メジナ


 クーラーボックスに入ってたカサゴだけど、無性に食わなくちゃいけない気がしたんだ、夢だからだよな? 顔の周りに付いてた身も削ぎ落として全部食べちゃった。


「腹も膨れたし、釣り……すっかな。」


 俺のタックルには、こんな立派な青くて濃い綺麗な磯で釣りをする為の高級釣り道具なんて入ってないけど、とにかくなんか釣りがしたくなった。


「デカいのヒットして耐えれそうなのって、コレくらいかな。」


 俺の自宅から徒歩250歩の所で婆ちゃんが経営してる釣具屋の1番高い竿、3番目に高いリール。

ちゃんとした有名メーカーの2.5mの竿と、そこそこ性能の良いスピニングリール。と言っても2つで1万8千円くらいだったけど。


「ラインに傷も入って無いし、ハリスもちょっと太めで針は……」


 テキトーでいいだろ? 今は人工イソメで何が釣れるか知りたいだけだし。


 そんな事を考えていた時期がありました。


「昨日も刺身、今日も刺身、一昨日の朝からずっと刺身が主食。喉乾いた、米が食いたい、味噌汁が飲みたい、贅沢は言わんからせめてワサビが欲しい……」


 今日で3日目。釣りが好きだからと言って、夢の中で延々と釣って、捌いて料理して食って、片付けて車の中で寝て、そんな生活が続いたら……


「夢じゃないよな、現実だよな? ハハハッ……どうなってんだよコレ。」


 車の中、運転席で座ったまま寝る生活が、たぶん今日で3日目になるはず。助手席や後部座席を片したいけど……今持ってる物が無くなると、次にいつ手に入るか分からない。


 スマホをどれだけいじくっても、受信は出来るけど送信が無理。通話もメールも無理。


「釣りに関するアプリくらいしか入ってないからなあ。シガーソケットから電源取って充電してるけど、ガソリンも残り半分くらいだし……」


 外でぼけーっとしてたら雨降って来た。


「雨……雨だよ……」


 恵みの雨ってこんな事を言うんだろうな。

嬉しくて嬉しくて震えたよ。だから……


「ウヒョー。バケツよ、鍋達よ、フライパンよ、雨を集めるのだ。」


 おっと、クーラーボックスも忘れちゃいけない。

雨水を溜められる物を全部車から外に出して、雨を溜める作業と同時に、裸になって……


「潮風で髪の毛ギッスギス。気持ちええ〜。ぜんぜん泡立たないでやんの。」


 素っ裸になってシャンプーして、体も洗って、口を開けて上を向いて……


「真水って……ヤバい……美味い……真水が無かったら地獄だ。」


 雨が上がるまで何もする事が無い……

身体がさっぱりしたら無性に釣りがしたくなって、雨が上がるまで車の中で待機しとくのが辛かった。


「サザエ……付けてみっかな。人工イソメも少なくなって来たし。」


 タックルの中にはルアーとかワームとかもあるけど、節約するのに、潮だまりに住んでたサザエを工具箱に入ってたハンマーで割って餌にしてみた。


「むむむっ。小さなアタリは来るけど、餌が大きかったか?」


 ここ3日、釣れたのはメジナばっかり……同じ魚を3日も続けて食うのは魚好きの俺でも飽きる。


「キタ……キタキタ! フィーーーシュッ!」


 この手応えは……この3日、毎回同じ……やっぱり。

俺はメジナって呼ぶ、関西ではグレって名前だったかな? 磯釣りで人気の魚だな。人気なんだけど……35センチくらいの。


「メジナァァァ……またお前か……」


 メジナは引きが強くて釣るのは楽しい。食べても美味しい魚だよ。磯釣りでは人気のある魚で、刺身で食べても、塩焼きにしても、煮付けても美味いし。色んなレシピも調べりゃ出てくるし。


「仕方ないよな。釣ったんだから食わないと。」


 俺はキャッチアンドリリースに反対派だ。だって魚って、人間が素手で触ったら大火傷したのと同じ状態になるんだぜ、海に返しても弱って襲われるだけなのさ……だからちゃんと食ってやる。


 でもさ……野菜とかパン粉とか油とか……他の食材も色々あるなら、アクアパッツァとかフライとかに出来たら楽しみも増えるだろうし、そこにビールなんてあったら最高なのに……


「味噌汁に出来るから今日は幸せだ。」


 だって水を確保したからな。具は海草とメジナだけで、出汁はメジナのアラから取った。海草は食えるヤツ、海の傍に住んでる奴なら誰でも知ってる……トサカ、赤いヤツな。


「なんで味噌はあるのに……ワサビが無いんだよ……せめてマヨネーズでもありゃマヨ焼きにして七味掛けて食うのに、辛くしたり塩っぱくしたり、色々と味変出来るのにさ……」


 3枚に下ろしてブツブツ言いながら料理してるけど、車に載ってた包丁って凄くサクサク切れんの。百均の偽ステンレス包丁と比べたらダメだな。値段相応ってヤツだな。


 醤油も減ってきた……節約しないと。


「夢なら早く覚めてくれよ。布団で寝たいよ。」


 まな板の上にメジナの刺身を盛り付けて、フライパンで焼いたメジナの切り身と、トサカとメジナのお味噌汁と来たら……


「ダンっ!白湯。」虚しい……ちっちゃい鍋に溜めた水、1度沸騰させたよ。こんな状況で腹を下したら……想像したくない。


「ビール飲みてえなあ……銀色のヤツ飲みてえなあ。」


 スマホでMAPを確認してみたけど、何にも変化が無いし……


「仕方ない、明日も釣りしよ。」


 なんだかんだ言っても釣りは好きだし、米が食えないのもビールが無いのも辛いけど魚料理は好きだし。


「明日もメジナだったら、味噌焼きにしてみっかな。」


 車の中で体を小さくして寝るのも3回目、だんだん慣れてきた、そんな3日目だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る