第4話護衛


嫌々ながらも2時間ほどで蠱惑ノ森を抜けたセンとライナは、そこから数分歩いた場所で壊された馬車を発見した。



「ライナ、これって」



「うん……私が乗ってたのだわ」



馬車は車輪が外され、中が荒らされている。


また、所々が真っ赤に染まって嫌な臭いが漂っていた。



「死体は処理したか魔物に喰われたかだな」



「うぅ……皆……ごめんなさい」



「仕方ない。 王女なら護られるもんだし、それが守る側の責任でもある」



ライナが馬車の前に立ち、目を閉じて黙祷を始める。


王女とは言ってもまだ幼い少女。


人の生き死には辛いものであり、精神的な負担は大きい。


特に、王女であるからこそ自分を守ってくれた人々への感謝と自責の念は大きいだろう。


そして、数分後に切り替えてその場を後にした。


蠱惑ノ森から歩いて数十分、周囲はポツポツと農家や家畜などが目に入るようになった。



「この辺はいつまで経っても変わらないな」



「そうね。 皆頑張って生計を立ててる。

もう少し国が大きくなればこの辺りの民達も楽出来るかもしれないけど」



そんな話をしていると、近くの小山から悲鳴が聞こえた。



「何っ!?」



「さぁ? 魔物にでもやられたんじゃないか?」



「セン、行こう!」



「断る!」



「出た、またそうやって見て見ぬふり! 良くないわよ! ほら、さっさと歩く!」



「はぁ~」と溜息を吐くセンの足をガシガシと蹴りながら近くの森へと足を踏み入れて行く。



「お前、もう少し王女らしいというか……淑女感がまるでないぞ?」



「余計なお世話よ! ほら、あそこ! ってっ――!?」



「あれは盗賊だな。 と言うかあいつらか? お前襲ったの」



「うん。 あの顔は見覚えがあるもの。

それにあそこにいるのは……リア!!」



バっと突然その場から走り出したライナ。



「おい……怪我どこいったんだよ」



そこまで慌てるって事は、あれは知り合いか何かか……


見れば盗賊の一人が血を流し、横でメイド姿の女性がナイフを片手に構えていた。


しかし、それらを囲うのは数十人の盗賊達。


もはや勝算はなさそうだ。



「リア! リア!!」



「えっ――あっ、姫様っ!!?」



ガバっと走ってきたライナを抱きかかえて「姫様~よくぞご無事でぇ~」っと涙を流しながらライナの頭を自身の豊満な胸に埋めると、絶対に離さないというように力強く抱きしめた。



「ぶっ、ぐっ、り、リア……ぐるじい~」



「あっ、申し訳ありません! でも無事でよかったぁ~」



「リアはここで何してるの?」



「おいおい、俺等を無視して感動の再会果たしてんじゃねぇよ」



ライナとリアが近況を報告しようとしたところで盗賊の一人が割って入って来る。



「うひゃ~、いい女が増えたぜ。 しかも姫さんとはな! 前に逃げ出した奴だ」



ゲヘヘっと下衆極まりない盗賊達がリアとライナの前に立ちはだかる。



「流石に蠱惑ノ森に入るのは危険だったからな! 手間が省けたぜ。

このまま掻っ攫うぜ!」



「「「うぉ~!!」」」



「一枚ずつ脱がせてやるぜぇ?」



「楽しい事しようぜ? 大人しくしてりゃあ痛みより快楽が待ってるからよ?」



立ちはだかる男達はナイフを舐めながら下品な挑発をする。


そしてリアはナイフを、ライナは細剣を抜いて構えた。



「―満ちたるは命より息吹く魔の根源、敵を打ち砕くは大地の飛礫!

≪ロックバレッド≫!」



ライナの詠唱で地面から小石が浮き上がり、魔力によって弾丸の様に盗賊達へと襲い掛かった。



「ケッ! そんな魔法でやられっかよ! ―素たる生命の根源、魔の扉を解放し、全ての脅威を滅せ! ≪ダークウォール≫!」



盗賊の一人が闇属性の魔法を詠唱すると、盗賊の周囲に漆黒の壁が生まれた。


そして、ライナから放たれた岩の礫を全て防いだ。



「おらぁ!」



ギンっと盗賊の剣とリアのナイフがぶつかり合う。



「おいおい、余所見してんじゃねぇよ!」



そして、もう一人がライナへと襲い掛かった。



キン!



「くっ!?」



相手の攻撃は決して対処出来ないものではない。しかし、思いの外重い攻撃だったのか、怪我を負った足では支えきれずに徐々に体勢が崩れて行く。



「おいおい、かなりの上玉じゃねぇか!」



ヒヒヒと不敵な笑みを浮かべながらも徐々に後方へと追いやられ、そしてライナが倒れ込んでしまった。



「姫様!?」



「残念だが加勢は行けないぜ?」



リアも一人に抑えられていて動けない。



「ん~!!!」



「ほう、頑張るじゃねぇか! だが、ほれ」



男は剣を片手に持ち替えて鍔迫り合いを行なっていく。


そして、離れた逆の手は何やら卑猥な動きを見せながらライナの身体へと迫って行く。



「い、いやっ……ちょっ、ちょっとぉぉ!! 何で見てるだけなのよぉぉ!!

普通助けに出る所でしょうがぁぁ!!」



突然ライナが叫びだし、鍔ぜり合っていた男がまるで状況と会話が合っていない事でキョトンとしていた。


そして、リアもライナが突然意味の分からない事を叫び出した為に立ち止まってしまっている。


すると、後方の森から一人の男が出て来た。



「いや、二人で行けるかな?って思ってさ」



「行ける訳ないでしょ! 2対7よ!? しかもこっちはか弱い女2人!」



「か弱い女がいきなり魔法ぶっ放すかよ」



「良いから助けてよ!」



「え~」



「はい、出たー! 街の前までの護衛なんだから道中もしっかり仕事する! それが世の中の常識よ!」



「お前が勝手にこっち来たんだろ。 それは明らかに対象外だ」



「良いから助けて! じゃないとこの男に身体弄ばれちゃう!」



「はぁ~」



心底面倒だ。


別に弄ばれる前に対処するだろ……


しかも何故かメイドさんが睨みつけてるし。



シャキン



「早くどかさないとそいつの血でシャワーを浴びる事になるぞ」



「わわわっ、絶対嫌! 離れろぉぉー!!」



ドガっと男を蹴っ飛ばすと、その衝撃で頭部がズルっと滑り落ち、辺りが血飛沫で真っ赤に染まった。



「はっ!」



そして、ライナは透かさずリアと鍔ぜり合っていた男に向けて細剣を突き刺し、これで二人の盗賊が討伐されたのだ。



「なっ、何しやがったてめぇ!!」



「斬った。 以上」



「ふざけやがって! お前等! 全員で男を殺せ!!」



残り5人の盗賊の内、頭を残した4人が一斉にセンへと襲い掛かる。


しかし――



シャキン



ブワっと風圧が当てられ、同時に襲い掛かって来た4人の盗賊達が一斉に二つに分かれた。



「な、なんだ……何なんだてめぇは……」



「よくも私の部下を、私に力を貸してくれた人達を殺したわね。

ここで死ぬか、グランドワイズで極刑になるか、どっちが良いかしら?」



ライナは細剣を頭の目の前に突き付け、選択肢を与える。


選択肢と言ってもどっちも待ってるのは死なんだが。



「わっ悪かった! 盗んだ物は全部返すから許してくれ!」



「全部って言うなら殺した人達も返しなさいよ」



「へっ……」



「出来ないでしょ? それに命乞いした人達も殺したんなら自分だけ助かるって言うのはちょっと、ねぇ?」



ゆっくりとライナの剣が男の眉間に突き刺さって行く。



「いだっ、いだだだだ……悪かったから! あああああ!!!」



ズブっと剣が頭の頭部を貫通し、この場所にいた盗賊は全て片付いた。



「もう少し早く出て来てよね! もう!」



「だから対象外だって言ってるだろ」



「姫様! えっと、こちらは……?」



「セン。 盗賊に襲われて逃げ込んだのが蠱惑ノ森だったのよ。

それで、森の小屋に住んでた所を助けて貰ったの」



「蠱惑ノ森に小屋? 住んでるのですか? 森に?」



説明は合ってるのだが、現実的な部分で理解が追い付いていないリアは困惑しながらも一つ一つを確かめていく。



「まあ、私も最初はそうだったんだけど、さっきのセンの攻撃とか見たら納得出来るでしょ?」



「ま、まあ……そうですね……」



すると、リアがセンの所へ踏み出し、丁寧な挨拶をした。



「わたくし、グランドワイズ国でライナ王女殿下の侍女をしております、リアと申します。

この度は姫様を救って下さり、本当にありがとうございます」



「いや、まあ流れと言うか、半ば強制的と言うか……なんでお気になさらずに」



「それで、リアは何故こんな場所に?」



「姫様が盗賊に襲われたという情報は既にお城に伝わってまして……それで居ても立っても居られず情報を得てここに来ました」



「なるほど……ありがとうね」



話しを聞くと、どうやら騎士団も王女の捜索に出ているらしい。


しかし、一番身近で一番ライナの行動パータンを把握しているリアだからこそ、その経路を辿って行き、ライナ一行を襲った盗賊団に出くわしたという訳だ。



「はい、ささ! 帰りましょう!

皆心配しております!」



「じゃあ俺はここで――「ダ~メ!」――」



「だって……」



「さっき言ったでしょ? 街の前までの護衛よ? ほら! 行くわよ!」



「そういう時だけ強気だよな、お前……」



「うっ、うるさい!」



バシっと背中を殴られ、そのまま森を抜けていく。


そして、更に歩いていく頃1時間ほどでグランドワイズ国の入り口に到着したのだった。



「はぁ、やっと帰れる……」



「本当に街が嫌いなのね……」



「街じゃない。 人だ、人!」



ライナは少し呆れ顔でそう言うと、後ろでリアがキョトンとしていた。



「それにしてもお二人は仲が宜しいですね? 姫様に対して一切敬語を使ってないですし……」



「まあ姫らしくもないしな?」



「失礼ね! これでもお姫様なの! だからもう少し敬意をね――「断る」――!」



「んんん~!」



ギャーっとライナがセンに襲い掛かり、センがそれを片手で宥めている様子を見ながら、リアは何だかホッとしていた。


王族はどこに行っても王族であり、貴族社会に於いては必ず身分が付きまとう。故にこれまで親し気な友人などがいなかったライナを知っているからこそ、楽しそうで良かったと心から感じたのだ。


すると――



「ライナ!!」



「ライナちゃん!」



騎士を引き連れた爽やかなイケメンと美しい女性が門まで駆けて来た。



「お兄様、ルビア様まで!? それにセリア達も」



王女が行方不明になり、そして戻って来たのだから当然だろうと皆がライナの無事に安堵し、再会を喜んでいた。


しかし、そうした状況にそぉっと場を離れようとした者が一人。



「ちょっと待って! 、どこ行くのよ!」



「えっ……いや、もう終わったから帰る」



「えっ――セン……!?」



すると、ライナの言葉にライナの兄であり、グランドワイズ国王太子妃のルビアが驚きの表情を浮かべた。



流閃りゅうせんなのですか!? あの……?」



すると、王太子のトールがルビアの様子を見て、口を開いた。



「そういえば、昔に流閃という少年の話しをしてくれたな。 彼がそうなのか……?」



二人の言葉に、ライナは昨日のセンの話しを思い返した。


実は昔、ルビアがまだ婚約者だった頃。


ダルージャに留学をしていたルビアがグランドワイズへ戻った時にクラスの事でトールやライナに相談をした事があった。


魔力を持たない男の子がいて、どうにか力になってあげたい、と。


しかし、センからの話しと照らし合わせると結果として何も出来ずに終わり、いつしかセンは姿を消した。



「君が流閃か。 話は聞いていたが、先ずは妹を助けてくれてありがとう。 王太子として感謝する」



「たまたまだ。 じゃあな」



「流閃様! その……ありがとうございます。

そして、申し訳ありません」



「何に対しての謝罪だ?」



センの表情が少し鋭くなる。



「貴様、ルビア様に向かって!!」



騎士がセンの発言に対して怒りを露わにするが、トールがそれを抑制した。



「学園の時の事です。 私達は無力でした。

だから――「要らん」――!?」



ルビアの言葉をセンが遮る。


寧ろ今謝られてももう遅いし、その時ですら遅かった。


だから手遅れである事に変わりはないのだ。



「別に今頃謝罪を貰っても何も変わらないし、意味がない。

それに、お前等が謝る必要もないだろうに」



「で、でも!」



「流閃くん、俺達は今からでも変える。 君がどの様な日々を過ごして来たのか、実際には分からない。


それはリビアもそうだろう。 だが、それでも変えたい気持ちは本当なんだ。

だから、見ていてくれると嬉しい」



「今更だ。 まあ、それでもやるならやればいい」



そういってセンは森の方角へと歩いていった。そして、その後ろ姿を見ながらライナは思った。


醸し出される雰囲気は一緒に居た時とはまるで違う。


孤独、寂しさ、悲しさ、誰からも認められない苦悩。

もしかしたら憎悪なども含まれているかもしれない。


それら全て、目の前から遠ざかって行く一人の男の背中が物語っているのだと――


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