何か依頼でも受けようか、それともたまには街をのんびり歩くか……


そう考えながらもふと依頼が集まる掲示板に目をやると、一枚の依頼書が目に入った。


それを手に取ろうと伸ばすと――



「「あっ」」



たまたま同じタイミングで手を伸ばしたもう一人の女性が隣に居たのだ。


赤い髪を一本に束ね、目じりにはホクロがあるキリっとした印象の女性。


グランドワイズの紋章が刻まれた籠手に程よく膨らんだ胸当ては恐らくミスリルで出来ているであろう高価な物。



「すまない、あなたは……ミコト殿か」



「えっと、私を知っている様だが……」



「私はグランドワイズ国騎士団、第一部隊隊長のセリア・フロードだ」



「部隊長か! だが、騎士団ガハンターの依頼を熟すのか?」



ギルドで依頼が張り出されているのは基本ハンター向け。


と言うより、ハンターの仕事だ。


当然、騎士団員がそれを受注する事は出来ない。



「いや、これは私が頼まれて依頼書を発行してもらったのだが、一向に受注する者がいなくてな。

それで様子と、依頼内容に不備がないかを確認しようとしていたところだ」



「なるほど、ちょうど私もその内容が気になったのでな。

詳しく教えてくれると助かる」



「おお、それは良かった。 ではこっちで直接説明しよう」



セリアはミコトを連れて開いている席へと座る。


未だ、獣の宴の連中が騒がしくしているが、先程の牽制が効いたのか、突っかかって来る事はない。



「ではさっそくだが、これはグランドワイズ、この国の貴族からの依頼だ」



ミコトがセリアの話しを聞くと、どうやら依頼は貴族と言っても宰相かららしい。


現在、宰相の奥様が病に伏せており、それを治せる可能性が一番高い草、〝活性の泉花〟を必要としているらしい。


しかし、その花はどうやら魔物の多い非常に危険な場所に生えているらしい。



「それで、その花が生えていると言われるのが……」



〝蠱惑ノ森〟



「なっ!? 蠱惑ノ森!?」



「ああ、しかも最深部に近い水辺らしい。 以前、第一王女のライナ様が森を彷徨い、川で水浴びをした事があると言っていたが、ライナ様を連れて行くのもな。

そこでハンターに護衛を依頼する形になった。

宰相の息子のトマン様、私、そしてハンターの誰かだ」



「なるほど……」



いや、待てよ?


そういえば私はセンの実力を見ていない。


確かに鍛錬する姿はしっかりと目に焼き付けた。あの重たい大太刀を1000回も振るっている姿を。


だが、しっかりとその実力を知るのをわすれてしまった。


なら、これは無理矢理引き込むチャンスではなかろうか……いや、しかし人間嫌いのセンだ。


説得にかなりの労力が必要となる。


見返りとしてももう持っていく物が無いからな……ま、また私の身体で……いやいや……



「どうかしたのか?」



一人で考え事をしながら、首を横に勢いよく振るうミコトの姿を見て、セリアが不思議そうな表情で尋ねた。



「いや、大丈夫だ」



「そうか。 確かライナ様が森に迷い込んだ時、センという男が助けてくれたそうだ」



「何!? センだと!?」



「ん? 知ってるのか?」



「あっ、いや、ついこないだ会ったばかりだ」



「という事はミコト殿も蠱惑ノ森に!?」



色々繋がりがありそうだな、とミコトは前回の依頼の事、センの事などを簡単に説明した。



「それで戻って来たばかりなのだ」



「そうだったか! ならそのセンと言う男に頼めば問題なさそうだ!

実力もかなりのものと聞いているからな」



「だが、彼は人間が嫌いで……」



「ああ、ライナ様からもそう聞いた。 しかし、どちらにしても花を手にしなければならない」



「ん~、ならその依頼は私が受けよう」



「ほっ、本当か!? 恩に着るぞミコト殿!」



まあセンの実力を知る事も出来るだろうし、国からの依頼を熟せばハンターとして階級も上がるかもしれない。


そう考えたミコトは受付へその用紙を持っていき、受諾となった。



「出発は明日の朝。 ミコト殿、宜しく頼む」



「分かった。 では明日に」



ミコトとセリアは厚い握手を交わすと、それぞれの方向へ分かれていったのだった――


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