なんか居る



 今日は朝から、昨日のうちに塩して干した一夜干しのメジナの半身を焼いたヤツと、昨日の残りの味噌汁。


「メモに日記くらい残しとこかな。」


 スマホが何時まで使えるか知らんけど、とりあえず何をしたかメモに残しとこうと思った。


「こんな事になるって分かってたらオフゲも入れときゃ良かったな。」


 オフゲってオフラインゲームな。俺のスマホに入ってるのって釣りゲーが2つ、どちらもオンライン専用。WiFi来てんのに繋がらないんだ。


「wiki見たりYouTube見たり検索とか出来んのに……」


 ラインとかSNSとか、コメント投稿とか、誰かと連絡が取れるようなモノは動きもしない。

使えるのは……メモ、計算機、MAP、ブラウザ、時計、カレンダー、カメラ、アルバムくらいかな。


「つまんね。やる事ないし釣りしよ。」


 何となくだけど、イカでもと思ってエギングにしてみようと思う。エギなら沢山あるはずだし。

とりあえずピンクと黄色の蛍光のエギにしてみた。


「うし。思いっ切り投げ………………」


 遠投用の竿を振りかぶったら……目の前に……


「なんかいるぅぅぅぅぅぅ!」


 岸壁から20メートルくらい先に、足首から上が海面に出て、海に立ってるように見える……白髪と白い髭の三又のヤス(*1)を持って水中眼鏡とシュノーケルを付けたブーメランパンツの海パン履いたオッサンが……


「こっち見てるぅぅぅぅぅぅ!」


 なんかヤバい。目を逸らしたら食われる!そんな気がする。アレはヤバい奴だ。


「そりゃ見るよ。アンタ何してんの? 地獄で釣りとか楽しいか? 楽しそうだな。」


 なんだ? 頭の中に直接響いて来る。


「何してると言われてもイカ釣りをしようとしてるとしか言えない。楽しいのかは分からん、釣らないと食い物が無いんだよ。んで地獄って何? ここって地獄なの?」


 うわっ。普通に海面を歩いて近付いて来る!目を逸らさず、後ろに逃げ……岩の上だから逃げ場が無い……


「新世界の地獄だな。主に贅沢に慣れきって食べ物を無駄にした奴が落ちて来る、比較的軽微な罰を与えられる地獄。」


 ふむふむ……ふむ? 軽微な罰? なんぞやそれ?


「最近は太陽系の地獄も人工増加で手狭になって来たから、せっかくだし他の世界の地獄と繋げて広げようって話になってな、新しく作られた地獄だよココは。地獄の地上1階とでも言えば良いかな。」


 俺の目の前に近付いて来るオッサン……靴がナ〇キの青いアクアソックだ。俺も持ってるやつ。


 てか、オッサンが俺を見詰めてる……


「んで、どうよ? お前は新地獄の管理人だろ? それなりに楽しいか?」


 管理人? なんですと? 俺は造船所の平社員だよ?


「あれぇ? 説明されて無い? おかしいなあ……ちょっと待ってな。」


 オッサンが海パンの中からスマホを取り出した……何処に入ってたんだよ?


「もしもし。オレオレ。うん、そうそう。あんさ、地獄の管理人雇うって話してたじゃん? アレってちゃんと説明会とかした? …………なるほど。……またか。良いよ、俺の方から説明しとく。バイトの時給減らしてやれ。うん。俺は大丈夫。プラスチックゴミとか汚染物質とか無いから良い感じでバカンス楽しんでるよ。うん。んじゃまた。」


 こっちを見てる……水中眼鏡を外してる……スマホと水中眼鏡とシュノーケルを海パンにしまった……何処に入れたんだよ? 膨らんですらいないぞ?


「インベントリだよ。無限収納ってヤツな。んでお前の教育は俺がやる事になった。ポセイドンだ、よろしくな。」


 右手を出して来た……握手だよな?パンツの中に突っ込んだ手なんだけどな……


「握手だよ。考えてる事全部声に出てるからな。」


「あちゃ、申し訳ない。魚釣です。魚釣 爆釣です。よろしくお願いします。」


 たぶん年上だよな……だよな? 髭もじゃ過ぎて分からん。


「お前ってな、死んだんだわ。んで魂を拾われて新世界の新しい地獄の管理人として雇われたのな。」


「話がぶっ飛んでて、全く理解出来ぬ。もっと分かりやすく。」


 オッサンがジト目になった……気にしたら負けだな。


「お前は仕事が終わった後に釣りしてて、高波に攫われて溺死したの。んで魂を拾われてこの世界に連れて来られた。今のお前は魚釣 爆釣を元にして作られた地獄の管理人。立場で言うと……バイト主任くらい。分かったか?」


「分かった。分からないって事が分かった。」


 何言ってるか全然理解出来ねえ。俺が死んだ? ここは地獄? そんなわけ……


「ホントに? ホントにホント?」


 頷く海パン履いたオッサン……ポセイドンって……


「ポセイドンって海の神様? ……ポセイ殿どんじゃなくてポセイドン?」


 普通にイメージするなら、彫刻とかなんだろうけど……白のブーメランパンツ1枚……


 真っ白の横が紐になってるヤツを履いてる……


「そう、それそれ。21世紀の地球の海は汚ったないからココでバカンス中な。こっちの海は汚染物質が一切無いから綺麗で快適なんだよ。」


 わけわからん……


「イカ釣りするんじゃねえの? 釣れたら刺身が良いな。あっ!塩辛も作ろうぜ。肝焼きも良いな。」


 むっ!? 海パンゴソゴソしてると思ったら、いい感じの高そうな竿とリール……エギも沢山……何処に入るんだろ?


「イカ釣りしながらだったら質問して良いぞ。」


 自分の事を管理人って考えたら、なんかしっくり来た。ホントの事なんだろうなって、本能的に理解出来た気がする。管理人って何すんの?


「了解で。てか、アンタが俺の上司?」


 まずは一投目。そこそこ飛ぶな、40メートルくらいだろうか。


「違う違う。俺はバカンス中って言ってるだろ? 最近さ、西太平洋を任せられる部下が出来てな、ちょっと時間に余裕が出来たから遊び回ってんの。」


 アタリは無い……もう一度同じ方向に……

さっきより強めに50メートルくらい飛んだかな。


「俺は何したらいいんだ? 管理人? なんだそりゃ?」


「釣りして、釣れた魚を売って設備を整えて、好きに暮らしたらいいんじゃないか? 何かしなさいって決まりは無いぞ。」


 おっ! キタキタ!コレはイカだ。そんな気がする。


「フィーーーシュッ!キタキタ。イカの引き。」


「おお。釣ったばかりのイカを刺身にするのは良いな。っと俺にもフィーーーシュッ。」


 おお、オッサンにも来たようだ。


「タモが無いからぶっこ抜くぞ。」


 車の中にもタモって無かったな。


「タモならあるぞ。」


 海パンから出すな! 使いたくないだろ。


「心の声がダダ漏れだ。そんな事言ってると竿が折れるぞ。」


「仕方ない。貸してもらおう。」


 おお。すっげーいい形のスルメイカじゃん。


「色々と教えないとダメそうだが、食いながら教えてやる。イカソーメンと肝焼き作るぞ。」


 1杯は刺身。1杯はワタ焼きと塩辛にしようかな。




*1 ヤス 魚を突いて獲るアレ。

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