【書籍化記念Ep④】大学生と女の子

「はあ? 『妹に会わせろ』?」

「おう! なんなら写真でもいいぞ!」

「めちゃくちゃ可愛いらしいな!? お前の妹!」


 大学のカフェラウンジでき時間を潰していた時、友人の男連中から鼻息荒くそう言われ、俺は二度目の「はあ?」を口にした。


「いやいやいや……誰にそんなガセネタ掴まされたんだよ。たしかに妹はいるけど、そんな可愛くなんか――」

「はいはい、世の中の兄貴はみんなそう言うんだよ! 可愛いかどうかは俺たちが自分の目で見て決める!」

「とにかく一度会わせてくれよ! 妹、現役の女子高生なんだろ!? もしお前の妹がイマイチなら、その友だちを紹介してくれてもいいしさ!」

「最低か」


 要するにコイツら、〝女子高校生〟というかんむりがついた女の子とお近づきになりたいだけじゃないか。俺は二人の友人に半眼を向ける。

 俺も属するこのグループは、大学内で女子とワイワイ出来るようなイケイケ集団とは程遠い。ゆえに、女にえるその気持ちが理解わからないとまでは言わないが……。


「会わせろって言われても無理だぞ。妹は実家暮らしだし、こっちに顔を出す予定もない」

「じゃあ写真は!?」

「ないない。一緒に写真撮るほど仲良くないんだよ、俺たち。カメラなんか向けたら『キモい』って言われること請け合いだね」

「か、可哀想な兄貴だな、お前……。でもさ、直接撮った写真じゃなくても、SNSのアイコンとか――」

「残念だけど、それも顔写真じゃないな」


 可愛らしい仔猫の写真がアイコンになっている妹の連絡先を携帯画面に表示してみせると、友人たちはガックリと首を折った。


「「使えねえ~……」」

「おい、テンションと一緒に俺の評価まで下げるな。勝手に期待して自爆しただけだろうが」


 「なんだよ」「期待して損した」などと不満を言い連ねる野郎どもにため息をいていた時、俺の両肩にポンッ、と誰かの手が置かれた。


「やあ、キミたち。いったいどうしたのさ、ただでさええない顔をさらに冴えなくさせて?」

青葉あおば


 登場するなり失礼なことをのたまった手の主の名は青葉蒼生あおばあおい。俺たちと同じ学部に所属する学生だ。


「ああ、ゆうの妹ちゃんの話か。そういえば私が話したんだよね、『夕の妹はめちゃくちゃ可愛い』って」

「犯人はお前か」

「だって前に見せてもらった写真、ホントに可愛かったんだもん。兄とは似ても似つかないね」

「ああ!? おい夜森やもり、話が違うぞ!?」

「お前、実は妹の写真隠し持ってるだろ!?」

青葉コイツは無断で俺の部屋を物色ぶっしょくして昔の写真を見ただけだよ。俺が小学生くらいの時の写真だし、『可愛い』っつってもお前らが求めてるような可愛さじゃないぞ」

「いやいや、あの子がそのまま育ったら、そりゃあもう美人になってると思うけどね、私は。それでなくとも〝女子高生〟ってブランドには価値があるんだからグヘヘ」

「オッサンかお前は……というか、お前も数年前までは一応そのブランド背負しょってたんだろうが」


 すらりと長い手足や服装、中性的な顔だちのせいで誤解されやすいが、青葉蒼生は女性だ。この性格と酒癖の悪さゆえ、女に飢えた友人たちにさえ「青葉はない」と真顔で言われてしまっている。

 もっとも彼女は男よりも女から人気があるタイプだし、本人も男にモテないことをまったく気にしていない様子だが。


「あーあー……どっかに可愛い女の子との出会いとか転がってねえかなあ……」

「なー……年下の女の子に懐かれたり、一緒にカフェでお茶したりしてみてえなあ……」

「でもキミたちって、私が飲み会に連れていってあげても全然女の子と絡みにいかないよね? いつもすみっこの席でひっそり飲んでるだけじゃん」

「うるさいよ」

「俺たちがキャーキャー騒いでる女子の輪に入れると思うのか」

「情けなっ。それって出会いがないわけじゃなくて、キミたちに度胸がないだけじゃないの?」

「「ぐはあっ!?」」

「やめてくれ青葉、その言葉はコイツらにく」


 女子大生によって無慈悲な現実を突きつけられ、テーブルの上に倒れる哀れな友人たち。その様子に俺が思わず苦笑を浮かべた、その時だった。


「あっ、いた! お兄さーんっ!」

「!」


 聞き慣れたその声に周囲を見回すと、大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってくる影がひとつ。

 うちの附属高校の制服、そのスカートのすそをひらひら揺らす可愛らしい少女。そう、彼女は――


「ま、真昼まひる!? なんで大学ここに!?」

「こんにちは、お兄さん! 今日は午前授業だったから、この前みたいにひよりちゃんと遊びに来ちゃいました!」


 そう言って、お隣の女子高生改め旭日あさひ真昼はお日様のように破顔はがんした。同時に、視界の隅で約二名の友人が硬直している姿が見える。


「お兄さん、今お時間大丈夫ですか? 私たち、今からそこの喫茶店でお茶しようと思ってるんですけど、よかったらお兄さんも一緒に行きましょう!」

「ああうん、いいよ。行こうか。この大学の喫茶店、学生証がないと選べないメニューとかもあるしね」

「やったあっ!」


 無邪気に喜びの声を上げ、「それじゃあ早く行きましょう!」と俺の腕を引いてくる真昼。そんな俺たちを見て、硬直していた友人たちがようやく口を開いた。


「や……夜森、クン……?」

「そ、その子が……君の、妹さんかい……?」

「え? いや、そうじゃなくて――」

「そうそう。〝妹〟じゃなくて〝彼女〟だよねー?」

「「!?」」

「おいコラ。余計な嘘吐くな、青葉」


 適当なことを言ったせいで、友人たちがまた石像に戻ってしまったじゃないか。


「あっ、青葉さん、こんにちは! そうだ、青葉さんも一緒に行きませんか、喫茶店!」

「やあ、真昼ちゃん。私も行っていいのかい? よーし、それじゃあお代は気前よく出すよ! 夕が!」

「アホか。真昼たちの分はともかく、お前の分は自分で払えよ」

「あははー、まあまあ」

「お兄さんお兄さんっ! 早く行かないと、ひよりちゃんが怒っちゃいますよ!」

「はいはい。じゃあお前ら、悪いけどまた授業あとでな」

「「……」」


 軽く手を上げた俺に対し、石像ゆうじんたちからの返答はなく。

 そして俺たちがその場を立ち去った数十秒後――二つの巨大な怒声がキャンパス内に響き渡った。


「「このッ……裏切りもんがあぁああぁッ!!」」

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